Patang (USA)

3.5

 今日はオシアンス・シネファン映画祭で良さそうな作品の上映が続いていたため、午後からずっと会場にいて4本の映画を連続で鑑賞した。その内3本はインド映画で、残りの1本はアン・ホイ(許鞍華)監督の香港映画「桃姐」(2011年/英語題名:A Simple Life)である。

 本日まず鑑賞したのはプラシャーント・バールガヴァ監督の「Patang」(英語題名:Kite)である。グジャラート州アハマダーバードで毎年1月14日に祝われるカイト・フェスティバルを背景として作られた作品であるが、言語は商業的な理由からヒンディー語となっている。監督やプロデューサーは米国在住の在外インド人(NRI)。制作には7~8年を要しており、バールガヴァ監督は毎年数ヶ月アハマダーバードに住んで地元の人々と交流を深め、映画を作り上げたと言う。出演者の多くは実際にアハマダーバードに住んでいる人々である。

監督:プラシャーント・バールガヴァ
制作:JDパンジャービー
音楽:マリオ・グリゴロフ
衣装:スジャーター・S・ヴィルク
出演:スィーマー・ビシュワース、ナワーズッディーン・スィッディーキー、スガンダー・ガルグ、ムクンド・シュクラ、アーカーシュ・マハーエーラー、ハミード・シェークなど
備考:スィーリー・フォート・オーディトリアム2で鑑賞。オシアンス映画祭。

 デリー在住の実業家ジャエーシュ(ムクンド・シュクラ)は、カイト・フェスティバルの前日1月13日に、娘のプリヤー(スガンダー・ガルグ)と共にアハマダーバードの実家を久し振りに訪れる。実家には母親、兄ウメーシュの妻スダー(スィーマー・ビシュワース)、そして甥のチャックー(ナワーズッディーン・スィッディーキー)が住んでいた。ウメーシュは既に亡く、チャックーは大した仕事もしておらず、経済状態は良くなかった。ジャエーシュは1月14日に自宅に旧友を呼び寄せ、共に凧を飛ばす計画を立てていた。

 ジャエーシュが突然実家を訪れたのにはもうひとつの理由があった。彼は実家を売り払い、デリー近郊にアパートを買って、家族皆で住むことを考えていた。だが、母親は絶対に書類にサインしようとしなかった。また、チャックーは以前から父親が死んだのはジャエーシュのせいだと考えており、叔父に反感を抱いていた。ジャエーシュがその計画を披露した途端、チャックーは怒りを露わにする。

 プリヤーにとってアハマダーバードは初めてのようなものだった。幼い頃に来て以来だった。プリヤーは8mmビデオを片手にアハマダーバードの街を探検する。その中で彼女は近所に住む青年ボビー(アーカーシュ・マハーエーラー)と出会う。ボビーは近所では随一の凧名人で、普段は父親の店で店番をしていた。

 また、ジャエーシュは馴染みの凧屋に特注の凧を届けるように注文する。凧屋はハミード(ハミード・シェーク)という少年に届けさせる。ハミードはチャックーの友人であった。だが、届ける途中にチャックーの喧嘩に巻き込まれてしまい、凧は台無しになってしまう。

 カイト・フェスティバルの当日。ジャエーシュはまだ凧が届いていないのに気付き、凧屋に自ら行って凧を買って来る。屋上へ行き、早速旧友たちと凧を飛ばす。また、プリヤーはボビーと共に凧上げをし、その後彼のバイクに乗ってアハマダーバードを巡る。プリヤーはボビーとキスをするが、ボビーと付き合うつもりはなく、そのまま彼を置いて立ち去る。

 夜、ジャエーシュは空高く舞う特注の凧の糸にひとつずつ灯籠を灯して行く。その下ではチャックーと子供たちが打ち上げ花火をして遊んでいた。その内花火が凧に直撃し、落下してしまう。その衝撃でジャエーシュは指を切ってしまう。また、屋根の上でその凧をキャッチしようとしたハミードは下に落ちてしまう。チャックーはハミードを病院へ搬送する。幸い命に別状はなく、片腕の骨が折れただけだった。また、スダーはジャエーシュの手当をしながら、過去の話に言及する。ジャエーシュとスダーの間には実は深い心のつながりがあった。

 翌日、凧の残骸が散らばるアハマダーバードを後にし、ジャエーシュとプリヤーはデリーに帰って行く。

 久し振りの家族・親類・知人の集まりの中で繰り広げられる様々な人間模様を、年に一度のカイト・フェスティバルに沸くアハマダーバード旧市街を背景にしながら、広く浅く描いた作品で、よく似ているのは「Monsoon Wedding」(2011年)になる。実家の屋敷を売却して高級アパートに移住する話、ウメーシュの死にまつわる秘密、ジャエーシュの夫婦関係の問題、デーヴァル(夫の弟)とバービー(兄の妻)のただならぬ絆、都会育ちのピヤーと地方都市育ちのボビーとの考え方の差など、様々な問題に少しずつ少しずつ触れられ、決してそれらに深入りすることなくストーリーが進む。観客は断片的な映像や台詞から、この家族に秘められたそれらの問題を推測するしかない。このような問題はどの家族にもあるものだ。だが、問題がありながらも家族は家族としてまとまっている。そんな何でもない風景を自然に切り出すことに成功した映画だと言える。

 単なる家族の集まりだったら退屈な映画になっていたかもしれないが、この映画に独特の興奮があるのは、間違いなくカイト・フェスティバルのおかげだ。グジャラート州の最大都市アハマダーバードではマカル・サンクラーンティ(1月14日)の日、インターナショナル・カイト・フェスティバルが開催され、世界中から凧上げの名人が集まって凧のデザインやテクニックを競い合う他、一般の人々も屋根の上に上がって凧を上げ、空は一面凧で埋め尽くされる。カイト・フェスティバルの際に撮影した映像を利用している他、俳優にもカイト・フェスティバル時に演技をさせているため、臨場感いっぱいだ。実際に傍から見ているとそんなに楽しくない凧上げをエキサイティングな映像に仕上げているのも評価出来る。

 もちろん、題名にもなっている「凧」は、カイト・フェスティバルだけでなく、様々な事象のメタファーとなっている。第一には実家を離れてデリーに住むジャエーシュの象徴であろう。ジャエーシュがアハマダーバードを出た理由は劇中でははっきりと明かされていないが、両親や兄の家族と何らかのいざこざがあったことが予想される。言わば糸の切れた凧のような状態のまま、ジャエーシュはデリーに住んでいた。だが、今回ジャエーシュは久し振りに実家に戻って来た。それは、糸が切れた凧が、他の人の手を経て、また自分のところへ戻って来るようなものであった。ジャエーシュの特注凧も、一度失われた後にまた戻って来た。

 ジャエーシュとアハマダーバードの間の糸は切れていなかったとも考えられる。その一本の糸こそが、兄嫁スダーとの関係であった。ジャエーシュはスダーとその家族が不幸な生活を送っていると思い込んでいるが、スダーは自分たちは幸せだと言い切る。彼女がジャエーシュに語った言葉が印象的だ。「私は凧を切ったり切られたりは好きではないわ。高く高く飛ぶ凧が好き。」「私たちは小さな小さな幸せを大事に掴んで生きているわ。」まるで大空舞う幸せを、か細い糸で掴んでいるかのような台詞だ。凧は幸せの象徴だと言える。

 ピヤーが出会ったボビーにとっては、凧は自由の象徴であった。彼はいつかアハマダーバードを出て人生で一花咲かせたいと野望を持っていた。だが、父親のビジネスを助けるために大学を途中で退学しなければならず、店番をする毎日。前途は容易ではない。しかし、彼が飛ばす凧のように、自分もいつか大空へ飛び立ちたいと考えていた。

 このように、単にカイト・フェスティバルを背景としているだけでなく、登場人物のそれぞれの思いが凧に込められており、それがとても琴線に触れた。凧や凧上げを効果的に描いたインド映画には「Hum Dil De Chuke Sanam」(1999年)や「The Japanese Wife」(2010年)などがあるが、凧をここまで中心的なメタファーにした映画は今までなかったと言える。

 キャストの中ではスィーマー・ビシュワースとナワーズッディーン・スィッディーキーが有名だ。二人とも演技派・個性派として知られる俳優で、さすがの演技をしていた。スガンダー・ガルグは「Jaane Tu… Ya Jaane Na」(2008年)などで出演経験のある女優である。スクリーン上では20代に見えたが、もう35歳のようだ。ボビーを演じたアーカーシュ・マハーエーラーは素人で、凧上げの腕を買われて起用された。素人であることを感じさせない演技であった。

 「Patang」は、カイト・フェスティバルを背景にしながら、凧をうまく登場人物の感情や状況とリンクさせて、久々に再会した家族や友人の人間模様を描いた作品であった。カイト・フェスティバルの実際の映像を使っているだけあって、臨場感溢れる映像も見所である。NRIがインドに来て作った作品だけあって、外国人好みのインドらしいテーマや映像をうまく料理して一本の作品にまとめあげていたと言える。