Ki & Ka

4.0
Ki & Ka
「Ki & Ka」

 男性と女性の体が入れ替わるというファンタジーは、日本映画に限っても、児童文学「おれがあいつであいつがおれで」原作の「転校生」(1982年)から新海誠監督のアニメ映画「君の名は。」(2006年)まで、いくつも例があり、目新しいものではない。ヒンディー語映画でも、男性がある日突然女性の体になるというコメディー映画「Mr ya Miss」(2005年)があった。性同一性障害という訳でもないが、一度異性の人生も味わってみたいというのは、古今東西の多くの人々が持つ願望なのだろう。また、ある日突然男性が女性の立場になる「Man’s World」という短編映画シリーズもあった。

 一方、2016年4月1日公開の「Ki & Ka」は、男性と女性が伝統的役割を入れ替えて結婚生活を送るという物語で、ファンタジーではない。男女の分業に関する固定観念がより根強いインドにおいて、妻が外で働いて出世を目指し、夫が家庭で家事をして過ごしたらどうなるのか。その導入を聞いただけで展開が気になるような映画だ。

 監督はRバールキー。「入れ替え」が好きな監督で、「Paa」(2009年)では実の親子アミターブ・バッチャン(父)とアビシェーク・バッチャン(子)を、それぞれ子と父の役で入れ替えて起用。「Shamitabh」(2015年)では俳優を目指す唖の若者がアミターブ・バッチャン演じる老人の声を吹き替えで使う。各作品で面白い試みをしているが、この「Ki & Ka」では男女の役割入れ替えという、ジェンダー問題に切り込んで来た。

 作曲はイライヤラージャー、ミート・ブロス・アンジャーン、ヨー・ヨー・ハニー・スィン、ミトゥン。作詞はクマール、アミターブ・バッターチャーリヤ、サイード・クライシー。キャストは、カリーナー・カプール、アルジュン・カプール、スワループ・サンパト、ラジト・カプールなど。Rバールキー映画の常連であるアミターブ・バッチャンとその妻ジャヤー・バッチャンが友情出演している。

 ちなみに、題名の「Ki」と「Ka」とは、主人公の名前キアとカビールの略でもあるが、それよりもヒンディー語の助詞だと考えた方がいい。日本語文法における属格の格助詞「の」にあたる語で、ヒンディー語では、後に続く名詞の文法性・数に従って、「Ka」になったり「Ki」になったり「Ke」になったりする。「Ka」は男性単数名詞、「Ki」は女性名詞を修飾する。つまり、「Ki & Ka」という題名は、「女と男」を意味している。シンプルでオシャレな題名だ。

 デリー在住のキア(カリーナー・カプール)はマーケティングマネージャーとして働くバリバリのキャリアウーマン。彼女は結婚をキャリアの終わりと考えていたが、それは結婚後、女性は夫の支えに徹しなければならないからだった。一方、カビール(アルジュン・カプール)は大手建設業者クマール・バンサル(ラジト・カプール)の一人息子で、主席でMBAを取得した秀才であったが、夢は死んだ母親のような主夫になることだった。二人はチャンディーガルからデリーに戻る飛行機の中で出会い、意気投合する。そして、何回かデートを重ねた後、結婚することを決める。

 キアの母親(スワループ・サンパト)は夫の死後、NGOの運営に精を出す女性だった。母親はキアとカビールの結婚を歓迎する。ところがバンサルは、無職のカビールが結婚することに大反対だった。キアとカビールはバンサルの承認を得ないまま結婚をする。二人の結婚生活は、カビールが家事をして家庭を守り、キアが外で働いてお金を稼ぐというものだった。

 カビールの支えもあり、キアは仕事で成功を収める。ビジネス誌にも取り上げられるようなインドを代表するビジネスウーマンとなった。

 一方、カビールは、主夫という新しい生き方を生きる男性としてメディアの注目を集めるようになる。講演に呼ばれたり、TVCMに出演したりと、彼の生活は急に忙しくなる。カビールの成功を見て、次第にキアは嫉妬を覚え始める。

 キアが仕事で1ヶ月間ニューヨークに出張している間、カビールの名声はとうとうアミターブ・バッチャンから自宅に呼ばれるまでになる。だが、カビールがムンバイーに行っている間、キアの母親が倒れてしまう。キアは急遽ニューヨークから帰って来る。余分な仕事にかまけて母親を蔑ろにしたカビールに対してキアは激怒し、彼を家から追い出す。だが、冷静になって考えてみると、仕事にかまけて母親を後回しにしていたのは自分自身であった。

 キアはカビールを追い掛け、謝罪する。カビールもキアを許し、二人は仲直りする。その後、バンサルが突然キアとカビールを訪ねて来た。それは、自身の後継者として、キアを指名するためだった。

 インドの伝統や社会的慣習に逆らう形で、男性が主夫となり、女性が外で働く結婚生活を始めたキアとカビールの二人。劇中で、彼らはいくつかの問題に直面する。まず最初に直面したのは、周囲の視線である。キアはつい、夫を紹介するときに、「作家だ」と嘘を付いてしまう。やはり「主夫だ」とは言いにくかったのである。必ず面倒な説明が必要になるからだ。だが、そういう短絡的な誤魔化しがパートナーの心を傷つけることになった。キアは正直に訂正し、カビールは主夫であることを公表する。この問題はすぐに解決された。

 次に直面したのはお金の問題だった。キアの借りていたアパートが売りに出されることになり、出て行かなければならなくなった。もし、そのまま住み続けようと思ったら、その部屋を購入しなければならない。だが、購入するためには高額なお金が必要となる。その額は、毎月のローンだけでキアと母親の収入が吹っ飛ぶほどだった。やはりカビールが働かなければならないのか。だが、そうなったら一般的な共働きの夫婦と変わらなくなる。カビールは収入アップのために出世を求めるようになり、家庭を忘れて仕事に打ち込むより他に選択肢がなくなる。彼らの結婚生活にとって大きな危機だった。しかし、カビールは同じアパートの主婦たちのシェイプアップを手助けするトレーナーとなることで副収入を得ることに成功し、お金の問題は解決された。

 次なる問題は妊娠であった。いくら男性が主夫をし、女性が働いていたとしても、生物学的な性の役割まで入れ替わることはできない。妊娠するのはカビールではなくキアの方だった。もしキアが妊娠・出産し、一時的にでも仕事ができなくなったら、家のローンを払うことができなくなる。これも大きな危機だった。しかしながら、いくつもの妊娠検査薬を試したところ、やっぱり妊娠していないことが分かり、一件落着となる。

 上記の問題は、肩すかしとも言えるほど、割と適当に流されていたように感じたが、映画がより真剣に取り上げていたのは、次の問題――配偶者に対する嫉妬――であり、確かに一番掘り下げる価値のある問題であった。主な稼ぎ手が夫であろうと妻であろうと、もし稼ぎ手でない方がひょんなことから社会的な成功を収めてしまったら、どうなるか。これは通常の夫婦関係でもあり得る話だ。つまり、夫が稼ぎ、妻が家事をしている家庭で、何らかのきっかけで、妻の方が世間からの注目を集め、それによって高い収入も手にするようになったら?夫の方はどんな気持ちになるのか。嫉妬するのも無理はないのではなかろうか。そういう感情の機微が、敢えて男女を逆転することによって、より明白な形で浮き彫りにされていたように感じる。

 また、ジェンダー・バイアスの問題も、男女を逆転することによって、よりはっきりと顕在化していた。例えば、妻が夫の収入に頼って生活することについて、世間は何も言わないのに、夫が妻の収入に頼って生活しようとすると、厳しい視線にさらされる。映画中では、単純に男性側の男尊女卑的な考え方に原因を求めていなかった。むしろ、女性側の問題としての側面が強調されていた。普段は男女平等を標榜する女性たちが、いざ結婚となると、自分よりも収入が低い、もしくは収入のない男性を平気で排除するからである。その点、カビールを伴侶として選んだキアの判断は勇気ある行動として賞賛されていた。

 深く掘り下げて行けば、「Ki & Ka」のメッセージは多岐に渡る。それはインド特有のものと言うよりも、ユニバーサルなものだ。決して嫌みったらしくならないのは、Rバールキー監督らしいウィットがあるからであろう。だが、そういう種々のメッセージをひっくるめて一言で言ってしまえば、男性ももっと家事に参画すべき、さもなくば女性にもっと感謝すべき、という、世の女性の声を代弁したものにまとまるだろう。アミターブ・バッチャンとジャヤー・バッチャンという、インドを代表するオシドリ夫婦を起用して、自然な形で観客の心にそれを染みこませる辺りは巧みとしかいいようがない。

 蛇足になるが、もうひとつ特筆すべき事柄を付け加えるとしたら、キアとカビールの夫婦が「姉さん女房」カップルとなっている点だ。インドでは、日本以上に、女性の方が年上の結婚を忌み嫌う傾向にある。キアとカビールの結婚は、このタブーにも挑戦していた。ちなみに、映画中でキアはカビールよりも3歳年上ということになっていたが、実年齢ではカリーナー・カプールの方がアルジュン・カプールよりも5歳年上だ。さすがにこういうストーリー上の言い訳がないと、カリーナーがアルジュンのような若い男優とペアになるのは、年齢差が強調され過ぎて、辛い。

 Rバールキー監督の映画はまずストーリーが素晴らしいが、インド映画らしく、音楽も常に魅力的に作られている。エンドクレジットに流れる「High Heels Te Nachche」はアルジュン・カプールがハイヒールを履いて踊るのが話題になった。冒頭の「Pump It」や中盤の「Most Wanted Munda」も軽快なパンジャービー・ナンバーだ。だが、物語中、何度もリフレインされ、印象的なのは、スローなバラードの「Ji Huzoori」だった。

 主人公の2人はデリー在住ということもあり、デリーの各地でロケが行われていた。一番使われていたのは、チャナキャプリーにある国立鉄道博物館(National Railway Museum)だ。使われなくなった蒸気機関車などが展示してあり、列車好きにはたまらない場所だ。デリーっ子でもこんな博物館があることを知らない人は多い。きっと、この映画の公開を機に訪問者が増えたことだろう。他に、お馴染みのインド門、プラーナー・キラー内にあるキラーエ・クフナー・マスジド、そしてデザイナーショップのハブとして知られるハウズ・カース・ヴィレッジなどがロケ地となっていて懐かしかった。

 「Ki & Ka」は、一風変わったオシャレな映画を撮るRバールキー監督の最新作。「入れ替え」が得意な彼は、今回は夫婦の役割入れ替えを着想源にしてストーリーを構築している。夫婦逆転の生活をしていて妻が妊娠したらどうなるのか、という切実な問題は、ちょっと触れるだけで避けて通っていたものの、「稼ぎ手の嫉妬」という問題に切り込んでいたのはさすがと言える。より男女の役割分担が明確なインドを舞台としていながらも、取り上げている問題点はユニバーサルなもので、きっと日本人の観客も自分たちのものとして受け止められるだろう。間違いなく2016年必見の映画の一本である。


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