Brick Lane (UK)

3.0
Brick Lane
「Brick Lane」

 英国の首都ロンドンには多くの南アジア人が住んでいるが、中でもバングラデシュ人が多く住む地域は「ブリック・レーン」と呼ばれている。テルライド映画祭で2007年8月31日にプレミア上映され、その後、2007年11月16日に英国で一般公開された「Brick Lane」は、そのブリック・レーンに住むバングラデシュ人一家を主人公にした映画である。バングラデシュ人の血を引く英国人作家モニカ・アリー著の同名小説を原作としている。

 監督は英国人のサラ・ガヴロン。キャストは、タニシュター・チャタルジー、サティーシュ・カウシク、クリストファー・シンプソン、ナイーマー・ベーガム、ラナー・レヘマーン、ラリター・アハマド、ハーヴェイ・ヴィールディーなど。この中でタニシュター・チャタルジーとサティーシュ・カウシクはヒンディー語映画俳優である。

 バングラデシュの農村で生まれ育ったナズニーン(タニシュター・チャタルジー)は、母親が自殺した後、英国に住む中年男性チャーヌー・アハマド(サティーシュ・カウシク)と結婚し、渡英する。ブリック・レーンのアパートに住む二人の間にはまず男の子が生まれるが、間もなく死んでしまう。その後は長女のシャハーナー(ナイーマー・ベーガム)と次女のビービー(ラナー・レヘマーン)が生まれた。ナズニーンは常に、バングラデシュに残してきた妹ハスィーナーのことを思っており、二人の間では文通が行われていた。

 チャーヌーは仕事をクビになり、新しい仕事を探していた。ナズニーンはミシンを借り受けて内職を始める。素材を届けにカリーム(クリストファー・シンプソン)という青年が家を訪ねてくるようになる。カリームは叔父の縫製工場を手伝っていた他、ブリック・レーンのバングラデシュ人を組織して集会を開いていた。ナズニーンはカリームと恋仲になる。カリームはナズニーンに、チャーヌーと離婚して自分と結婚するように要求する。

 折しも9/11事件が起き、ロンドンでもイスラーム教徒に対する嫌がらせが頻発するようになっていた。チャーヌーはバングラデシュに帰るときが来たと感じ、準備を始める。だが、ナズニーンも娘たちもバングラデシュに行きたくなかった。また、ナズニーンは妹が売春をして生計を立てていると気付き、病気になってしまう。回復後、ナズニーンはカリームを拒絶し、チャーヌーにもロンドンに残りたいと言う。チャーヌーは一人でバングラデシュに帰ることになった。

 バングラデシュが建国されたのは1971年であり、おそらくチャーヌーはこの頃にロンドンに住み始めたのだと思われる。いくつかのヒントから、ナズニーンがチャーヌーに嫁いだのは1984年頃で、この物語自体は9/11事件のあった2001年を時間軸としていると解釈することができる。

 ロンドンのバングラデシュ人コミュニティーの中でイスラーム教原理主義が次第に高まっていく様子が描かれてはいたが、「Brick Lane」はそれを主題にした映画ではなく、あくまで時代背景として物語の味付けに使っていただけである。バングラデシュの農村からロンドンに嫁いできて、好きでもない中年男性と17年間結婚生活を送っているナズニーンの人生に焦点が当てられている。

 ナズニーンは、夫がかなり年上であることもあって、夫に絶対服従する妻だった。ロンドンで生まれ育った長女は、そんな母親の抑制した態度に我慢ができず、父親によく反抗的な態度を取っていた。また、チャーヌーもチャーヌーでかなり変わった人間である。学識はあるが、プライドも高くて、何かと南アジア人が差別の対象になるロンドンではうまく生き抜くことができていなかった。お金に困っているのに、高利貸しから借金をして突然テレビやコンピューターを買ったりしていた。

 ナズニーンと妹ハスィーナーの関係は重要である。ナズニーンは故郷に残してきた妹のことを常に心配しており、彼女とは頻繁に手紙をやり取りしていた。そしてハスィーナーが次々に新しい男性と恋を繰り広げているのを羨ましく見ていた。それに影響されてか、ナズニーンもカリームという青年と恋仲になり、身体関係も持ってしまう。だが、後にハスィーナーは売春婦になっていたことが分かり、ショックのあまり寝込んでしまうのである。

 おそらく、原作の小説では、もっといろいろな出来事が描かれているのだろうが、時間の制約のある映画では、それらがかなり駆け足で、もしくは割愛されながら、語られていたのだと予想される。映画の中だけで完結しているストーリーとは思えなかった。チャーヌーが一人でバングラデシュに戻るラストも、うまく説明されていなかったように感じた。なぜ家族を残して彼だけが帰郷しなくてはならないのか。家族を絶対的に優先する南アジア人的な価値観とは相容れない最後だった。

 チャーヌーはともすれば道化役であったが、彼がイスラーム教を使って人々を扇動しようとするカリームに対してピシャリと言い放った言葉はインパクトがあった。9/11事件後、イスラーム教徒に対する嫌がらせが頻発するようになり、バングラデシュ人は集会を開く。そこでカリームは、イスラーム教を守るために団結するべきだと説く。それに対してチャーヌーは、バングラデシュ独立のきっかけとなった1971年の戦争では、イスラーム教徒がイスラーム教徒を虐殺したとして、宗教でもって人を色分けする危険な思想を一瞬の内に論破してしまった。

 ユーモラスな見た目とは裏腹に確かな演技力を持ち、時々監督もするサティーシュ・カウシクと、ベテラン女優タニシュター・チャタルジーのコンビはなかなかレアな取り合わせであった。二人ともバングラデシュ人ではなく、サティーシュについてはベンガル人でもないが、いい味を出していた。

 「Brick Lane」は、ロンドンのバングラデシュ人街に住むバングラデシュ人女性を主人公にした映画である。劇中では2001年9月11日のアメリカ同時多発テロが起こり、バングラデシュ人コミュニティーの中でイスラーム原理主義が盛り上がる様子も描かれているのだが、基本的には日常生活の中での人間関係が中心の物語である。あまり南アジア人的な価値観を感じなかったのは、ロンドン生まれの作家の小説が原作だからであろうか。