英国の植民地だったインドでは、英国式に司法、行政、立法の三権分立が確立しており、その点は日本と近い。だが、力関係については必ずしも日本の感覚通りではない。なぜかと言うと、インドでは司法の権限が強く、行政や立法に積極的に介入する司法積極主義が採られているからだ。司法は民主主義の最後の砦として人々から信頼を寄せられており、その決定はしばしば社会に大きな影響を及ぼす。特にインドの司法が力を持つようになったのは、公益訴訟(PIL)が活用されるようになったからだ。公益を理由に、自分とは直接関係ない事柄についても訴訟を起こせる制度で、司法を通して様々な問題に声を上げることが可能となっている。
ヒンディー語映画においても、法廷を舞台にした映画は人気のあるジャンルであり、頭脳と話術を駆使して戦う弁護士は花形の職業だ。とは言っても、インドにおいて弁護士はなるのに難易度の高い職業ではなく、数も多いため、弁護士の資格を持っているだけでもてはやされることはない。世間で話題になる裁判だけを引き受け、高額の報酬を受け取る一流の弁護士がいる一方で、二流・三流の弁護士も多く、偽物の弁護士も横行していると言う。そういう清濁併せ持った職業であるため、様々なジャンルの映画の題材になって来た。「Jolly LLB」(2013年)は、三流弁護士を主人公に据えた、コメディータッチの法廷映画で、スマッシュヒットした。
その続編である「Jolly LL.B」が2017年2月10日に公開された。監督は前作と変わらずスバーシュ・カプールであるが、キャストはほとんどが入れ替わっている。主演は、前作のアルシャド・ワールスィーからアクシャイ・クマールにバトンタッチ。ヒロインもアムリター・ラーオからフマー・クライシーに交替。だが、裁判長は替わらず、サウラブ・シュクラーが演じている。他に、アンヌー・カプール、ラーム・ゴーパール・バジャージ、クムド・ミシュラー、サヤーニー・グプター、マーナヴ・カウル、サンジャイ・ミシュラー、ブリジェーンドラ・カーラー、イナームルハクなどが出演している。
舞台はラクナウー。ジャグディーシュワル・ミシュラー、通称ジョリー(アクシャイ・クマール)は、著名な弁護士リズヴィー(ラーム・ゴーパール・バジャージ)の下で働く三流弁護士だった。ジョリーははリズヴィーから早く自立したいと考え、リズヴィーのところに訴訟の案件を持って来たヒーナー(サヤーニー・グプター)という妊婦から20万ルピーを騙し取り、裁判所に自分のオフィスを構える。ところが、騙されたと知ったヒーナーは自殺してしまい、大事になる。ジョリーはリズヴィーから追い出され、父親にも勘当される。 ジョリーは責任を感じ、亡きヒーナーの案件について公益訴訟を起こす。ヒーナーは、警察によるエンカウンター(正当防衛による射殺)で殺された夫イクバール・カースィム(マーナヴ・カウル)に関して、再調査を求めていた。イクバールは、カシュミールのテロリスト、イクバール・カードリーであるとされて逮捕されており、エンカウンターを行ったのは、スーリヤヴィール・スィン警部補(クムド・ミシュラー)であった。スィン警部補は、高額な報酬を取るベテラン弁護士プラモード・マートゥル(アンヌー・カプール)を雇う。裁判長はスンダルラール・トリパーティー(サウラブ・シュクラー)であった。 未熟なジョリーは、マートゥル弁護士の老練な弁護振りに苦戦する。また、スィン警部補が雇った殺し屋に命を狙われたこともあった。それでもジョリーは怯まず、ひとつひとつ証拠を集め、エンカウンターがフェイクであったことを証明しようとする。 最終的には、イクバール・カードリー自身を法廷に出頭させることに成功し、しかもスィン警部補が彼から賄賂を受け取って釈放していたことまで発覚する。こうしてジョリーは裁判に勝利し、ヒーナーの無念を晴らしたのだった。
前作「Jolly LLB」は、コミックロールに定評のあるアルシャド・ワールスィーが主演だったこともあって、コメディーが基本線の映画であった。だが、「Jolly LL.B」にコメディー色は薄く、正統派法廷ドラマとして味付けが成されていた。コメディー色があるとしたら、前作でも大暴れした、迷走する裁判官スンダルラール・トリパーティーの存在そのものであった。サウラブ・シュクラーが本作でも憎めない迷裁判長を茶目っ気タップリに演じ、映画の雰囲気を明るくしていた。
序盤のジョリーはほとんどチンピラみたいな弁護士である。試験をしている学校の外で、親たちから金を巻き上げながら、漏洩した試験問題の正答を拡声器を使って公表するという、日本では考えられないような不正行為をしていた。ただ、悪知恵は働くようで、土地所有権のもつれから親族に死亡証明書を作られてしまった依頼者の裁判について、彼にわざと法廷で暴れさせて逮捕させ、それでもって生存の証拠を公的記録に残すという離れ業をやってのけていた。
ストーリーの中心となるのは、フェイク・エンカウンターの案件である。エンカウンターとは、インドの警察が犯人を射殺する行為に使われる用語である。建前では、犯人が攻撃を仕掛けて来たために応戦し射殺したということになっているが、実際には逮捕して裁判まで持って行くのが面倒なため、容疑者を現場で殺してしまうというケースが多いとされている。ジョリーは、夫をエンカウンターで殺された女性の案件を、彼女の死後、公益訴訟の制度を使って代わりに受け持ち、エンカウンターを行ったスーリヤヴィール・スィン警部補を追及して行く。
序盤でスィン警部補がイクバール・カードリーを故意に殺し、エンカウンターをでっち上げたことが明かされるため、真相を究明して行くスリルやサスペンスがある映画ではなかった。圧倒的に不利な立場のジョリーが、どうやってスィン警部補の有罪を証明して行くかを、心の中で応援しながら鑑賞するという作品になっていた。そして最後には、インドの司法制度への絶対的な信頼が声高らかに謳われており、法廷ドラマとして心地よい終わり方になっていた。
既にベテラン俳優の域に達しているアクシャイ・クマールは、どんなジャンルの映画でもそつなくこなせる万能型俳優に成長しており、今回も安定した演技を見せていた。敢えて欠点を指摘するならば、彼が演じるには少々年齢がふさわしくない役柄だったことぐらいだ。もっと若い俳優が演じていた方が映画の雰囲気には合っていたことだろう。アルシャド・ワールスィーが続投していても良かったのではないかと感じた。なぜ降板となったのだろうか。
ジョリーの妻をフマー・クライシーが演じていたが、ほとんど出番はなかった。だが、普段からジョリーを尻に敷き、ジョリーを襲った暴漢には果敢に飛びかかって追い払うという、今時の強い女性を演じており、少ない出番の中でインパクトを与えることに成功していた。とは言ってもそれは前半のことであり、終盤は一気に影が薄くなる。
アクシャイとフマーが表舞台に立つ俳優だとしたら、サヤーニー・グプターとマーナヴ・カウルは半ば裏方として映画を支える俳優であった。二人の出番は序盤のみだったが、二人とも演技力のある俳優であり、特にサヤーニーが好演していた。また、ジョリーと相対する弁護士を演じたアンヌー・カプールは絶妙な演技をしていたし、何より裁判長を演じたサウラブ・シュクラーはアクシャイを越える活躍をしていた。
「Jolly LL.B 2」は、コメディータッチの法廷映画「Jolly LLB」の続編であるが、今回はコメディー色は薄く、キャストもほぼ総入れ替えとなっている。ズルしてばかりいた負け犬弁護士がベテラン弁護士や悪徳警官を相手取って勇敢に戦うストーリーで、インドの司法制度への絶対の信頼も感じられる作品だ。前作の雰囲気そのままではないのだが、これはこれでいい映画にまとまっている。観て損はない。