英領時代の1919年4月13日、アムリトサルの象徴ゴールデン・テンプル近くにある公園ジャリヤーンワーラー・バーグに集まった群衆に対し、英国軍が発砲するという事件が発生した。俗に言うアムリトサル虐殺事件もしくはジャリヤーンワーラー・バーグ虐殺事件である。この発砲により、女性や子供を含む数百人の人々が殺され、インド独立運動史の大きな転機となった。現場で発砲を命じたのはレジナルド・ダイヤー准将、当時のパンジャーブ州の副知事はマイケル・オドワイヤーであった。ダイヤーとオドワイヤーがアムリトサルで行った行為について、英国でも賛否の声があった。だが、ダイヤーは軍を退役したものの、罰は受けず、支持層からの莫大な援助もあって、1927年に死去するまで生活には困らなかった。オドワイヤーもジャリヤーンワーラー・バーグ虐殺事件後に副総督の職を辞し、英国に戻っていた。だが、1940年3月13日、インド人革命家ウダム・スィンにより暗殺される。逮捕されたウダムは死刑判決を受け、1940年7月31日に絞首刑となる。
2021年10月16日からAmazon Prime Videoで配信開始された「Sardar Udham」は、オドワイヤーを暗殺したウダム・スィンの伝記映画である。監督は「Vicky Donor」(2012年)や「Madras Cafe」(2013年)のシュージト・サルカール。ライトコメディーから重厚なドラマまで幅広い作品を撮って来ているが、今回は初めて伝記映画に挑戦している。主人公ウダム・スィンを演じるのは、「Uri: The Surgical Strike」(2019年)での演技が絶賛されたヴィッキー・カウシャル。その恋人レーシュマーを演じるのは「October」(2018年)でデビューしたバニター・サンドゥである。
その他の重要なキャストには英国人俳優が多く、ショーン・スコット、ステファン・ホーガン、アンドリュー・ハヴィルなどが出演している。また、「Dolly Kitty Aur Woh Chamakte Sitare」(2020年)に出演していたアモール・パーラーシャルが有名な革命家バガト・スィン役で特別出演している。
3時間近くある映画だが、物語はほぼ、インドから逃亡したウダム・スィンがソビエト連邦を経由して1933年に英国に入り、しばらく潜伏した後、1940年にオドワイヤーを暗殺するところから始まる。逮捕されたウダムはほとんど口を開かないが、所々にカットバックで過去のシーンがランダムで入り、ウダムがオドワイヤー暗殺に至るまでの過程が描かれる。
ただ、ウダム・スィンがジャリヤーンワーラー・バーグ虐殺事件にどう関わったのかは簡単には明かされない。当時彼は19歳で、アムリトサルの工場で働いていたことだけは分かる。
虐殺事件後、彼はヒンドゥスターン社会主義共和国協会(HSRA)に入り、バガト・スィンとも親交を結ぶ。だが、バガト・スィンが1929年4月8日にデリーの中央立法集会において爆弾を爆発させたことをきっかけに、HSRAのメンバーだったウダムも逮捕される。釈放されたウダムは、インド国内での革命を諦めてインドから脱出し、英国に到着する。現地のインド人コミュニティーから全面的な支援が受けられなかったウダムは、アイルランドの独立を目指すアイルランド共和軍(IRA)やソビエト連邦の共和党などと連携を取りながら、徐々に反撃の準備を整えて行く。
驚きなのは、ウダムが一時オドワイヤーの家で下働きをしていたことである。だが、オドワイヤーはジャリヤーンワーラー・バーグ虐殺事件について全く反省をしていなかった。ウダムは密かにオドワイヤーを殺すこともできたのだが、それでは単なる殺人になってしまう。彼は革命を求めていた。そこで彼は公衆の面前でオドワイヤーを暗殺したのである。
また、カットバックの中で時々、ウダムと恋仲にあった、唖の女性レーシュマーとの甘いやり取りも差し挟まれる。
大体、最初の2時間ほどの時間を使って以上の経緯が語られる。時間軸が行ったり来たりするのだが、編集が巧みで、ストーリーを見失うことはない。ほとんど舞台はロンドンであり、1930年代のロンドンがかなり説得力のある形で再現されていた。そういうところにもシュージト・サルカール監督の細かさと実力が感じられた。
それだけでも名作の誉れを十分に受ける価値のある作品だったのだが、その2時間を自ら矮小化してしまうほど圧巻だったのは、残りの約1時間である。ジャリヤーンワーラー・バーグ虐殺事件の様子が、主にウダム・スィンの視点から語られる。ウダム自身は当時、あまり政治に興味がなく、ジャリヤーンワーラー・バーグで行われた政治集会にも参加しなかった。だが、恋人のレーシュマーが参加しており、虐殺があったことを知った彼はジャリヤーンワーラー・バーグへ走る。そして、大量の死体が折り重なる中、まだ生きている人を探して病院へ連れて行く。何度も何度も往復して怪我人を運搬するのだが、その様子が、恐ろしいほど沈黙を守ったカメラによって、執拗なくらいずっと追われる。
映画のメッセージは明確であった。事件から100年以上が経った今でも、英国は公式にジャリヤーンワーラー・バーグ虐殺事件についてインドに対して謝罪をしていない。オドワイヤーを暗殺したウダム・スィンについては、英国の法律と司法手続きに従って死刑となった。だが、ジャリヤーンワーラー・バーグで数百人の人々を虐殺した最終的な責任を負う英国政府は沈黙を守ったままである。それに対しての強烈な糾弾がこの映画の核心であった。
主演のヴィッキー・カウシャルは、既に「Uri」で高い評価を受けているが、再びこの「Udham Singh」でその実力を改めて証明し、新世代の信頼性ある俳優の地位を確固たるものとしたと言っていいだろう。「Udham Singh」において、他に目立った活躍をしたインド人俳優はおらず、彼の独壇場である。
「Udham Singh」は、ヒンディー語映画界において有能な監督の一人シュージト・サルカールが初めて挑戦した伝記映画であり、その質は国際的なレベルに照らし合わせてみても全く遜色ない出来である。政治的メッセージが強い映画なので、受け止められ方には幅が出てる可能性もあるが、少なくともインド人視点から見れば、琴線に触れる作品と言えるだろう。主演ヴィッキー・カウシャルの名演にも注目である。