377 Ab Normal

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377 Ab Normal
「377 Ab Normal」

 インドでは最近まで同性愛は犯罪だった。それを規定していたのがインド刑法(IPC)第377条だった。この条文は同性愛を「自然に反する行為」の一部として禁止しており、最高刑を終身刑としていた。だが、21世紀に入り、この条文を巡って法廷闘争が行われるようになった。この条文の廃止を求める人々は、インド憲法が認める基本的人権の中に性的指向が含まれているとし、この条文が違憲であると主張した。一旦は2009年にデリー高等裁判所がIPC377を違憲とし、同性愛は合法化されたが、2013年に最高裁判所によってその判決が覆され、再び同性愛は違法となった。しかしながら、LGBTQ活動家たちの熱心な活動が実を結び、2018年に最高裁判所がIPC377を違憲とし、これでインドにおける同性愛の扱いが確定した。

 このドラマティックな展開を映画化したのが、2019年3月19日からZee5で配信開始されたヒンディー語映画「377 Ab Normal」である。題名の「377」とはもちろんIPC377のことで、同性愛を意味する。また、「Ab Normal」には、英語の「abnormal」と、ヒンディー語で「今」を意味する「ab」と英語の「normal」が掛けてあり、総じて、「同性愛は異常」もしくは「同性愛は今は普通」の2つに取ることができる。

 監督はファールク・カビール。過去に「Allah Ke Banday」(2010年)という長編映画を撮っているが、あまり有名ではない。低予算映画のため、キャストにスターはいないが、ムマンマド・ズィーシャーン・アユーブ、タンヴィー・アーズミー、マーンヴィー・ガグルー、シャシャーンク・アローラー、クムド・ミシュラー、スィド・マッカルなど、普段は脇役を演じることの多い俳優が出演している。

 物語は2018年、最高裁判所にてIPC377を巡る裁判が始まるところから始まる。IPC377を違憲とする請願書を出した原告団の弁護士はムクル・ラストーギー、それに対し、IPC377を合憲として同性愛を違法のままにしておきたい意図を持つ弁護士ナーレーンドラ・カウシャル(クムド・ミシュラー)が被告側であるインドを弁護する。冒頭陳述の中でラストーギーはIPC377を巡る裁判の歴史を振り返り、その中で過去の回想シーンが出て来る。

 回想シーンでは、裁判の歴史に加えて、数人の同性愛者たちが1990年代から直面して来た悩み、偏見、差別などが具体的に描写される。ラクナウーで同性愛者救援の団体を主宰し逮捕・投獄された活動家アーリフ・ザファル(ムハンマド・ズィーシャーン・アユーブ)、クリケット選手として将来を嘱望されながら家族に同性愛者であることがばれ勘当された若者パッラヴ(シャシャーンク・アローラー)、同性愛者の心理に詳しい心理学者の母親(タンヴィー・アーズミー)にレズビアンであることを打ち明けたシャルマリー(マーンヴィー・ガグルー)などである。

 カウシャルは、IPC377の維持に注力して来た弁護士で、2009年にデリー高等裁判所によって一旦は違憲となったIPC377を、ヒンドゥー教イスラーム教、スィク教、キリスト教の宗教指導者を結束させてその判決に異議を唱え、ひっくり返した過去を持っていた。だが、2018年の判決で、5人の裁判官は満場一致でIPC377を違憲と判断し、同性愛者に自由を与えたのだった。

 「377 Ab Normal」の登場人物はほぼフィクションだが、2018年の最高裁判所判決につながる請願書を出したのは、異なる職業の6人であり、彼らの活躍が映画のプロットの骨子となっていることは間違いない。特に気になったのは、ムハンマド・ズィーシャーン・アユーブが演じたアーリフ・ザファルである。IPC377は、同性愛者を一律に潜在的な犯罪者とする時代遅れの法律だったが、半ば死文化しており、この法律によって裁かれた人はいないと聞いたことがある。だが、アーリフは、IPC377違反で初めて裁かれた人物として提示されていた。本当にアーリフのモデルになるような人物が実在したのかどうかは不明であるが、おそらくはフィクションであろう。

 複数の同性愛者たちの物語が、詳しい説明なく入れ替わり立ち替わりで挿入されて来る構成になっており、非常に混乱した。観客をなるべく混乱させないような、もっとうまい編集の仕方があったはずだ。実際のニュース映像が挿入されていた場面もあったが、その使い方もあまりうまくなかった。

 同性愛映画らしく、同性同士のキスシーンは盛りだくさんだった。「Dostana」(2008年)辺りでは、同性のキスシーンは騒がれたが、あれから10年も経つと、ゲイやレズのキスシーンも珍しくなくなった。これも大変な進歩だと言える。

 劇中では「Chhap Tilak」という曲が印象的な使われ方をしていた。この曲は、13-14世紀の詩人アミール・クスローが書いたとされる詩が元になっており、自分の師匠である聖者ニザームッディーン・アウリヤーとの出会いを感極まる筆致で描写している。ニザームッディーンにとってもクスローは愛弟子であった。確かにこの二人の関係は同性愛を喚起させるものである。

 「377 Ab Normal」は、悪名高かったインド刑法第377条の撤廃までの流れを、フィクションを織り交ぜつつザッと追った作品である。スターパワーはなく、編集も分かりにくいが、インドにおける同性愛関連の法的な動きを追う目的ならば、役に立つ映画だ。ヒンディー語映画界で意外に多く作られている同性愛映画の中でも、歴史教科書的な立ち位置に立つ作品と言える。