昨日は台風のような嵐がデリーを襲い、一歩も外に出ることができなかった。金曜日はいつも映画の日と決めているのだが、その規則を破らざるをえなかった。その代わり、今日は2005年9月16日公開の新作ヒンディー語映画「Chocolate」をPVRアヌパム4で観た。
監督はヴィヴェーク・アグニホートリー(新人)、音楽はプリータム。キャストは、アニル・カプール、スニール・シェッティー、イルファーン・カーン、アルシャド・ワールスィー、イムラーン・ハーシュミー、タヌシュリー・ダッター、スシュマー・レッディー(新人)など。
12月24日、ロンドンの埠頭でボートが爆発し、多数のマフィアの遺体と、インド人のロッカー(スニール・シェッティー)の遺体が発見された。またその同日、現金輸送車が襲撃され、大金が盗まれた。警察はこの2つの事件に関連性があると推測し、現場に残っていた財布を手掛かりに2人のインド人カップルを逮捕した。画家のピーピー(イルファーン・カーン)と売春婦のシム(タヌシュリー・ダッター)である。また、警察は事件にトビー(アルシャド・ワールスィー)とデーヴァー(イムラーン・ハーシュミー)というインド人が関わったことも突き止める。英国在住のインド系ジャーナリスト、モンスーン(スシュマー・レッディー)は、インド系の敏腕弁護士クリシュ(アニル・カプール)に2人の弁護を依頼する。 クリシュは、自分の顔が表紙に掲載された雑誌をピーピーとシムの前に置き、全てを正直に話すように言う。ピーピーはゆっくりと起こったことを話し始める。ピーピーの語るところによれば―――ロッカー、トビー、デーヴァー、ピーピー、シムはバンドを組んでいたが、なかなか売れなかった。ある夜、ある企業の社長から音楽の制作を頼まれたが、ロッカーはそれを断り、一人バーへ酒を飲みに行ってしまう。だが他の四人はその夜にセッションをして素晴らしい曲を思いつく。だが、ハプニングによりその曲を忘れてしまう。次の日、地下鉄に乗っていた四人の耳に、昨夜作った名曲のメロディーを奏でる口笛が聞こえてきた。四人はその口笛を吹く男を追いかけて墓地まで行くが、そこでトビーとデーヴァーは射殺されてしまう――だが、クリシュはすぐにこの話が嘘であることを見抜く。 今度はピーピーは、ローシャンという名前を出す。彼の語るところによると――ローシャンはシムの知り合いで、麻薬貿易を生業としていた。シムに惚れ込んでいたロッカーは、ローシャンの下で麻薬密売を始める。だが、あるとき大金の入ったバッグをなくしてしまい、ロッカーは絶体絶命のピンチに陥る。だが、組織のボスはロッカーとその友人たちにチャンスを与え、敵対マフィアから極秘情報の入ったバッグを奪うよう命令を与える。ロッカーらはそれを実行するが、マフィアとグルになった警察のおかげで妨害され、失敗する――しかし、この話も嘘だった。 嘘がばれるたびにピーピーは、ムルタザー・アルザーイー、ラショモン、チョコレート作戦など、次々と新たな単語を出し、クリシュを混乱させる。ピーピーは現金輸送車強盗をしたことを認めるが、それもムルタザー・アルザーイーによる命令だったと語る。最終的にクリシュはピーピーを信用し、裁判でも彼らの無罪を勝ち取ることに成功する。ピーピーとシムは自由の身となり、去って行く。勝利の余韻に浸っていたクリシュは、ふと自分の顔が載った雑誌を見る。すると、その表紙には今までピーピーが口に出してきた言葉、ローシャン、ムルタザー、アルザーイー、ラショモン、チョコレートなどが載っていた。ピーピーは、その雑誌の表紙を見て全ての嘘をでっちあげていたのだった。ロッカー、トビー、デーヴァーが死んだという話も嘘だったし、現金輸送車強盗なども彼らが自分で仕組んだことだった。しかし、クリシュがそれに気付いたときには、5人は既にボートに乗って逃亡した後だった。
明らかに「ユージュアル・サスペクツ」(1995年)を下地にした映画だが、俳優たちの演技が存分に引き出された妙作だった。物語が二転三転するため、筋を追っていくのは非常に難しいが、最後の大どんでん返しは、それまでが理解できなくても納得できるだろう。
この映画の一番の見所は、アニル・カプールとイルファーン・カーンの絶妙なる演技である。特にイルファーン・カーンは絶賛ものだ。あのギョロ目、あのふてぶてしい眉毛、そしてあの厚ぼったい唇、まさに俳優になるために生まれてきたかのような濃い顔であり、それがすっとぼけたようなおとぼけた表情をするところが憎すぎる。今までの彼の最高傑作は「Maqbool」(2003年)だが、この「Chocolate」もその傑作リストの末尾に加えられるだろう。
その他の俳優陣もよい演技をしていた。タヌシュリー・ダッターはデビュー作「Aashiq Banaya Aapne」(2005年)よりもさらに印象的な演技をしていた。スニール・シェッティー、アルシャド・ワールスィーも渋かった。ただ、いつもは偉そうなイムラーン・ハーシュミーは、本作品では「主役になりたそうな脇役」に留まっていてくやしそうだった。モンスーン役を演じたスシュマー・レッディーはこれがデビュー作だが、冒頭以外は陰が薄く、衝撃のデビューというわけにはいかなかったようだ。
題名にもなっている「チョコレート」だが、はっきり言ってそれほど重要な言葉ではなかった。一応、「アンダーワールドでは、密輸した兵器や麻薬は『チョコレート』と呼ばれる」と説明されていたが、非常に弱かった。それよりも、「ムルタザー・アルザーイー」という語の方が映画中で何度も何度も繰り返され、観客の興味を誘った。どうせなら題名は「ムルタザー・アルザーイー」にすべきだったのではなかろうか?
五人が力を合わせて現金輸送車から金を奪うシーンは、なかなか緊迫感があってよかった。しかし、「いくらなんでもトンネルが長すぎ」と「スニール・シェッティーの運動神経がすごすぎ」という突っ込みだけはさせてもらう。これらの突っ込みは、映画を観ればすぐに理解できるだろう。
「Chocolate」でデビューしたヴィヴェーク・アグニホートリー監督は、この映画のことを「全くのオリジナル作品」と吹聴しているらしいが、嘘はいけない、嘘は。どうせなら、コッポラ監督の「ゴッドファーザー」のリメイクをしたラーム・ゴーパール・ヴァルマー監督のように、冒頭で「ユージュアル・サスペクツ」にオマージュを捧げるべきであった。その他にも「Chocolate」には、古今東西のいろいろな映画の真似が随所に見受けられ、監督のオリジナリティーのなさがばれてしまっていた。「お金は神様じゃないが、神様に勝るとも劣らない」というセリフが出てきたが、それはチャッティースガル州の州首相の有力候補と言われながら収賄事件で失脚したディリープ・スィン・ジューデーオ元環境森林省副大臣のセリフじゃないか・・・!ヒンディー語映画は遂に悪徳政治家のセリフまでパクり出したか・・・。
音楽は、「Dhoom」(2004年)で大ヒットを飛ばしたプリータム。いくつかいい曲があった。「Halka Halka Sa Yeh Nasha」がベストだろう。全体的にこの映画はエロチックな雰囲気が漂っていたが、特に「Jhuki Jhuki」のミュージカルはやらしすぎ。コレオグラファーは何を考えているのだろうか?
五人が、サッダーム・フサイン、オサマ・ビン・ラディーン、トニー・ブレア、ジョージ・ブッシュなどのお面をかぶって強盗をするシーンや、911事件の黒幕への言及(あたかも米国政府が911事件を故意に起こしたかのような含み)など、けっこうやばいシーンもいくつかあったと思う。全体的に暴走気味の映画だと言える。
「Dhoom」ではスズキの大型バイクGSX1300R Hayabusaが登場してインド人の若者のハートをワシづかみにしたが、「Chocolate」でもHayabusaが出てきた。本当にインド人はハヤブサが好きだ。ただ、この映画の中ではハヤブサはただのオブジェとなっており、走るシーンはなかった。他にホンダのCBRが出ていたと思う。
映画自体はなかなかどうして素晴らしい出来。最後のどんでん返しも面白い。「ユージュアル・サスペクツ」のリメイクということを知っていても楽しめる映画だろう。しかし、監督の不遜な態度と限界を越えたエロさに一抹の不安を感じた映画であった。