インドには伝統的に両性具有者のコミュニティーがある。「ヒジュラー」「キンナル」「チャッカー」などと呼ばれている。ただ、真の両性具有者は少数で、実際はトランスジェンダーのコミュニティーとなっている。彼ら/彼女らのインド社会における位置づけは複雑で、一方では異形の神として祀られ、一方では異端の者として蔑まれる。ヒジュラーは、中国の宦官のような役割も果たしており、中世の宮廷映画などではよく登場する。他にも時々ヒジュラーが出て来る映画はあるし、ヒジュラーが主人公の映画も若干数存在する。
2020年11月9日からDisney+ Hotstarで配信開始された「Laxmii」は、ヒジュラーが重要な役割を果たすホラー映画である。監督はラーガヴァ・ローレンス。南インド映画界で活躍して来た監督で、ヒンディー語映画を作るのはこれが初めてだ。「Laxmii」は、自身の監督したタミル語映画「Kanchana」のリメイクである。また、プロデューサー陣にはトゥシャール・カプールが名を連ねている。
主演はアクシャイ・クマールとキヤーラー・アードヴァーニー。他に、シャラド・ケールカル、ラージェーシュ・シャルマー、アーイシャー・ラザー・ミシュラー、マヌ・リシ・チャッダー、アシュウィニー・カルセーカル、タルン・アローラーなどが出演している。
アースィフ(アクシャイ・クマール)とラシュミー(キヤーラー・アードヴァーニー)は異宗教間結婚をし、死んだ兄の子供と共に住んでいた。ラシュミーの父親サチン(ラージェーシュ・シャルマー)は結婚から3年経った今でもアースィフを認めていなかった。だが、サチンと妻ラトナー(アーイシャー・ラザー・ミシュラー)の結婚25周年を機にアースィフとラシュミーはダマンにある家を訪れることになった。 ところで、ダマンには幽霊が出ると噂の空き地があった。アースィフはその土地に足を踏み入れてしまう。それ以降、アースィフとラシュミーが居候するサチンとラトナーの家では怪奇現象が起こるようになった。とうとう幽霊はアースィフに取り憑く。 その幽霊はラクシュミーという名前のヒジュラーであった。ヒジュラーのための学校を作ろうと土地を購入したが、悪徳政治家ギルジャー(タルン・アローラー)に横取りされた。ラクシュミーはギルジャーの家に殴り込むが、不意打ちを喰らって命を落とす。その際、ラクシュミーの育ての父や、弟同然に可愛がっていた青年も殺されてしまう。三人の遺体は空き地に埋められ、以後呪われた土地となったのだった。 聖者ピール・バーバーのお祓いによりアースィフの身体に憑依したラクシュミーは追い出され、瓶の中に閉じ込められる。だが、ラクシュミーの身の上を知ったアースィフは、自らラクシュミーの霊を再び呼び寄せ、生前に彼女とその家族を殺したギルジャーたちへの復讐に協力する。
前半はホラーとコメディーが交互に訪れるようなチグハグな展開だった。基本的に大家族が集住する邸宅で起こる出来事を追う、典型的な南インド映画フォーマットの展開で、最近のヒンディー語映画のトレンドとは異なるものであり、古めかしさとしょうもなさを感じていた。
だが、アースィフにラクシュミーの霊が取り憑いて以降はグッと面白くなる。男性に女性の霊が取り憑いたり、その逆というパターンはよくあるが、ヒジュラーの霊が取り憑くというのは初めて見た。アースィフ演じるアクシャイ・クマールの演技力が問われる場面である。ただ、アクシャイは必ずしも演技力で売っている俳優ではない。ヒジュラーに取り憑かれたアースィフの演技は、決して失敗ではなかったが、想像の範囲内のものであり、他の演技派男優だったらどう演じただろうか、と考えさせられた。
インドでは2018年に同性愛が合法化され、第三の性であるヒジュラーも生きやすくなった。ヒジュラーを効果的にストーリーに組み込んだ「Laxmii」だったが、ヒジュラーの問題に深く踏み込もうと意気込む種類の映画ではなかった。ラクシュミーが殺されたのも、ヒジュラー故の差別に遭ってではない。ラクシュミーがヒジュラーである必然性はなく、よってヒジュラーを主題にした映画とは言いがたい。
ただ、この映画では2つの主張が成されていた。イスラーム教徒のアースィフはヒンドゥー教徒のラシュミーと恋に落ち、駆け落ちして異宗教間結婚を成し遂げる。そして性同一性障害のラクシュミーは、第三の性を家族が認めることの大切さを説いた。これらに共通するのは、多様性の受容であり、多様性の中に人間という共通点を発見する価値観である。
また、アースィフは、幽霊などの迷信から人々を解放するNGOに所属していたが、映画中では幽霊の存在が証明されてしまったため、この点の主張は弱まってしまっていた。
アクシャイ・クマールは、今回、メインストリームの俳優としては初めてヒジュラー役を演じた。コメディー映画などで女装することはあるが、ヒジュラーは初である。ただ、実質的には、ヒジュラーの霊が取り憑いた一般男性の役であり、厳密に言えばヒジュラーではない。ヒジュラーを実際に演じていたのはシャラド・ケールカルである。
ヒロインのキヤーラー・アードヴァーニーは、今回はほとんどいい見せ場を用意してもらえていなかった。ラシュミーの母親を演じたアーイシャー・ラザー・ミシュラーと、兄嫁を演じたアシュウィニー・カルセーカルは、この映画のコメディー要素の大部分を担っていたが、ドタバタすぎて、映画の質を下げていた。
ホラーとコメディーが混ざり合う、インドならではの娯楽映画であったが、ダンスシーンも良かった。ドバイでロケが行われた「Burj Khalifa」、ヒジュラーの群衆が踊る壮観な「Bam Bholle」など、迫力があった。ダンスが優れ、コメディー要素のあるホラー映画ということで、「Bhool Bhulaiyaa」(2007年)を思い出した。
「Laxmii」は、タミル語映画をリメイクした、娯楽要素に満ちたホラー映画である。過去20年ほど、インド映画界は数多くのホラー映画を作り続けているが、コメディーを混ぜたホラー映画には良作が多く、どうもこの辺りにインド映画らしいホラー映画のエッセンスを見出したようである。基本はホラー映画で、前半は退屈な場面もあるのだが、見終わった後に満足感のある作品だった。物語の中でヒジュラーが重要な役割を果たすが、ヒジュラーを主題にした映画でないことには注意が必要である。