
2026年10月30日からNetflixで配信開始された「Meethe Mein Kya Hai(デザートは何?)」は、ディーワーリー祭を祝うために集まった一家の悲喜こもごもを歌い上げた、「Monsoon Wedding」(2001年/邦題:モンスーン・ウェディング)系のハートウォーミングなファミリードラマである。この手のインド映画には外れがない。
監督は新人のラーディカー・バンサル。音楽はアミト・トリヴェーディー、作詞はクマール。キャストは、リトウィク・ボウミク、ローヒニー・ハッタンガディー、アーイシャー・ラザー・ミシュラー、アバイ・カウル、タラーナー・ラージャー、ダライ、ヴィクラム・バクシー、シヴィカー・リシ、ガウラヴ・K・シャルマー、アーユシュマーン・ガイー、カニカー・カプール、トゥインクル・カプール、RCパータク、プリヤダルシニー・シャルマーなど。
グルグラーム(旧グルガーン)在住の建築デザイナー、ジャイ(リトウィク・ボウミク)は、2年前の最愛の妻ターラー(カニカー・カプール)を交通事故で亡くし、悲しみから立ち直れていなかった。ウッタラーカンド州ビンサルに購入し、妻と過ごす家を建てようとしていた土地を売り払い、ジョージア(旧グルジア)に移住しようとしていた。
ディーワーリー祭が近づいており、ラクナウーに住む祖母(ローヒニー・ハッタンガディー)から招待されていた。既に父親アジャイ(ガウラヴ・シャルマー)と母親アムリター(アーイシャー・ラザー・ミシュラー)はラクナウーにおり、ジャイを呼んでいた。ジャイにラクナウーに行くつもりはなかったが、妹のサナー(ダライ)から相談があり、行かざるをえなくなる。サナーは家族に内緒で結婚をしており、夫のお披露目をするというのだ。ジャイの応援が必要だった。ジャイは土壇場でラクナウー行きの飛行機に乗る。
ジャイは祖母や両親から歓迎される。サナーは夫のカラム(ヴィクラム・バクシー)を連れてくるが、彼はスィク教徒だった。しかも前妻との間の子アンニャーを連れていた。アムリターは気を失いそうになる。また、アムリターの兄リシャブ(アバイ・カウル)とその妻プリーティ(タラーナー・ラージャー)は、祖母をジャイプルに呼び寄せ、ラクナウーの邸宅を売ろうとしていた。祖母はその不穏な動きを敏感に察知していた。リシャブとプリーティの息子スィド(アーユシュマーン・ガイー)は米国に留学中で、一時帰国していた。また、近所に住む13歳の少女ミーラー(シヴィカー・リシ)も、母親の留守中に祖母の家に滞在していた。ミーラーは音楽に興味があり、バークリー音楽大学への入学を夢見ていた。
ディーワーリー祭の集まりで、アジャイとアムリター、リシャブとプリーティは夫婦の絆を取り戻す。だが、ジャイはターラーを失った悲しみを克服できておらず、家族の遠慮も感じ取って、デリーに帰ろうとする。ビンサルの土地の売却手続きもあった。だが、ミーラーの作詞を手伝ったことで飛行機に乗り遅れ、結局戻ってくる。ミーラーはジャイに片思いするようになるが、年齢差があり、現実的ではなかった。だが、ジャイは家族と接する内に少し悲しみから立ち直ることができた。
一時は、皆から恐れられている祖母の姉妹たちがやって来て騒然となる。特に、サナーの結婚について何を言われるか分からなかったが、祖母が何とか機転を利かせて彼女たちの帰り際にそっと知らせる。疎外感を味わっていたカラムも、酔っ払ってアムリターと心を通い合わせる。リシャブとアムリターは、家族団らんの様子を見て、まだ実家を保持することを決め、来年もディーワーリー祭の際に集まることを提案する。
ディーワーリー祭はヒンドゥー教の大祭のひとつだ。日本の正月に相当すると表現すれば分かりやすいだろう。この時期には家族や親戚が集まるのが慣わしで、人々は皆で賭け事をしたり花火をしたりして過ごす。「Meethe Mein Kya Hai」は、ディーワーリー祭を祝うためにラクナウーの邸宅に久しぶりに集まったラストーギー家の面々の人間模様を描いた作品だ。
もちろん、単なる一家団欒では終わらず、登場人物は各者各様のドラマを抱えている。もっとも大きな出来事は、サナーの結婚だった。どうやらサナーは幼少時から突拍子もないことをしでかす女性だったようで、今回の結婚も突然だった。しかも、相手はスィク教徒であるし、バツイチの子持ちでもあった。サナーの母親アムリターは頭を抱える。
一方、主人公のジャイは、2年前に交通事故で最愛の妻ターラーを亡くしており、そのトラウマを今でも引きずっていた。当初、ラクナウー行きを拒んでいたのも、家族に気を遣われるのが嫌だったからだ。だが、初めて夫を家族に紹介しようとしているサナーに助け船を出すためにもラクナウーへ行かなければならなくなった。
家族親戚の集いを描いたこの種の映画としてはありがちだが、登場人物が多く、それぞれ親族関係が複雑で、それが特有の親族名称によって表現されていて、日本人には非常に分かりにくい。だが、各キャラがうまく個性付けられており、映画を観ている内にだんだんと立場や関係性を把握できるようになる。
「Meethe Mein Kya Hai」は「映画」ではあったが、どちらかといえばウェブドラマ数エピソード分がまとめられた作品のように感じた。元々はウェブドラマとして企画された作品だったのではなかろうか。ジャイがトラウマを克服する過程、ジャイに片思いするミーラーの存在、アムリターとカラムの和解など、感情や人間関係の変化に焦点が当てられており、いかにも女性監督の作った映画という印象である。ジャイが主人公のはずだが、もっとも強烈に描かれていたのは、祖母、娘、孫娘の3代にわたる愛憎入り乱れた関係であり、その点も女性監督ならではの視点だと感じた。母親はとかく娘をコントロールしようとし、娘はそれに頑強に反抗しようとする。それが代々続いていくのだ。
映画の中ではさまざまな事件が起こるが、当然最後には全てが丸く収まる。そして、家族の価値が再認識され、家族こそが人間が守り抜いていくべきものだと結論づけられる。ジャイに対するミーラーの淡い恋心もうまく処理されていた。誰もが納得するフィール・グッドなストーリーだった。
ラクナウーが舞台の映画ということで、ランドマークであるルーミー・ダルワーザーや、アミーナーバードにある老舗トゥンデー・カバービーなどが映っていた。
「Meethe Mein Kya Hai」は、ディーワーリー祭の折にラクナウーの実家に集まった家族が織り成す物語を描いた作品である。登場人物が多く、関係も複雑だが、分かりやすく作られている。温かい家族の笑顔に囲まれて、擬似的に幸せなひとときを過ごすことができ、スクリーン越しに観ている我々まで心が温かくなってくるような作品だ。佳作といえる。
