Jhankaar Beats

3.5
Jhankaar Beats
「Jhankaar Beats」

 インド人によって作られた英語の映画、ヒングリッシュ映画が次第に1ジャンルを築きつつある。そのヒングリッシュ映画によく顔を出し、個人的に最も注目している、ラーフル・ボースという俳優がいる。メジャーなインド映画にはほとんど出ないのだが、癖のある顔、癖のある演技、癖のある役柄からすぐに顔と名前を覚えてしまい、また彼の出ている映画は極めて高い確率で良作であることが多いことから、彼の映画なら是非観てみたいと思ってしまう、いい俳優である。

 そのラーフル・ボースが遂にヒンディー語映画に登場。その名も「Jhankaar Beats」。2003年6月20日に公開され、なかなか好評を博しているようだ。監督はスジョイ・ゴーシュ。主演はサンジャイ・スーリー、ラーフル・ボース、シャヤン・ムンシー(新人)、ジューヒー・チャーウラー、リンキー・カンナー、リヤー・セーン。

 ディープ(サンジャイ・スーリー)とリシ(ラーフル・ボース)は広告代理店に勤める親友。お菓子好きのディープは妻のシャーンティ(ジューヒー・チャーウラー)に厳しく栄養管理をされながらも、円満な家庭を築いていた。一方、リシは妻のニッキー(リンキー・カンナー)と離婚の危機にさらされてブルーな日々を送っていた。

 そんなディープとリシにはひとつの夢があった。それは年に1回開催される「ジャンカール・ビーツ」という音楽祭で優勝すること。ディープはキーボードとヴォーカル、リシはドラムを演奏し、RDブルマンを「ボス」と尊敬しており、毎晩クラブなどで演奏して腕を磨いていた。ところが彼らはもう二度も敗退していた。今年こそはと奮起するものの、「ジャンカール・ビーツ」はリシとニッキーの離婚危機の直接の原因になっており、またギタリストも見つかっておらず、前途は多難だった。

 仕事の方もうまくいかなかった。ディープとリシはコンドームの広告を担当することになるが、いいキャッチフレーズが思い浮かばない。おかげで顧客をフイにしてしまい、クビの危機にさらされる。

 そんな中、ギタリスト志望の青年が現れる。彼の名はニール。ギターの腕は上々で、彼らはニールの加入を認めるが、実はニールは広告代理店の社長の息子だった。ニールも広告代理店で彼らと共に働き始める。

 ニールにはひとつの悩みがあった。ニールはプリーティ(リヤー・セーン)という女の子に恋をしていたのだが、まだ一度も話しかけたことがなかった。シャーンティはディープとリシに、ニールの手助けをするように命令する。ニールはプリーティの前に出ると訳の分からないことを口走ってしまい、なかなか成功しなかったが、3回目のときに歌で彼女の心を射止める。

 リシもニッキーと寄りを戻そうとするのだが、ニッキーはハンサムな弁護士と親密な関係になっており、近寄ることもできなかった。そんなときリシにアメリカ行きのチャンスが巡って来る。ニッキーから逃げるため、リシはアメリカへ行くことを決意する。しかしアメリカへ行く日は、ちょうど今年のジャンカール・ビーツと重なっていた。それでもリシはアメリカへ行くことに決めた。

 ディープたちはリシを止めるものの、リシの決意は固かった。リシは長年の夢を諦め、心の友を捨てて空港へ去って行ってしまう。しかしリシは空港へ向かうタクシーの中で、「ボス」の名曲「Yeh Dosti Hum Nahin Todenge(この友情は永遠に)」を聞くのだった。リシは急遽ディープたちのもとへ戻り、共にジャンカール・ビーツへ乗り込む。

 ジャンカール・ビーツにはシャーンティとプリーティも応援に駆けつけていた。いよいよディープたちの出番が廻ってきた。彼らは「ボス」の曲を演奏するが、その途中で妊娠中だったシャーンティが急に産気づき、ディープとリシは演奏を中断して彼女を病院へ運ぶ。

 病院でシャーンティは元気な男の子を産む(「ボス」の名を取ってラーフルと命名)。と同時にジャンカール・ビーツで優勝したことが分かる。ディープたちは喜びの絶頂に達した。しかもひょんなことから「Better Safety Than Worry」というコンドームのキャッチフレーズまで思い浮かぶ。また、リシはニッキーにひたすら謝って何とか寄りを取り戻し、こうして六人はそれぞれの全ての問題を解決してハッピーエンドを迎えるのだった。

 ヒンディー語映画と言いながらも、セリフの4割ぐらいは英語で、半ヒングリッシュ映画というさらに新しいジャンルを確立させてしまいそうな映画だった。つまり、ヒンディー語と英語の両方が理解できないとストーリーを追うのに少し苦労するという、インドの言語状況を如実に反映させた映画であった。確かに英語だけでインド人が映画を作るのも違和感があるし、ヒンディー語だけで映画を作るのもまた現実離れしているので、これからこういうタイプの映画も増えていくかもしれない。

 さすがにラーフル・ボースが出ていただけあって、後味のいいさわやかな映画に仕上がっていた。ストーリーの筋は三組のカップルの恋愛・家庭模様が横糸、ジャンカール・ビーツに優勝するという男たちの夢が縦糸になっており、一般的なインド映画の手法とそう変わらなかった。終わり方も予定調和的オール・ハッピーエンドである。ただ、インド映画音楽界の巨匠RDブルマン、コンドームの広告作り、バンド活動、おかしな脇役といった隠し味が効果的に散りばめられており、退屈しなかった。

 ところでこの映画をさらに楽しむためにはRDブルマンのことについて少し知っておいた方がいいだろう。ラーフル・デーヴ・ブルマンは、有名な音楽家でプレイバックシンガーのサチン・デーヴ・ブルマンの息子として1939年に生まれた。彼は1994年に死去するまで、インド映画に数々の名曲を提供してきた天才的作曲家である。アリー・アクバル・カーンから幼年時代にサロードを習ったり、9歳で作曲を始めたり、ほとんど全ての楽器を演奏することができたりと、彼にまつわる伝説は多い。死後10年経った今でもインド人の心の中に彼の作った歌は相当根付いているようで、RDブルマンの作品のベスト集やリミックス集が今でもけっこう売れるほどだ。映画中ではディープ、リシが彼のことを「ボス」と呼んで尊敬し、彼らの練習部屋に巨大な彼の肖像画が描かれていたり、生前彼が住んでいた家を「マンディル(寺院)」と呼んで参拝に訪れたり、ディープとリシの間に入った亀裂を修復したのが彼の曲だったりと、これでもかというほどRDブルマンに対する尊敬が払われていた。

 なぜかコンドームに対しても異様なこだわりがあり、ところどころにコンドーム絡みのギャグがあった。現在インドでコンドームがどれくらい普及しているのか、それはよく分からない。だが、依然としてコンドームはいろいろな要因から買いにくい商品にとどまっていることは確かだと思う。薬屋で買うにしてもインドの薬屋はカウンターで欲しい薬の名前を言って出してもらう方式だし、屋台などで売っているコンドームは品質に疑問が残るし、スーパーマーケットなどで売っているコンドームも怪しげで割高である。また、映画にも出ていたが、貧しい庶民からしたら「コンドーム?ハリウッド・スターの名前だろ」というぐらいの認識しかないかもしれない。このままインドは人口世界一の大国へ突っ走るのだろうか。

 シャヤン・ムンシーという新人が出ていたが、リティク・ローシャン・タイプのハンサムでダンスのうまい男優で、これからの活躍に期待ができそうだった。ハンサム系男優ではアルジュン・ラームパールを応援しているのだが、アルジュンはなかなかヒット作に恵まれず、くすぶっているので、その内シャヤン・ムンシーに乗り換えるかもしれない。

 けっこうお気に入りの女優ジューヒー・チャーウラーを久々にスクリーンで見ることができたのは嬉しかった。結婚後、最近めっきり出演の機会が減り、またお母さん役が増えてきたが、それでも美しさに衰えはそんなにないと思う。このままレーカーのような感じになっていくのだろうか。リンキー・カンナーとリヤー・セーンには全く興味なし。

 音楽が主題の映画だったのだが、案外音楽はあまりよくなかった。音楽監督はヴィシャール&シェーカルというあまり聞いたことのない人。ただ、音楽の平凡さが気にならないくらい内容が面白い映画だったので救われていた。インド映画お約束のミュージカルシーンも、そんなにしつこく入っていなかった。