Club 60

3.5
club 60

 大半のヒンディー語映画は若者が主人公だが、時には老人が主人公の映画も作られることがある。「Baghban」(2003年)や「Cheeni Kum」(2007年)のように、大御所俳優アミターブ・バッチャン主演の最近の映画は自動的に老年映画になってしまうが、それ以外にもナスィールッディーン・シャーやアヌパム・ケールなど、老年のいい俳優が何人かおり、彼らの主演映画も作られている。

 2013年12月6日公開の「Club 60」は、引退した老年男性たちの友情物語である。監督はサンジャイ・トリパーティー。ほぼ無名の監督である。キャストは、ファールーク・シェーク、サリカー、ラグビール・ヤーダヴ、サティーシュ・シャー、ティーヌー・アーナンド、シャラト・サクセーナー、ヴィニート・クマール、スハースィニー・ムレー、ヴィージュー・コーテー、ザリーナー・ワハーブ、ヒマーニー・シヴプリー、ハルシュ・チャーヤーなど。ベテラン俳優が揃っている。

 プネーで神経外科医として長年務め、現在は隠居生活を送っていたターリーク・シェーク(ファールーク・シェーク)とサイラー(サリカー)の夫妻にはイクバールという一人息子がいたが、米国留学中にテロに巻き込まれて死んでしまう。二人はしばらくその悲しみの中に沈んでしまう。特にターリークは鬱病になり、一度は自殺未遂もした。

 気分転換をするため、二人はプネーの家を引き払ってムンバイーのアパートに引っ越した。サイラーは病院で働き出すが、ターリークは相変わらず落ち込んだままで、精神科医を通うようになる。

 引っ越し先のアパートで仲良くなったのがマヌバーイー・シャー(ラグヴィール・ヤーダヴ)であった。とにかく口が達者で図々しいマヌバーイーをターリークは避けようとするが、サイラーは彼の脳天気さがターリークの鬱病を快方に向かわせると直感し、歓迎する。マヌバーイーはターリークを、「クラブ60」というスポーツクラブに誘う。そこでターリークは、実業家ジャイ・マンスカーニー(シャラト・サクセーナー)、詩人ジャファルバーイー(ティーヌー・アーナンド)、元所得税局長SKスィナー(ヴィニート・クマール)、退役軍人GSディッローン(シャラト・サクセーナー)と出会う。個性豊かな仲間と語り合う内に、ターリークの精神も次第に落ち着いてくる。

 ターリークは、クラブ60の仲間と付き合う内に、彼らがそれぞれ人生の中で苦しみや悩みを抱えつつも前向きに人生を生きていることを知る。マンスカーニーは息子の家族から冷遇されており、孫とも思うように会えなかった。ジャファルバーイーは発作を起こして入院するが、オーストラリアにいる息子は見舞いに来なかった。スィナーの息子は自殺し、妻は下半身不随だった。GSディッローンは妻の浮気や離婚を経験していた。

 ディッローンが遂に恋人のマーヤーと再婚することを決める。クラブ60の仲間たちはバチャラーズ・パーティーと称して彼の再婚を祝うが、そのときにマヌバーイーが脳梗塞を起こして倒れてしまう。サイラーの働く病院に担ぎ込まれ、手術が必要と診断されるが、ちょうど神経外科医がいなかった。そこでターリークが執刀することになる。そのとき、ターリークとサイラーは、マヌバーイーの過去を初めて知ることになる。彼は幼少時に父親を亡くし、苦労して身を立ててきた人物だった。飛行機事故で妻子を亡くすが、それでも笑顔を絶やさなかった。ターリークは手術を成功させる。

 ヒンディー語映画をよく観ている人間にとって、起用されている俳優たちは普段、メインストリームの映画で脇役としてよく目にする顔ぶれである。今回は老人が主人公の映画ということで、ここぞとばかりに表に立って、思う存分、演技を披露する。第一にそれが微笑ましい映画だった。

 クラブ60のメンバーはそれぞれ社会的に成功してきた者ばかりである。既に一線は退き、悠々自適の隠居生活を送っているように見える。新たにメンバーに加わった主人公ターリークは、死んだ息子の悲しみを吹っ切れておらず、仲間内ではしゃぐ彼らの中で居心地が悪そうにしていた。しかし、とにかく陽気なマヌバーイーをはじめ、クラブ60の仲間たちと付き合う内に、ターリークの顔には長らく忘れられていた笑顔が戻ってくる。

 しかも、ターリークは徐々に彼らがそれぞれに深い悲しみを経験して今を生きていることを知っていく。悲しみの中に閉じこもってしまったターリークは、自分をこの世で一番不幸だと信じ込み、自殺未遂までするが、落ち着いて俯瞰してみれば、60年以上生きてきて不幸を経験していない者などいないことに気付く。しかも、同じく息子を失った妻サイラーにさえも、自分の不幸を押しつけ苦労を掛けていた。その気付きがターリークの鬱病を快方に向かわせる。

 ターリークを支え続けてきたサイラーは夫の回復を喜ぶが、彼女にとって最大の喜びは、ターリークが再び神経外科医として復帰することだった。そのきっかけは皮肉なことに、彼をクラブ60に誘ってくれたマヌバーイーの脳梗塞によって生まれた。ターリークは戸惑いながらも、自分より多くの不幸に耐えながら常に笑い、他人を笑わせて生きてきたマヌバーイーのためにメスを執ることを決める。

 マヌバーイーの手術は成功するが、麻痺は残り、車椅子生活を余儀なくされたため、以前のように元気にはしゃぎ回ることはできなくなっていた。ターリークが果たしてそのまま神経外科医に復帰したのかどうかは映画では語られなかったが、きっと彼の人生は好転したのだろうと感じさせられた。

 クラブ60のメンバーが抱える悩みの多くは子供に関連したことだった。子供を失ったか、それとも子供との縁が希薄になっていた。子供を失った者は、どんな子供でもいるだけマシだと思うし、子供から無視されている者は、子供がいるのにいないも同然の人生を送ることほど苦しいことはないと考える。だが、老年になっても、悩みを共有することで心が軽くなるのは変わらなかった。

 落ち着いた演技をするファールーク・シェークと、破天荒な老人を演じるラグヴィール・ヤーダヴの二人がまずは素晴らしかった。シャラト・サクセーナーやティーヌー・アーナンドなど、普段はスターの引き立て役に徹している俳優たちが羽を伸ばして演技をする様子が見られたのもよかった。静かに、だが力強く夫を支え続けるサイラーを演じたサリカーもはまり役だった。

 低予算映画の作りながら挿入歌の数は意外に多かった。その中でジーンと来たのは、スィナーの結婚記念日パーティーでジャファルバーイーが歌うガザル曲「Rooh Main」だ。歌詞が非常に美しく、クラブ60のメンバーがそれぞれ人生で噛み締めてきた悲しみがうまく表現されていた。

 「Club 60」は、ヒンディー語映画界で時々作られる老人映画である。ファールーク・シェークやラグヴィール・ヤーダヴといった老年のベテラン俳優が勢揃いし、人生の悲しみに人はどう向き合うべきかが語られる感動作となっている。キャストに目を通しただけではあまり魅力を感じないかもしれないが、味わい深い作品である。