インド映画の最大の特徴は、物語の中に歌と踊りのシーンが差し込まれることである。劇中に挿入されるダンスシーンではバックダンサーを伴うことが多いのだが、画面の中心でメインダンサーとなって踊りを踊るのは、やはり主演の男優と女優であることがほとんどだ。
だが、インド映画業界では、ひとつのダンスシーンのみにしか登場しない俳優をわざわざ起用する行為も一般化している。起用されるのはダンスのうまい女優であることが多く、彼女たちは「アイテムガール」と呼ばれる。主演の男優や女優がダンスにほとんど絡まず、アイテムガールの踊りにカメラが集中することも少なくない。また、アイテムガールが登場して踊る曲や、そのダンスシーンのことを「アイテムソング」「アイテムナンバー」などと呼ぶ。
アイテムソングは、景気づけを目的に挿入されることがほとんどで、ダンスに最適なアップテンポの曲、言葉遊び重視のナンセンスな歌詞、そして主に男性観客を意識した妖艶なダンスになる傾向にある。映画のプロモーションにも存分に活用される。
踊りさえ踊れれば誰でもアイテムガールに起用される可能性はある。まだ駆け出しの若い女優のイントロダクションに使われることもあるし、トップスターをアイテムガールに起用して話題作りを行うこともある。アイテムガールが専門の女優も存在する。
「アイテムガール」や「アイテムソング」といった用語が定着したのは21世紀に入ってからだと思われるが、アイテムガール的な起用法は昔から存在した。元祖アイテムガールの一人とされているのが、サルマーン・カーンの継母にあたるヘレンである。伝説的な大ヒット映画「Sholay」(1975年)に「Mehbooba Mehbooba」というダンスシーンがあり、ヘレンがジプシー的な踊りを踊っている。ヘレンは他のシーンでは全く登場せず、このダンスシーンのみの出演である。典型的なアイテムガール出演である。
ちなみに、ヒンディー語では美女を俗語で「マール(माल)」と呼ぶ。「マール」とは「物」という意味であり、つまりは「アイテム」である。ここから「アイテムガール」「アイテムソング」という用語が生まれた。また、調べてみると、「マール」のこの用法は少なくとも100年前から存在するため、一時代限りの若者言葉ではないと断定できる。
現在、特に大予算型映画において、アイテムガールは欠かせない要素となっている。一定規模の娯楽映画には必ずアイテムガールが登場するといっても過言ではない。この傾向は、「Dil Se..」(1998年)の「Chaiyya Chaiyya」に起源を求めることもできるが、この曲で踊りを踊るマラーイカー・アローラーにはあまりカメラが密着しておらず、むしろ主演シャールク・カーン中心のダンスナンバーとなっている。よって、21世紀のアイテムソングとは若干異なる特徴を持っている。
21世紀のヒンディー語映画界においては、「Company」(2002年)のアイテムソング「Khallas」が重要だったと記憶している。今改めて見返してみると、アイテムガール出演した新人女優イーシャー・コッピカルはほとんど踊っていないのだが、セクシーさが強調され、当時はかなりセンセーショナルな取り上げられ方をした。イーシャーは「Khallas Girl」としてしばらくの間もてはやされた。
さらに、A級のトップ女優がアイテムガールとして自分の主演作ではない映画に登場するようになったきっかけは、「Shakti: The Power」(2002年)のアイテムソング「Ishq Kameena」にアイシュワリヤー・ラーイがアイテムガール出演したことだったと思われる。1990年代のスター女優カリシュマー・カプール主演の映画において、新世代のスター女優アイシュワリヤーが特別出演しダンスを披露するのは、当時大いなるサプライズとして受け止められていた。2002年はヒンディー語映画の外れ年だったのだが、その後の進化のきっかけとなった出来事がいくつかあった年だった。
以降、どのスター女優も、代表的なアイテムナンバーを持つようになった。カリーナー・カプール、プリヤンカー・チョープラー、カトリーナ・カイフ、ディーピカー・パードゥコーンなど、そうそうたる顔ぶれがアイテムガール出演を経験している。
時には、主演女優よりもアイテムガール出演した女優の方が世間の注目を集め、主演女優がヘソを曲げてしまうこともある。主演女優とアイテムガール女優のランクが似た位置にあると、こういうことが起こりやすいようだ。
アイテムガールは既に市民権を得ているが、ではアイテムボーイはどうだろうか。アイテムソングのみに登場する男優を起用することはあるのだろうか。アイテムガールに比べたら例は少ないが、存在はする。たとえば「Rakht」(2004年)ではアビシェーク・バッチャンがアイテムソング「Kya Maine Socha (One Love)」のみに出演し、踊りを披露した。最初期のアイテムボーイといえる。
「インドのマイケル・ジャクソン」の異名を持つコレオグラファー、監督、俳優のプラブデーヴァーは、自身の監督作や振付担当作でよくアイテムボーイ出演し、得意のダンスで観客を魅了する。「OMG: Oh My God!」(2012年)の「Go Go Govinda」や「R… Rajkumar」(2013年)の「Gandi Baat」などが代表例だ。ただ、元々コレオグラファーとして身を立てた人物で、自分で振り付けしたダンスナンバーに出しゃばって出演することがほとんどであるため、彼のアイテムボーイ出演は別枠で考えるべきかもしれない。