Mr. India

3.5
Mr. India
「Mr. India」

 1987年5月25日公開の「Mr. India」は、しばしば「インド初のSF映画」もしくは「インド初のスーパーヒーロー映画」と呼ばれ、その後の映画にも多大な影響を与えた、カルト的な人気を誇る作品だ。いわゆる透明人間モノの映画だが、それ以外にも様々な視点で語ることができる。

 監督はシェーカル・カプール。後にハリウッドで「エリザベス」(1998年)などを撮ることになる、インドを代表する監督の一人だが、このときはまだ2作目だった。カプール監督はこの「Mr. India」の成功により、「インドのスティーブン・スピルバーグ」と呼ばれるようになった。

 脚本はサリーム=ジャーヴェードである。彼らは撮影時、既にコンビを解消していたが、まだ一緒に仕事をしていたときに書いた脚本にもとづいて作られた。ジャーヴェード・アクタルが作詞も担当している。音楽はラクシュミーカーント=ピャーレーラールである。

 プロデューサーはスリンダル・カプールとボニー・カプール。主演はスリンダルの息子にしてボニーの弟アニル・カプール。ヒロインはシュリーデーヴィー。アニルもシュリーデーヴィーも既にこのとき人気だったが、「Mr. India」が大ヒットしたことで二人のスターとしての地位は確固たるものになった。また、後にボニーとシュリーデーヴィーは結婚する。

 他に、アムリーシュ・プリー、アンヌー・カプール、アジト・ヴァチャーニー、アンジャン・シュリーヴァースタヴ、サティーシュ・カウシク、シャラト・サクセーナーなどが出演している。また、若き日のアーフターブ・シヴダーサーニーが子役で出演している。

 振付はサロージ・カーン。アクションはアジャイ・デーヴガンの父ヴィールー・デーヴガンが担当している。

 2024年9月11日に鑑賞し、このレビューを書いている。

 モガンボ(アムリーシュ・プリー)は、部下のテージャー(アジト・ヴァチャーニー)とダーガー(シャラト・サクセーナー)を使ってインドを征服しようと企んでいた。ボンベイに武器密売の拠点を作ろうと考え、その候補地として挙がったのが、アルン・ヴァルマー(アニル・カプール)が孤児の子供たちと住む賃貸物件だった。

 アルンは、著名な科学者ジャグディーシュ・ヴァルマーの息子だった。ジャグディーシュは透明人間になれるブレスレットを開発したが、悪用されることを恐れ、その製造方法と共に封印してしまっていた。ジャグディーシュは殺され、アルンは孤児として育った。よって、彼は孤児を見ると放っておけず、連れてきてしまうのだった。

 アルンはヴァイオリン教師をして生計を立てていたが、それだけでは多くの子供たちの食費や家賃を払うことができなかった。そこでアルンは2階の部屋を貸し出すことにし、ジャーナリストのスィーマー・ソーニー(シュリーデーヴィー)を招き入れる。子供嫌いのスィーマーは当初アルンの子供たちと犬猿の仲だったが、すぐに打ち解け、子供たちの強い味方となる。

 テージャーとダーガーはアルンの家を訪れ、出て行くことを迫った。アルンは、ジャグディーシュの友人スィナーから透明人間になれるブレスレットのことを聞き、父親の遺影の中に隠されていたそのアイテムを入手する。一方、スィーマーはアルンと子供たちの危機を救うために単身テージャーとダーガーのアジトに忍び込むが見つかり、捕まってしまう。透明人間になったアルンはスィーマーを救出し、驚く悪党たちの前で「Mr.インディア」を名乗る。

 ボンベイは、突然現れた正義のヒーローMr.インディアの話題で持ちきりとなる。スィーマーはMr.インディアに恋するが、アルンは彼女の前では正体を明かさなかった。

 Mr.インディアによって数々の計画を妨害されたモガンボは憤怒し、ボンベイ中に大量の爆弾を仕掛けて爆発させる。その爆発に巻き込まれ、アルンが可愛がっていたティナが死んでしまう。モガンボは、アルン、スィーマー、コックのカレンダー(サティーシュ・カウシク)、そして子供たちを捕らえ、基地まで連行して、Mr.インディアの正体を聞きだそうとする。子供たちが殺されそうになったため、アルンは自分がMr.インディアだと申し出るが、ブレスレットをなくしてしまったため、透明人間になれず、信じてもらえなかった。アルンたちは牢屋に閉じ込められる。

 アルンは機転を利かせて牢屋から逃げ出し、ブレスレットも見つける。透明人間になったアルンはモガンボたちを翻弄する。破れかぶれになったモガンボはインドに向けてミサイルを発射しようとするが、アルンはそれを止める。そのことによってミサイルが暴発しそうになったため、アルンたちは爆発前にモガンボの基地から脱出する。

 1980年代に作られた映画を現代の視点から評価するのはフェアではないかもしれないが、どうしても目立つのは美術の稚拙さである。特に悪役モガンボの秘密基地は文化祭の出し物レベルであり、チープさが目立った。容易にB級映画のレッテルを貼られてしまうだろう。

 だが、この映画は元々子供向け映画として作られたようだ。多くの子役俳優がキャスティングされていることからもそれが分かる。子供向け映画に「子供だまし」という言葉を使うのは適切ではないかもしれないが、透明人間になれる夢のブレスレットを巡る「Mr. India」は、どんなに作りがチープであっても、十分に子供心を高揚させる力のある映画だ。

 世界征服を狙うモガンボに、何の変哲もない一般市民アルンが、科学者だった父親から譲り受けた透明人間になれるブレスレットを駆使して立ち向かう。だが、アルンは何も世界やインドを救うために立ち上がったスーパーヒーローではない。彼は、育ててきた孤児たちの生活を守るためにたまたまモガンボと対立することになっただけであり、彼の戦いはあくまで私的なものだった。しかも、最後に彼はモガンボと一騎打ちするが、ブレスレットは使わず、「一介のインド人」として、彼と戦う。そういう意味では、スーパーヒーロー映画の典型とはいえない。

 アルンが可愛がっていたティナが爆死してしまうなど、子供向け映画にしては悲痛な場面もある。だが、全体的にはコメディータッチで底抜けに明るく、ゲラゲラ笑いながら観られるタイプの映画である。それに大きく貢献していたのが、アニル・カプールとシュリーデーヴィーのコミカルな演技だった。

 特にシュリーデーヴィーは、ハワイアンダンサーに扮して敵のアジトに忍び込んだり、チャーリー・チャップリンの仮装をしてカジノに入り込んだり、さらにはムチを振りかざして敵を蹴散らしたりと、縦横無尽の活躍をする。童顔にグラマラスなボディーというギャップが当時のインド人男性の心を掴んでいたとされるが、その上にこのような千変万化の演技をされては、ファンにならざるをえないだろう。どの表情もキュートだった。

 アムリーシュ・プリーが演じたモガンボは、ヒンディー語映画史に残る名悪役として知られている。恐ろしい独裁者でありながら、ひとつひとつの表情や仕草がなんともおかしく、恐怖と笑いをうまく同居させていた。彼が何度も発する「मोगंबो ख़ुश हुआモガンボ クシュ フワー(モガンボは嬉しい)」は永遠に歴史に刻まれることになるだろう。

 音楽も大ヒットした映画である。シュリーデーヴィーがハワイアンダンサーに扮して踊る「Hawa Hawai」は、彼女の代名詞にまでなった。Mr.インディアへの恋心を抑えきれないスィーマーが雨に濡れながら踊る「Kate Nahin Kat Te」も名シーンだ。

 「Mr. India」は、1987年で興行収入2位の大ヒットとなり、カルト的人気を博すことになったが、それ以外にも多くの金字塔を打ち立てたエポックメイキングな作品だ。SF映画やスーパーヒーロー映画の先駆けであり、アニル・カプールとシュリーデーヴィーをスターとして確立し、シェーカル・カプール監督の躍進のきっかけとなった作品でもあり、また、サリーム=ジャーヴェードの最後の脚本という意味で、ひとつの時代の終わりを告げる作品でもあった。今観ると古さは否めないが、この映画に胸を躍らせた子供たちが当時たくさんいたことは想像に難くない。いつまでも語り継いでいって欲しい映画である。