
「He…」は、2011年11月29日にインド国際映画祭でプレミア上映された作品である。「ボージプリー語映画」に分類されている。ボージプリー語映画というと、ウッタル・プラデーシュ州東部からビハール州にかけて話されているヒンディー語の一方言ボージプリー語で作られたリージョナル(地方)映画であり、大衆向けのマサーラー映画をイメージする。だが、この「He…」に限っては、国立映画開発公社(NFDC)がプロデュースした芸術・社会派映画寄りの作品である。また、セリフはボージプリー語とヒンディー語のハイブリッドだ。劇場一般公開はなく、プレミア上映から10年後の2021年2月11日にAmazon Prime Videoで配信開始された。
監督はマンゲーシュ・ジョーシー。新人であり、あまり情報はない。キャストは、マダン・デーオダル、ラージェーンドラ・グプター、シャシャーンク・シェーンデー、ヴィーナー・ジャームカル、ゴーパール・スィン、チッタランジャン・ギリなど。
舞台はマハーラーシュトラ州ムンバイー近郊に位置する小都市のスラム街と思われる。ムンバイーの市街地ではないだろう。主人公は、線路などでプラスチックボトルなどのゴミを拾い集めて生計を立てるくず拾いの少年ハリである。「アープター駅」の表示が見えたため、ラーイガル県アープター周辺が舞台の物語と捉えていいだろう。アープター駅は、「Dilwale Dulhania Le Jayenge」(1995年/邦題:シャー・ルク・カーンのDDLJラブゲット大作戦)のラストシーンが撮影された場所として映画ファンの間には有名だ。ちなみに、ハリは映画俳優になるのが夢で、周囲から「ヒーロー」や「シャールク」などと呼ばれていた。
13歳の少年ハリ(マダン・デーオダル)は、父親の再婚を機に家出をし、叔父クリシュナ(ゴーパール・スィン)を頼ってムンバイー近郊の小都市のスラム街に住み着き、くず拾いをして生計を立てていた。クリシュナは警察に拘留されており、大家のシャンカル(シャシャーンク・シェーンデー)は度々家賃の取り立てに来ていた。
かつてこのスラム街には、プネーのインド映画TV学校(FTII)から映画撮影グループがやって来て、ハリを「ヒーロー」にして映画を撮影した。ハリはすっかり映画スターを夢見るようになり、監督からの連絡を心待ちにしていた。だが、なかなか電話は掛かってこなかった。ハリは、スラム街のそばにある湖の孤島に住むペインター叔父さん(ラージェーンドラ・グプター)を慕っており、よく話に行っていた。シャンカルが最近めとった新妻マイナー(ヴィーナー・ジャームカル)は常に家に閉じこめられていたが、時々窓から顔を出し、ハリに話し掛けていた。
クリシュナは釈放されたが、シャンカルから1週間以内に滞納している家賃を払うように言われ、ハリの父親に電話する。クリシュナは再び警察に捕まってしまうが、ハリには父親がもうすぐやって来ると告げる。スラム街にいた頭のおかしいグッドゥー(チッタランジャン・ギリ)がマイナーを連れて逃げ、怒ったシャンカルはハリに腹いせし、彼を家から追い出す。ハリはペインター叔父さんに会いに行くが、彼の葬列が家を出たところだった。
ハリはプネーへ行き、監督と会う。完成した映画を見せてもらうが、ハリは単なるスラム街の少年であり、ちっともヒーローには見えなかった。
映画の着想源は、スラム街に住む少年が、突然現れた映画撮影グループによって主人公に抜擢され、すっかりその気になって映画スターになるという途方もない夢を抱いてしまうという悲劇であろう。映画の撮影時期は、ちょうど「Slumdog Millionaire」(2009年/邦題:スラムドッグ$ミリオネア)が世界中で称賛され米アカデミー賞を受賞した時期と重なる。
プネーのインド映画TV学校(FTII)からやって来た映画監督は、実際にスラム街に住んでいる少年を主役にして「リアリズム映画」を撮りたかったのだろう。選ばれたハリは、撮影の中でやたら3Kの仕事をしている演技をさせられ、大人から平手打ちされるシーンを繰り返し撮られるなど違和感を抱いたものの、やがてヒーローに成長する主人公の苦難に満ちた下積み時代を撮っているのだと監督に説得され、我慢して撮影に臨む。ハリは、おそらくビハール州辺りから家出をしてムンバイー近郊の小都市のスラム街に流れ着いた社会的弱者であり、その日の生活で精いっぱいで、何の夢も持ち合わせていなかった。だが、たまたま映画の主役に抜擢されてしまったことで、突如としてシャールク・カーンのような大スターになる夢を脳裏に植え付けられてしまったのである。映画監督は、続編で彼がヒーローになるところを撮ると言って去って行った。ハリは監督からの電話を待ち続けるが、いつまで経っても電話は鳴らない。
一方で映画スターになる夢を人生の糧にしながら、一方で彼は悪夢に近い夢にもうなされていた。直接の原因は、家賃を取り立てに来るシャンカルだ。彼は夢の中で映画のヒーローのように啖呵を切ってシャンカルを殺したりするが、その夢から覚めたとき、当然のことながら、現実世界に何か変化があるわけではなかった。
映画を一通り観た後も、題名の「He…」が具体的に何を示しているのか分からなかった。英語の「he」だとしたら、「彼・・・」という意味になるだろうが、それが映画の内容と合致しているようには感じなかった。では、嘆息の感動詞「ヘー」であろうか。我々は子供の頃からとかく「夢を持て」と言われる。だが、夢を持つことが人生の重荷になるような最底辺の人生を送っている者もいる。「ヘー」は、そんなハリの口から出るため息だと受け止めることは可能だろう。とはいえ、この解釈も腑に落ちるものではない。ハリはスラム街の人々から「ヒーロー(Hero)」と呼ばれていた。もしかしたら「He…」とは「Hero」の中途半端な形であろうか。いずれにせよ、内容を代弁したもう少し分かりやすい題名を付けられていたら劇場一般公開にもこぎ着けていたのではないかとお節介な想像をしてしまった。
カメラワークに作家性が感じられる作品だった。パン(カメラの位置は変えずに、カメラを水平方向に首振りするように回す動作)やトラック(カメラ自体を水平にスライドさせる動作)を伴った長回しを多用し、カメラワークがストーリーを先に進めたり観客の心を刺激したりするユニークな表現技法が使われていた。たとえば主人公の視線の先にカメラが向かい、そこで何が起こっているかが時間差で映し出されるなど、カメラワークがストーリーテリングに積極的に参加していた。全体的にコントラストが強く暗めの画面であったが、それも目的あってのものだろう。
「He…」は、通常のボージプリー語映画とは一線を画した、芸術映画に近い作品である。世界中で話題になった英映画「Slumdog Millionaire」に対するインドからのアンサーと受け止めることもできる。カメラワークにも特徴があり、ひとつひとつの動きが解釈を求めてくる。地味だが優れた映画である。
