現在のところ、ヒンディー語映画界には、警察官を主人公にしたアクション映画シリーズが2系統存在する。ひとつはサルマーン・カーン主演の「Dabangg」シリーズである。「Dabangg」(2010年)、「Dabangg 2」(2012年)、「Dabangg 3」(2019年)と、今まで3作が作られて来た。それに少し遅れて始まったのが、ローヒト・シェッティー監督のシリーズである。第1作「Singham」(2011年)、第2作「Singham Returns」(2014年)まではアジャイ・デーヴガン主演バージーラーオ・スィンガムを主人公とし、第3作「Simmba」(2018年)ではランヴィール・スィン主演スィンバー・バーレーラーオが主人公となった。「Simmba」にはスィンガムもゲスト出演し、拍手喝采を浴びた。そして、「Simmba」のエンディングで明確に示唆されたように、第4作「Sooryavanshi」の製作が発表された。今度の主演はアクシャイ・クマールであり、主人公の名前はヴィール・スーリヤヴァンシーとなる。
「Singham」から始まったローヒト・シェッティー監督の警官シリーズは大ヒットとなっており、「Sooryavanshi」への期待度は非常に高かった。一旦、2020年3月には公開の準備が整ったが、新型コロナウイルス感染拡大により、公開延期となった。大予算型の期待作であり、シェッティー監督はOTT(配信スルー)での公開を潔しとしなかった。インドはその後も何度か深刻なコロナ禍に見舞われ、その都度「Sooryavanshi」の公開延期が繰り返されたが、2021年後半にはだいぶ落ち着き、映画館での上映に対する制限も緩和された。そして、ディーワーリー祭のタイミングと重なる2021年11月5日に満を持して劇場公開された。
最近はSpaceboxが日本においてインド映画新作の日印同時公開を実現しており、「Sooryavanshi」も関東を中心に限定的に公開されることとなった。11月6日にイオンシネマ市川妙典でインド人観客と共にこの最新作「Sooryavanshi」を鑑賞する機会に恵まれた。
監督は引き続きローヒト・シェッティー。主演はアクシャイ・クマール。当然、アジャイ・デーヴガンとランヴィール・スィンの出演もある他、カトリーナ・カイフ、ジャーヴェード・ジャーファリー、グルシャン・グローヴァー、アビマンニュ・スィン、ジャッキー・シュロフ、スィカンダル・ケール、ニハーリカー・ラーイザーダー、ニキティン・ディール、ヴィヴァーン・バテーナー、クムド・ミシュラーなどが出演している。
1993年にボンベイ連続爆破テロを起こしたビラール・アハマド(クムド・ミシュラー)は国外逃亡した。当時ボンベイ警察を率いていたカビール・シュロフ(ジャーヴェード・ジャーファリー)は実行犯を2日以内に逮捕したが、首謀者を取り逃がしたこと、また、インドに運び込まれた1トンのRDXの内、まだ600kgがどこかに隠されていることを懸念していた。ビラールはパーキスターンに逃れ、テロ組織ラシュカルの首領オマル・ハフィーズ(ジャッキー・シュロフ)に匿われた。オマルはその後もインドで多くのテロを実行した。また、オマルの息子リヤーズ(アビマンニュ・スィン)は40人のテロリストと共にインドに潜入し、スリーパーセールとしてテロの機会を待ち続けた。 ボンベイ連続爆破テロで両親を失ったヴィール・スーリヤヴァンシー(アクシャイ・クマール)は警察官となり、警視として対テロ部隊(ATS)を率いていた。ヴィールはジャイサルメールでレストラン経営者に扮して潜伏していたリヤーズを見つけ出し、逮捕する。だが、オマルはビラールともう一人の息子ラザーをインドに送り込む。ビラールは、27年間隠していたRDXをテロ組織に渡すが、自身はヴィールに捕まりそうになり、自殺する。しかしながら、そのRDXを使って刑務所の壁が爆破され、リヤーズは逃亡に成功する。 リヤーズ、ラザー、そして潜伏していたテロリスト、ムクタル・アンサーリー(ニキティン・ディール)はスリーパーセルを始動し、大量のRDXを使って、2008年のムンバイー同時多発テロを上回るテロ攻撃をムンバイーに仕掛けようとする。ヴィールは、ビラールのインド入国を助けたジョン(スィカンダル・ケール)や、オマルと内通する宗教指導者カーダル・ウスマーニー(グルシャン・グローヴァー)への尋問から情報を入手し、カビールやスィンバー(ランヴィール・スィン)などの助けを借りてそのテロ攻撃を無力化する。だが、リヤーズはヴィールの妻リヤー(カトリーナ・カイフ)に爆弾を巻きつけてATS本部に突撃して来る。そこへスィンガムが助っ人参上し、死闘の末に、リヤーズ、ラザー、ムクタルなどを倒して、ムンバイーに平和を取り戻す。
ローヒト・シェッティー監督作と言うと、ド派手なアクションとナンセンスな笑いがトレードマークだが、「Sooryavanshi」の特に前半は、今までの彼の作風を覆すような落ち着いた展開であった。十八番のアクションシーンは少ないし、笑いも爆笑というよりはウィットに富んだクスッとした笑いになっていた。そしてそれは、シェッティー監督の成熟として、好意的に受け止めることができた。
前半、抑えるだけ抑えただけあり、後半にはシェッティー印のド派手なアクションが帰って来る。バンコクでのカーチェイス、ムンバイー各所に仕掛けられた自動車爆弾の爆発、そしてATS本部で繰り広げられる銃撃戦など、アドレナリン全開の展開となる。そしてお約束通り、ランヴィール・スィン演じるスィンバーとアジャイ・デーヴガン演じるスィンガムの登場もあり、会場は大いに盛り上がった。やっぱり映画館で映画を観るのはいいものだと心底思わせてくれる作品に仕上がっており、絶好のタイミングでの公開となったと言える。
先駆者として「Dabangg」シリーズの「正義の悪徳警官」チュルブル・パーンデーイがいたため、それに対抗する形で登場したバージーラーオ・スィンガムは、実直で豪腕な警官として設定された。また、チュルブルがウッタル・プラデーシュ州警察だったのに対し、スィンガムはマハーラーシュトラ州警察およびムンバイー警察に所属していた。その次に登場したスィンバー・バーレーラーオは、チュルブルを数倍上回るおちゃらけた警官であった。では、ヴィール・スーリヤヴァンシーはどのような警官となるか、注目されていた。年齢的にも一番上となる。
階級としては、第2作のスィンガムと同じ警視(DCP)である。「Simmba」のエンディングから察する限りでは、思慮深い司令官向けの人物かと思われたが、実際に「Sooryavanshi」で描かれたスーリヤヴァンシーは、自ら率先して敵に立ち向かうプレイングマネージャー型の警察官であった。また、他人の名前を覚えられないという、少し抜けたところもあった。しかしながら、スィンガムやスィンバーほどキャラクターが立っておらず、「いつものアクシャイ・クマール」という印象が強かった。
ヒロインに目を転じると、「Singham」ではカージャル・アガルワール、「Singham Returns」ではカリーナー・カプール、「Simmba」ではサーラー・アリー・カーンと変遷して来たが、「Sooryavanshi」ではカトリーナ・カイフとなった。だが、基本的にこのシリーズは男優中心のアクション映画であり、「Sooryavanshi」でもカトリーナの出番は限定的だった。正直なところ、カトリーナほどのスター女優がよくこれだけの添え物的役柄に出演を承諾したなと感じたほどだ。ただ、アクシャイ・クマールとカトリーナ・カイフはかつてベストスクリーンカップルとされており、共演作も、「Humko Deewana Kar Gaye」(2006年)、「Namastey London」(2007年)、「Welcome」(2007年)、「Singh Is Kinng」(2008年)、「De Dana Dan」(2009年)、「Tees Maar Khan」(2010年)などあって、大ヒット作も多い。アクシャイ・クマールのラッキーマスコットとしての役割を期待されたのかもしれないし、逆に、最近ヒット率が落ちているカトリーナにとっての起死回生策としての出演許諾だったのかもしれない。
基本的には深い思考をせずに楽しめる娯楽映画だが、シェッティー監督はその中に有意義なメッセージを込める努力を怠っていなかった。最近のヒンディー語映画では、パーキスターンを明確な敵として描写する作品が増えており、「Sooryavanshi」もそのひとつと言える。だが、パーキスターンが敵だとしても、インド国内にいるイスラーム教徒は敵ではないというメッセージが映画の中で何度も発信されていた。そして、一般のインド人イスラーム教徒は、インド国民としてインドの国益のために貢献している姿が描かれていた。それを端的に象徴するのが、終盤、爆発の被害から守るため、寺院に安置されていたガネーシュ像を運び出すのに、イスラーム教徒たちが手助けするシーンである。また、ヴィールがパーキスターンのテロリストと内通していた宗教指導者ウスマーニーを逮捕するとき、周辺地域のイスラーム教徒住民たちが憤って警察を取り囲むが、ヴィールは「犯罪に宗教はない」と豪語し、人々の共感を得る。これらのシーンから、インド国内のイスラーム教徒への偏見を取り除く努力が払われていた。
また、パーキスターンを拠点とするテロ組織に向けたメッセージもあった。テロを支援することで、クリケットでも映画でもパーキスターンは得をしていないと主張され、いつかパーキスターン国民がテロリストたちに対して蜂起するだろうとの予言もあった。現在、印パ関係は非常に冷え込んでおり、かつて盛んだったクリケット界や映画界での人材交流も停止してしまっている。この映画がパーキスターンで上映許可されることはないだろうが、パーキスターン人も好んでヒンディー語映画を観ており、そのメッセージはパーキスターンにも容易に届くのではないかと思われる。どのような反応が返って来るだろうか。
スターパワーはこれ以上ないほどで、シェッティー監督の成熟したストーリーテーリングにも唸らされたし、非常に高い満足度の映画だった。そんな中で敢えて、1点だけ足りなかったものを挙げるとしたら、それはヴィールとリヤーの関係を完結させられていなかったことだ。リヤーは、ヴィールが常に仕事優先で、息子アーリヤンの命を危険にさらしたことに怒っており、息子を連れてオーストラリアに移住するつもりでいた。しかし、一連の事件の中で彼女はオーストラリア行きを止める。クライマックスではリヤーが人質となるが、ヴィール、スィンバー、スィンガムの活躍により救出される。だが、テロリストたちとの戦いが一件落着となったことで映画は結末を迎えており、リヤーとの関係が最終的にどう着地したのかが改めて語られることはなかった。エンドロールでの簡易的なエピローグでも良かったから、ヴィール、リヤー、そしてアーリヤンが仲良く暮らす様子を映し出して欲しかったものだ。
「Sooryavanshi」に登場した大半の悪役は成敗されたが、一人、パーキスターン領カシュミールでビラールやリヤーズを操っていたテロ組織のボス、オマル・ハフィーズは残った。エンディングでスィンガムがオマルに対し挑戦状を叩き付けており、またも続編を示唆しての幕切れとなった。早速、「Singham 3」の製作が発表されている。
「Sooryavanshi」は、ヒンディー語映画界で最も勢いのある監督、ローヒト・シェッティーの最新作であり、主演アクシャイ・クマールを筆頭に、今までシリーズで主人公を務めて来たアジャイ・デーヴガン、ランヴィール・スィンもゲスト出演して、とても賑やかな映画になっている。シェッティー監督らしからぬ抑えた作りの前半があったからこそ、後半のド派手なアクションシーンが生きて来ており、彼の監督としての成熟を強く感じさせられた。パーキスターンのテロリストを敵役としながらも、国内のイスラーム教徒に対する手を差し伸べており、インドの旗の下にインド国民が宗教の別なく手を携え合う姿を理想として高らかに宣言する映画でもあった。タミル語映画やテルグ語映画の派手な演出に対抗できるヒンディー語映画界の人材はシェッティー監督ぐらいしかいないが、思いがけず彼が一段上の監督に成長したことで、ヒンディー語映画界が目指すべき娯楽映画の方向性が示されたと言っていい。非常に重要な作品である。