That Day After Everyday

3.0
That Day After Everyday
「That Day After Everyday」

 2012年12月にデリーで起こった集団強姦事件(いわゆるニルバヤー事件)は、インドのみならず世界中に衝撃を与えた。元々デリーは「レイプ首都」という不名誉なあだ名で呼ばれており、新聞を開けば毎日必ずどこかで誰かがレイプされたことを報じる記事が掲載されているほどであったが、この凄惨な事件をきっかけに市民の怒りが爆発し、女性の安全問題が改めて急務の課題として浮上した。その後、ムンバイーをはじめとして、インド各地で起こったレイプ事件が全国的あるいは国際的に積極的に報じられるようになり、デリーだけではなくインド全体の問題として論じられることとなった。おかげでインドへ訪れる外国人女性観光客が減少してしまったとの話も聞くが、インドは観光立国を目指す以上、一度この現実と真剣に向き合う必要があるだろう。

 ところで、ヒンディー語映画「Lage Raho Munna Bhai」(2006年)の大ヒット以降、インドではユニークな方法で抗議を行うのがトレンドとなっている。ニルバヤー事件への抗議は、インド門での警察と市民の衝突という最悪の事態まで発展したのであるが、武力を伴わず、やはりユニークな抗議を行う人々も現れて来た。その内のひとつがAIBというコメディアン・グループであった。彼らは女優カルキ・ケクランらを起用し、「It’s Your Fault」と題したビデオをYouTube上で公開した。このビデオは、登場する女性たちが口々に「レイプは全て女性の責任だ」と語るという痛烈な風刺である(つまり、レイプの責任は完全に男性側にある、との主張である)。その中で語られる事柄は、ニルバヤー事件が起こった後、インドの政治家や宗教家などが「レイプの原因」としてコメントした内容を元にしている。例えば携帯電話やチョウメン(焼きそば)などを、インドで強姦事件が増えた原因とする発言があり、それをそのまま採り入れている。このビデオはネット上で大きな反響を呼んだ。

Rape ? It's Your Fault Women (ft. Kalki Koechlin & Juhi Pandey)- AIB365

 それに対抗してか何なのか分からないが、今度はカルキの夫アヌラーグ・カシヤプ監督が2013年10月29日に「That Day After Everyday」という短編映画をYouTubeに公開した。20分強の映画で、サンディヤー・ムリドゥルの他、ラーディカー・アープテー、アランニャー・カウル、ギーターンジャリー・ターパーなどが出演している。サンディヤー・ムリドゥル以外はそれほど有名ではない女優たちだが、演技はしっかりしていた。

That Day After Everyday | Radhika Apte, Anurag Kashyap | Royal Stag Barrel Select Large Short Films

 この短い映画で扱われているのはいわゆるEve Teasing問題である。Eve Teasingというのはインド特有の英語のひとつで、強姦までは行かないものの、視姦、嫌がらせ、痴漢、脅迫など、女性に不快感を与える行為のことであり、セクシャルハラスメントと訳してしまってもいいだろう。映画には3人の女性が登場するが、中でもラーディカー・アープテー演じる女性が近所に住むゴロツキや職場の同僚に嫌がらせを受ける。それだけでなく、彼女の夫と見られる男性も、妻がゴロツキに嫌がらせを受けていることを知っていながら、「遠くに仕事に行くからそういうことになる」、「奴らを無視しろ」など、妻に責任を押し付けるようなことを言い、彼女を真剣に守ってあげようとしない。女性が置かれたどうしようもない状況が、前半の短い時間の中に凝縮されていた。

 しかし、転機となるのは彼女の友人の勇気ある一撃だった。その友人もバスの中で乗客の男性から再三嫌がらせを受けるのだが、とうとう頭に来た彼女はその男の急所に一発入れる。男はそのまま退散する。その出来事をきっかけに、3人の女性たちは護身術を習うためにジムに通うことになる。そのトレーナーを演じるのがディーディー(姉貴)と呼ばれるサンディヤー・ムリドゥルである。ディーディーは三人に、「恐怖を見せるとつけ込まれる」と教え込む。そして三人は、待ち構えていたゴロツキに真っ向から立ち向かう。取っ組み合いの戦いになるが、最終的に三人は勝利を収める。

 パンジャービードレスを着たごく普通の女性たちが屈強な男たちと取っ組み合いの戦いを繰り広げるというのもかなりインパクトのある映像であるが、やはりもっとも印象的なのは最後のシーンだ。その「決闘」から一夜明けたと思われる朝、ラーディカー・アープテー演じる女性の夫が彼女に「君は正しいことをしたよ。俺も奴らにガツンと言ってやろうとしてたところだ」と呟く。あまり家事に参加していなさそうだった夫がチャーイを作っているところもポイントである。

 この短編映画が何を主張したいかと言うと、女性の勇気が全てを変えるということであろう。つまり、男性の横暴に女性が勇気をもって立ち向かわないことが女性への抑圧やセクシャルハラスメントを助長しているということであり、どちらかと言うとカルキの出演した「It’s My Fault」とは逆のメッセージを投げ掛けているように思われる。

 実はアヌラーグとカルキは離婚秒読みとのゴシップがまことしやかに語られている。もしかしたら「It’s Your Fault」と「That Day After Everyday」に何らかのヒントが隠されているのかもしれない。