Darr

4.0
Darr
「Darr」

 1993年12月24日公開の「Darr(恐怖)」は、恋に狂ったストーカーに執拗に言い寄られる女性の恐怖を描いたサイコスリラー映画である。

 プロデューサーと監督はヤシュ・チョープラー。彼の息子アーディティヤ・チョープラーが助監督をしている。作曲はシヴ=ハリ、作詞はアーナンド・バクシー。

 メインキャストはサニー・デーオール、ジューヒー・チャーウラー、シャールク・カーンの3人。サニーは父親ダルメーンドラがプロデュースした「Betaab」(1983年)でデビューして人気を博し、その後もヒット作に恵まれて、1990年代初頭にはスターとして活躍していた。ジューヒーはアーミル・カーンと共演した「Qayamat Se Qayamat Tak」(1988年)を成功させ、やはり1990年代初頭にはトップ女優の仲間入りしていた。それに対してシャールクは「Deewana」(1992年)で映画デビューしたばかりでまだまだ駆け出しだった。当時の力関係を反映し、サニーがメインヒーローを務める一方、シャールクはアンチヒーローを演じた。ただし、この映画の成功によってシャールクは一躍注目され、「3カーン」の一角を担うようになる。

 他には、アヌパム・ケール、タンヴィー・アーズミー、ダリープ・ターヒル、アンヌー・カプールなどが出演している。

 2025年12月4日に鑑賞し、このレビューを書いている。

 シムラーの大学に通う女子大生キラン・アワスティー(ジューヒー・チャーウラー)はインド海軍所属の軍人スニール・マロートラー(サニー・デーオール)と付き合っていた。キランの両親は既に亡くなっていたが、彼女の兄ヴィジャイ(アヌパム・ケール)とその妻プーナム(タンヴィー・アーズミー)が親代わりになっていた。キランは大学生活を終え、兄夫婦の住むボンベイに帰郷する。

 大臣の娘がテロリストに誘拐され、スニールは救出作戦を指揮し成功させる。その功績により彼は上司アヴィナーシュ・メヘラー大佐(ダリープ・ターヒル)から1ヶ月間の休暇をもらい、キランに会いにボンベイにやって来る。

 最近、キランには悩みがあった。見知らぬ男性からストーキングをされていたのである。当初、スニールは真剣に取り合わなかったが、自動車のブレーキを細工されたり街中で銃撃されたりするなど命を狙われるようになり、ストーカーの存在を確認する。だが、それが誰なのかは分からなかった。

 スニールはメヘラー大佐の息子ラーフル(シャールク・カーン)を紹介される。実はラーフルがキランのストーカーだった。キランと同じ大学に通っていたラーフルは、キランに片思いしていたが、勇気がなくて話しかけることもできなかったのである。だが、ラーフルの秘めた想いはメヘラー大佐も知らなかった。スニールとキランは結婚を決め、新居も見定めるが、そんな二人に対してラーフルによる嫌がらせは日に日にエスカレートしていった。一時は、自分のせいでスニールの命が危険にさらされていると感じ、キランはスニールの元を去ろうとするが、スニールは彼女を引き留め、その場で彼女と結婚する。

 スニールとキランはハネムーンへ出掛ける。二人はゴアへ行くと見せかけてスイスに来ていた。てっきりゴアに行っていると勘違いしたラーフルはゴア中のホテルを巡ってキランを探し出そうとするが見つからなかった。ボンベイに戻ったラーフルはヴィジャイと仲良くなり、彼からスニールとキランがスイスへ行っていることを聞き出す。

 スニールとキランはスイスでハネムーンを満喫していた。そこへラーフルが突然現れる。何も知らないスニールは彼を歓迎する。また、ボンベイからは、ストーカーが自殺したとのニュースが入った。実はラーフルが大学時代の友人ヴィクラム(アンヌー・カプール)を自殺に見せかけて殺し、彼を犯人に仕立て上げたのだったが、そのニュースを聞いてスニールとキランは大喜びする。だが、スニールはヴィジャイからの電話によってラーフルを怪しむようになり、彼を罠にはめる。だが、油断したところをラーフルにナイフで刺され倒れてしまう。

 キランはボートの上でスニールが来るのを待っていた。だが、そこへやって来たのはラーフルだった。ラーフルは、スニールは既に死んだと伝え、自分と結婚するように強要する。ところがスニールは生きており、キラン救出にやって来る。そしてラーフルを殺す。スニールとキランは無事にボンベイに戻り、ヴィジャイとプーナムに迎えられる。

 内向的な男性ラーフルが片思いをこじらせてストーカーになり、キランに付きまとうと同時に、彼女の許嫁、そして後に夫のスニールを殺そうとする。ロマンス映画に分類することもできるかもしれないが、むしろ愛の極端な側面、醜悪な側面を前面に出したスリラー映画である。

 スニール役を演じたサニー・デーオールにも出番は用意されていた。冒頭、大臣の娘を誘拐した娘をほぼ単独で救出し、テロリストを一網打尽にする場面はアクション映画的であるし、終盤でも腕っ節の強さを見せる場面はあった。最後に生き残り、ヒロインを抱き寄せるのも彼だ。インド映画の形式上、彼がメインヒーローであることは間違いない。

 だが、「Darr」の中心はラーフル役を演じたシャールク・カーンに他ならない。彼のやっていることは決して共感できないのだが、恋に狂った末の凶行ということもあって、狂愛好き、悲恋好きのインド人観客の琴線に触れるキャラである。そして何よりシャールクの演技が強烈だ。「キラン」という名前を口にするとき、緊張からなのか、「kkkk…キラン」とどもってしまうのだが、それがラーフルにサイコキラーとしての不気味さと、恋に狂った者としての哀愁を同時に加えることに成功していた。

 もちろん、キラン役を演じたジューヒー・チャーウラーにも勢いが感じられる。インド映画のヒロインにありがちな添え物ではなく、れっきとした物語の中心人物であるし、戦いはしないものの、雨に濡れながら踊ったり水着になって泳いだり、全身で魅力を振りまいている。大きな目をクリクリ動かして表現する様子もチャーミングだ。彼女の魅力があったからこそ、ラーフルの狂おしい片思いに説得力が出る。

 ヤシュ・チョープラー監督作のトレードマークといってもいいが、音楽の使い方がとてもうまい。ラーフルの恋心を象徴する「Jaadu Teri Nazar」は、ヒンディー語映画を代表する恋愛歌でありながら、文脈が分かると彼の病的な精神も読み取れるようになり、非常に深い曲だ。劇中で何度もリフレインされ、その効果が増幅されていた。他にも気分転換になるような曲が合間に効果的に差し挟まれ、映画体験を上質なものにしていた。

 基本的にはボンベイが舞台の映画であるが、シムラー、ゴア、スイスと、風光明媚な土地への場面転換が繰り返され、目が飽きない。特にスイスの雪山や緑の草原の光景はインド人の心に憧れを植え付けるのに十分な力を持っている。

 ただ、「トップガン」(1986年)のBGMが何度か使われていたのはまずい。権利関係の意識が低かった時代の徒花だ。

 「Darr」は、正統派のロマンス映画ではなくストーカーの偏愛と付きまとわれることになった女性の恐怖を描いたスリラー映画である。まだ駆け出しの時代のシャールク・カーンがストーカーを個性的に演じているのが注目される。大ヒットし、後世に語り継がれる作品になった。シャールクのキャリア上でも出世作に位置づけられる作品として重要である。必見の映画だ。