Fitoor

3.5
Fitoor
「Fitoor」

 インドでも映画と文学の関係は古く、昔から文学作品の映画化は行われて来た。インド国内の文学のみならず、外国の文学も原作となることがある。例えばシェークスピアの作品群のいくつかは、何らかの形で映画となっている。「マクベス」を原作とした「Maqbool」(2004年)、「オセロ」を原作とした「Omkara」(2006年)、「ハムレット」を原作とした「Haider」(2014年)は、全てヴィシャール・バールドワージ監督の作品で、どれも名作である。他にも、ドストエフスキーの「白夜」を原作にした「Saawariya」(2007年)、ジェーン・オースティンの「エマ」を原作にした「Aisha」(2010年)、オー・ヘンリーの「最後の一葉」を原作にした「Lootera」(2013年)などがある。

 2016年2月12日に公開された「Fitoor」は、チャールズ・ディケンズの代表作「大いなる遺産」を原作としている。監督は「Kai Po Che」(2013年)のアビシェーク・カプール。主演はアーディティヤ・ロイ・カプールとカトリーナ・カイフ。タブー、アディティ・ラーオ・ハイダリー、ラーラー・ダッター、アジャイ・デーヴガンなどが脇役出演している。プロデューサーは、アーディティヤ・ロイ・カプールの兄、スィッダールト・ロイ・カプールである。ちなみに、題名の「Fitoor」とは、心が弱まっている状態のことを指す。

  舞台はジャンムー&カシュミール州の州都シュリーナガルで、15年前の回想から始まる。当時少年だったヌールは、逃亡中の分離派テロリスト(アジャイ・デーヴガン)に食料を与えたことがあった。その後、彼は邸宅に住むベーガム(タブー)のお気に入りとなり、その娘フィルドウスと懇意となる。だが、ヌールは爆破テロで姉を亡くし、フィルドウスもロンドンに留学してしまう。それをきっかけに、ヌールはベーガムの邸宅も訪れなくなる。

  成長したヌール(アーディティヤ・ロイ・カプール)は芸術家として腕を上げており、久々に彼のアトリエを訪れたベーガムも感心するほどだった。それから間もなく、ヌールは奨学金を得てデリーに移住する。彼は、ベーガムが密かに支援してくれていると思い込んでいた。

  デリーに住み始めたヌールは、ロンドンから帰国していたフィルドウス(カトリーナ・カイフ)と再会する。だが、フィルドウスは留学中に出会ったパーキスターン人と交際しており、もうすぐ結婚する予定だった。それは理解しつつも、ヌールはフィルドウスに接近する。

  デリーでヌールは才能を認められ、ロンドン行きも決まる。だが、ヌールはフィルドウスのことを諦めきれず、婚約者の前で騒動を起こしてしまう。彼の行動はマスコミにも取り上げられ、どん底を味わう。だが、起死回生を目指して彼はロンドンへ向かう。そこでの展示会でヌールは、かつて少年の頃に出会ったテロリストと出会う。実は、彼を影ながら支援していたのは、ベーガムではなく、彼であった。

 雪や紅葉で彩られたシュリーナガルの美しい景色を背景とした、絵画のように美しいラブストーリーであった。タブー演じるベーガムは、かつて恋人に裏切られ、家族の名誉を汚し、邸宅に引きこもるように暮らしていた。ベーガムは、一人娘のフィルドウスに名誉の回復を賭けていた。だが、同時に彼女は、わざとヌールをフィルドウスに近づけるようなこともしていた。それは、かつて自分が味わった苦痛をヌールにも味わわせようとしていたからであろうか。とにかく、ベーガムの過去の恋愛が、ヌールとフィルドウスの関係に影を落としていた。

 ヌールは職人の階級で、言わば庶民であった。一方、フィルドウスは王族の娘であり、身分の差がある。だが、ヌールはフィルドウスに恋してしまった。フィルドウスがロンドンに去った後も彼女のことを一心に想い続け、デリーで再会した後は、ますますその想いを強くした。彼は、今や新進気鋭のアーティストであり、作品も飛ぶように売れ、フィルドウスに釣り合うだけのステータスを手に入れたと考えていた。だが、フィルドウスには恋人がおり、間もなく婚約式が行われようとしていた。しかも、相手はパーキスターン人であり、さらに、首相を出している家系の御曹司であった。やはり、ヌールとは格が違った。

 フィルドウスは、同じ身分ではないと言って、ヌールの求愛を断る。それは、母親の過去の苦い経験にも基づいていた。だが、母親が死ぬ間際まで恋人のことを想っていたことを知り、考えが変わる。最後には、フィルドウスの方からヌールのところへ駆けつける。非常にストレートなラブストーリーだったと言える。

 それに加えて、ヌールの芸術家としての台頭と挫折もストーリーに織り込まれていた。彼は、デリーに出てから急速に成功を手にする。あまりにトントン拍子なので、狐につままれたような気分になってはいたが、ベーガムからの支援があったおかげだと考え、納得していた。だが、実は彼の成功は、全て少年のときに助けたテロリストが裏で手を引いていたことを知り、彼は自分の業績が全て詐りだったと絶望する。彼は自分の作品に火を付ける。

 アーディティヤ・ロイ・カプール、カトリーナ・カイフ、タブーなど、それぞれベストの演技をしていた。アディティ・ラーオ・ハイダリーは、タブー演じるベーガムの若い頃を演じていたが、あまり違和感がなかった。ラーラー・ダッターは久々に見た気がする。2011年にテニス選手マヘーシュ・ブーパティと結婚し、翌年出産して以来、出演作は減っている。

 「Fitoor」は、チャールズ・ディケンズの「大いなる遺産」を原作としたラブストーリーである。風光明媚の土地シュリーナガルを主な舞台としており、英国の小説をよくインド化していた。インドではあまりヒットしなかったようだが、俳優陣の好演もあって、なかなか見応えのある作品だと感じた。