かつて「スキンショー」という言葉がヒンディー語映画界を騒がせたことがあった。「スキンショー」とは文字通り「肌見せ」であり、女優が裸または露出度の高い服を着て登場するシーンや、またはそういうシーンが多かったり前面に押し出されたりした映画のことを言う。その傾向は、ビパーシャー・バスを21世紀最初のセックスシンボルに押し上げた「Raaz」(2002年)から始まっていたが、スキンショーが一応の頂点に到達したのが「Murder」(2004年)であった。その後「連続キス魔(シリアル・キサー)」として有名となるイムラーン・ハーシュミーと、ビパーシャー・バスからセックスシンボルの座を奪い取ったマッリカー・シェーラーワトが主演で、共にこの映画をきっかけにスターダムを駆け上った。その後、皮肉にもスキンショーからは男優すらも逃れられなくなり、女性監督ファラー・カーンは「Om Shanti Om」(2007年)の中で主演男優シャールク・カーンのスキンショーをやってのけた。それは半ば冗談としても、最近では女優を脱がせて観客を動員しようとするような安易な映画はなくなっている代わりに、女優の肌見せはそれほど珍しいものではなくなってしまっている。そのタガが外れたのがちょうど「Murder」前後であった。
そんな2004年の大ヒット作の一本「Murder」の続編「Murder 2」が本日(2011年7月8日)より公開となった。とは言っても前作とのつながりはほとんどない。イムラーン・ハーシュミーが引き続き主演であること、そして映画中で前作の挿入歌が効果的に使われることを除き、「Murder」とは全く別の映画と言っていいだろう。ヒロインはマッリカー・シェーラーワトではなくスリランカ人女優ジャクリーン・フェルナンデスとなっているし、前作の舞台はバンコクだったのに対し今回はゴアである。また、監督も前作はアヌラーグ・バスだったが、本作は「Kalyug」(2005年)や「Raaz: The Mystery Continues」(2009年)で有名なモーヒト・スーリーにバトンタッチしている。端的に言えば、「Murder」の続編を名乗る必要性はほとんどなかった作品である。
監督:モーヒト・スーリー
制作:ムケーシュ・バット
音楽:ハルシト・サクセーナー、ミトゥン、サンギート&スィッダールト・ハルディープル、スデャーンシュ・パーンデーイ
歌詞:サイード・カードリー、クマール、ミトゥン
振付:ラージュー・カーン
出演:イムラーン・ハーシュミー、ジャクリーン・フェルナンデス、プラシャーント・ナーラーヤナン、スラグナー・パーニグラヒー、スダーンシュ・パーンデーイ、サンディープ・スィカンド、シュエーター・カワートラー(特別出演)、ヤナ・グプター(特別出演)
備考:PVRプリヤーで鑑賞。
ゴア在住のアルジュン・バーグワト(イムラーン・ハーシュミー)は警官崩れの悪党で、ドラッグ密輸などをしてあぶく銭を稼いでいた。モデルのプリヤー(ジャクリーン・フェルナンデス)はアルジュンに恋していたが、アルジュンは彼女のことを恋愛対象でも性欲のはけ口でもなく、「単なる癖」と呼んでいた。 あるときアルジュンは、コールガールの総元締めサミールから呼び出される。ここ数週間コールガールが次々に姿を消しており、アルジュンはその原因究明を任される。アルジュンは、ライオンを狩るには獲物が必要だと提案し、コールガールを囮にして犯人まで辿り着こうとする。 一方、ゴアの大学で商学を学んでいたレーシュマー(スラグナー・パーニグラヒー)は、貧しい家族を支えるためにコールガールをする決意をしていた。最初の客となったのがディーラジ・パーンデーイ(プラシャーント・ナーラーヤナン)であった。 実はこれまでコールガールを殺して来たのはディーラジであった。ディーラジは普段男性として生きていたが、男性器を切り落としており、女装を趣味としていた。また、女性に深い嫌悪感を抱いており、コールガールを呼んではなぶり殺しにするのを楽しみにしていたのだった。レーシュマーも彼の餌食となり、井戸に放り込まれるが、彼女はまだ生きていた。 レーシュマーが連続殺人犯の元に送られたことを直感したアルジュンは彼女を追う。その内偶然にも彼女の携帯を持つディーラジを発見し追いかける。ディーラジを捕まえて殴りつけたまでは良かったのだが、警察に制止されて署に連行されてしまう。 取り調べを受ける中でディーラジは連続殺人を自白する。だが、ちょうどクリスマス~ニューイヤーのシーズンで、ゴアの観光業の稼ぎ時だった。州政府からの命令でこの事件は公表されなかった。ディーラジは精神鑑定の結果、精神に異常があるとされ、しかもディーラジが師と仰ぐヒジュラー(両性具有コミュニティー)議員ニルマル・パンディトが介入して来たため、ディーラジは釈放されてしまう。 ニルマルはディーラジを、彼の自宅近くに建てられたヒジュラー女神の寺院へ連れて行く。そこにはちょうど、井戸から逃げて来たレーシュマーが隠れていた。ディーラジはニルマルと寺院の僧侶を殺し、レーシュマーを惨殺する。 一方、ディーラジはアルジュンに復讐するため、彼の恋人プリヤーを自宅に呼ぶ。だがその前にアルジュンがディーラジの居所を駆けつけて彼の家にやって来た。アルジュンはディーラジを殴り倒すが、プリヤーが突然やって来たことに驚いている隙に不意打ちをくらい、倒れてしまう。ディーラジは意識朦朧とするアルジュンの前でプリヤーを殺そうとする。だが、プリヤーの悲鳴を聞いて意識を取り戻したアルジュンはディーラジに反撃し、最終的に彼を殺す。
まず、前作「Murder」がヒットしたのは、当時としてはインド映画レベルを超越した濃厚な性描写がいくつもあったからである。ところが「Murder 2」では、序盤にイムラーン・ハーシュミーとジャクリーン・フェルナンデスのベッドシーンがあったものの、基本的にはそれほど際どいシーン満載の映画になっていない。また、前作ではイムラーン・ハーシュミー演じる悪役のことを観客に一旦死んだと思わせておいて実は生きていたというどんでん返しを作り、それをベースにスリラーを展開していた。だが、「Murder 2」では連続殺人犯の正体が序盤で明らかになってしまい、得体の知れないものに対する恐怖もなく、前作のようなサスペンスはなかった。よって、スリラーとしての出来は完全に前作の方が上である。
これらの要因から、「Murder 2」が前作ほどのヒットを記録するとは思えない。しかしながら、悪役ディーラジ・パーンデーイのキャラクターは非常に面白かった。元々女性に対して嫌悪感を抱いていたディーラジは、お見合い結婚後に妻を虐待し始め、両親から家を追い出される。その後ディーラジはヒジュラー・コミュニティーに入り込み、男性器を切除する。ヒジュラーとは建前上両性具有者コミュニティーだが、実際にはヒジュラーとなる者の大部分は性転換している。インドをある程度長く旅行したり住んだりすると、街角や列車などで女装した男性の集団を見掛けるだろう。彼ら(彼女ら)がヒジュラーである。しかしディーラジは性同一性障害ではなく、むしろ女装趣味の正常な男性であった。女性に対する性欲はあったが、既に男性器を切除していたために何もすることができなかった。そこで彼は恐怖に怯える女性を殺すことで代替の性的興奮を味わうようになり、コールガールの連続殺人をするようになるのである。ディーラジのこの深層心理は、彼が拘留中に受けた精神鑑定の中で明らかにされていた。このキャラクターをより発展させて行けば、「インド映画界のハンニバル・レクター博士」のような存在になったかもしれず、彼を中心に再び続編が作られるとすれば是非観てみたいと思うが、少なくとも「Murder 2」の最後では彼は殺されてしまっている。また、ディーラジ・パーンデーイを演じたプラシャーント・ナーラーヤナンも見事であった。
ディーラジ・パーンデーイのキャラが立っていたために、主演のはずのイムラーン・ハーシュミーの影は薄かった。そういえば前作「Murder」では主演のアシュミト・パテールよりも悪役のイムラーン・ハーシュミーの方が目立っており、その点では共通点がある。彼が演じるアルジュンは元警官ながらドラッグ密輸などに関わる悪人という設定である。しかし、彼がディーラジの餌食になった少女レーシュマーに特別な肩入れする理由がよく分からなかったし、恋人のプリヤーに冷たく当たる理由や、その後彼女を受け容れることを示唆するシーンの裏にある心変わりも不明だった。彼の家族は不幸で、幼い頃から孤児として育って来たことは分かるが、ディーラジに比べるとバックグランドの説明が足りなかった。おまけにイムラーンの髪型も変だった。
ジャクリーン・フェルナンデスはここ数年内にデビューした女優の中では意外に粘っていると言っていいだろう。「Aladin」(2009年)でデビューしたときには一発屋かと思ったが、その後も「Jaane Kahan Se Aayi Hai」(2010年)やこの「Murder 2」と出演作を重ねており、今後「Housefull 2」への出演も決まっている。現在ヒンディー語映画界で流行の顔立ちではないと思うのだが、スリランカ人というユニークな立場のおかげか、踏ん張っている。何となくネパール人女優マニーシャー・コーイラーラーを思い出す。ヒンディー語の勉強にも精を出しているようで、今後もヒンディー語映画界で活躍して行くつもりなのであろう。「Housefull」(2010年)でアイテムガール出演したり、今回イムラーン・ハーシュミーとの濃厚なキスシーンやベッドシーンにも挑戦したりしていることからも分かるように、聖域なき演技ができる女優で、それが功を奏しているのかもしれない。
前作「Murder」はアヌ・マリクによる音楽も大ヒットしたことで記憶に残っている。「Murder 2」の音楽もヒット中だが、特定の音楽監督の手による作曲ではなく、ハルシト・サクセーナー、ミトゥン、サンギート&スィッダールト・ハルディープルと言った作曲家の合作となっている。イムラーン・ハーシュミーのイメージに合った狂おしい恋愛歌が多く、「Hale Dil」、「Aye Khuda」、「Phir Mohabbat」などいい曲が揃っている。また、タイトルクレジットに流れるスローテンポのダンスナンバー「Aa Zara」ではヤナ・グプターがアイテムガール出演している。
「Murder 2」は、続編物でありながら前作「Murder」とは全く関係ない作品。基本的にはスリラー映画であるが、狡猾な犯人を追及するようなタイプの犯罪映画ではない。その代わり、悪役のキャラのおかげで、ホラー映画に近い怖さのある映画となっている。前作のようなスキンショーは期待しない方がいい。前作「Murder」は大ヒットとなったが、続編は平均的な興行成績で落ち着くのではなかろうか。