Jugaad

2.5

 数年前からデリー市民を恐怖のどん底に陥れているのが、デリー市局(MCD)によるシーリングとデモリッションである。シーリングとは違法建築を封鎖してしまうことで、デモリッションは違法建築を破壊してしまうことだ。デリーの都市計画は20年ごとに策定されるデリー・マスタープランに従って行われている。デリー・マスタープランには、どの地域にどんな種類の建物を建てていいのか、どんな活動をしていいのかが細かく規定されている。だが、計画通りに物事が進まないのはインドの常で、いつの間にかデリーのあちこちに違法建築が乱立することになった。例えば、住宅エリアに店舗を出したり、教育エリアにオフィスを建てたりすることは違法なのだが、賄賂、詐欺、権力乱用、いい加減な法執行などのコンビネーションで建ってしまうのである。しかし、実際のところは、どれが違法建築になるのか誰も知らなかったと言った方が真実に近い。そういうなあなあな状態でしばらく来ていたのだが、裁判所の介入もあって、ある日突然法律が厳密に適用されるようになり、シーリングとデモリッションが始まった。日本企業でも、てっきり法律的に何の問題もない場所にオフィスを構えていると思っていたら、実は違法で、あっけなくシーリングとデモリッションの被害に遭ってしまったところがいくつもある。現在シーリングとデモリッションは下院総選挙が近付いていることもあってひとまず落ち着いているが、選挙終了後にまた大規模な形で再開されると思われる。

 そのMCDによるシーリング/デモリッションの被害に実際に遭い、それを映画化しようと思い立った人物がいた。広告代理店プロモドームのサンディープ・カプール社長で、彼がプロデュースした映画の名前が「Jugaad」である。2009年2月13日に公開された。映画の主人公の名前はサンディープ・カプールそのままだが、それを演じる俳優はマノージ・バージペーイー。監督は「Delhii Heights」(2007年)のアーナンド・クマール監督。興行成績も批評家の評価も最悪だが、デリーを舞台とし、シーリング/デモリッションをテーマにした映画ということで、個人的にとても興味を引かれたため、映画館に観に行くことにした。

監督:アーナンド・クマール
制作:サンディープ・カプール
音楽:サチン・グプター、クリシュナ
歌詞:サミール、サーヒル
振付:ポニー・ヴァルマー、ジャエーシュ・プラダーン
衣装:ハリパール・ナカイ
出演:マノージ・バージペーイー、リシター・バット、ヴィジャイ・ラーズ、サンジャイ・ミシュラー、ゴービンド・ナームデーオ、ニティン・アローラー
備考:PVRアヌパム4で鑑賞。

 サンディープ・カプール(マノージ・バージペーイー)の経営する広告代理店プロモドームは、会社立ち上げ時からの社員であり、親友でもあるムラーリー(ヴィジャイ・ラーズ)やロニー(ニティン・アローラー)の助けもあり、今や年商5億ルピーの企業の成長していた。2010年にデリーで開催予定の英連邦スポーツ大会のプロジェクトも落札が内定し、今や飛ぶ鳥を落とす勢いであった。サンディープの妻プリヤー(リシター・バット)も彼のよき理解者であった。

 ところがある日突然シェーク・サラーイにあったプロモドームのオフィスがシーリングされてしまう。サンディープは、どこからともなく現れた謎の人物バクシー・ジュガールー(サンジャイ・ミシュラー)に新オフィスの手配を頼む。バクシーはデリー南郊サイニクファームのファームハウスを紹介し、たっぷりマージンを手に入れる。だが、その家は水も電気も来ていなかった。再びバクシーの登場となったが、水と電気を通すためにさらに彼にコミッションを支払わなくてはならなかった。

 オフィスがシーリングに遭ったことで、常連顧客は次々に離れて行き、会社を辞める社員たちも現れ始めた。一方、ムラーリーとロニーは警察署へ赴き、グプター警視総監(ゴービンド・ナームデーオ)を買収し、シーリングを解除させようとする。だが、グプター警視総監はムラーリーとロニーが彼を恐喝していると考え、交渉は決裂に終わる。サンディープもグプター警視総監に会いに行くが、彼は怒り、プロモドームのオフィスをデモリッションすると宣言する。

 しかし、グプター警視総監からシーリング関連のファイルを受け取ったサンディープは、住所間違いで彼の会社のオフィスがシーリングされてしまったことを突き止める。サンディープは社員たちと共に人間の盾を作ってデモリッションを阻止しようと務め、一方で弁護士は裁判所からシーリング停止命令を受け取る。グプター警視総監は現場でデモリッションの指揮をしていたが、裁判所からの命令を見せられ、自分の失態を悟る。

 こうしてサンディープはオフィスを取り戻すことに成功した。

 低予算映画かつ脚本は稚拙であったが、実際の体験に基づいて作られた映画なだけあって、劇中に出て来る出来事はどれも真実味があり、シーリングやデモリッションに直面したときの苦労がよく表現されていた。ある日突然のシーリング、ファームハウスに臨時オフィス設立、デモリッション阻止のための座り込みなど、僕も身近で見聞きしたことばかりであった。

 劇中には、題名以下「ジュガール」という言葉が何度も登場する。「インドを一言で表すなら?」と問い掛けられたら、僕は迷わず「ジュガール」と答えるだろう。日本語に訳すと「工面」みたいな意味であるが、英語の「manage」の方がより近い。とにかく手近なところで利用できるものは何でも利用して目の前の問題に対処したり、あり合わせのものを組み合わせて、その場しのぎのための何かを作り出すことで、インドの文化の多くは「ジュガール」で成り立っていると言っても過言ではないだろう。また、最近は、日本語の「頑張る」に対応するヒンディー語が「ジュガール」なのかもしれないと思っている。日本語を習うインド人は、日本人が何に付けても「頑張る」と言うのを発見してどうも不思議に思うらしい。確かに、日本のアニメやドラマを見ていると、「頑張って」、「頑張ります」、「頑張ろう」という言葉が何度も出て来る。そして、頑張ることで何かが成し遂げられるようなストーリーがとても多い。日本語の「頑張る」は言い換えれば「努力する」ということだが、その努力の中には精神的な要素が大半のように感じられる。しかも、そこには恒常性も強く感じられる。ただ努力すだけではなく、努力し続けることが日本の美徳である。だが、ヒンディー語の「ジュガール」は「頑張る」よりもより刹那的で物質的な努力である。とりあえず動けばいい、とりあえず着れればいい、とりあえず凌げればいい、そんな気持ちと共に、あちこちからスクラップをかき集めて来て組み立てるような行為のイメージを「ジュガール」と言う。インドの製造業が弱いのも、いつまで経っても「ジュガール」的意識が消えないからなのではないかと思う。一方、インドが得意とするソフトウェア開発などのIT産業は、「ジュガール」でも何とかなる産業である。

 映画「Jugaad」では、「ジュガール」を生業とする何でも屋バクシー・ジュガールーや、頭の固い社長と違って融通の利くムラーリーの「ジュガール」などを使って、シーリングによって直面した会社の危機を解決するまでが描かれている。

 マノージ・バージペーイーやヴィジャイ・ラーズは、ヒンディー語映画界でも異質と言えるぐらい個性的な俳優たちで、「Jugaad」は、彼らが各々の個性を存分に発揮できる映画になっていた。一応リシター・バットがヒロイン扱いの役で出演していたが、おそらく映画に花を添えるだけの目的で起用されたのだろう。彼女がストーリー上重要な役割を果たすシーンはほとんどなかった。リシター・バットは「Asoka」(2001年)の頃はもっと将来を期待されていたと記憶しているのだが、ヒット作やいい役に恵まれず、今では脇役女優にも満たない三流女優と化してしまっていて本当に可哀想だ。この低予算映画の中で名ばかりのヒロイン役を手に入れるのがやっとということである。他に、バクシー・ジュガールーを演じていたサンジャイ・ミシュラーが怪しさ満点でとても良かった。

 インド映画としての体裁を整えるために挿入歌がいくつか入っていたが、映画の完成度を高める役割は果たせていなかった。

 シェークサラーイ、ネループレイス、サイニクファームなど、デリーの実在の地名がいくつか出て来ており、デリー在住の人は楽しめるだろう。ロケも当然デリーで行われている。ちなみに「Jugaad」は、「Chandni Chowk to China」(2009年)、「Dev. D」(2009年)に続き、今年公開されたデリー関連映画の第3作目だと言える。

 「Jugaad」は、デリーを騒がせたシーリングやデモリッションをテーマとしており、当時のデリーの混乱を経験した人は面白く観ることができるだろう。だが、それ以外の人の目には単なる下らない低予算映画としか映らないことは必至で、無理に勧めることは出来ない。