Damini

4.5
Damini
「Damini」

 1993年4月30日公開の「Damini」は、数々の名セリフを生み出した上に、ヒンディー語映画界において最高傑作の法廷劇および女性中心映画として記憶されている作品である。題名の「Damini」とは、「稲妻」という意味であると同時に、女性主人公の名前である。

 監督は「Ghayal」(1990年)のラージクマール・サントーシー。音楽はナディーム=シュラヴァン、作詞はサミール。

 主人公ダーミニーを演じるのはミーナークシー・シェーシャードリ。さらに、リシ・カプールとサニー・デーオールが主演級の活躍をする。他に、アムリーシュ・プリー、クルブーシャン・カルバンダー、パレーシュ・ラーワル、ティーヌー・アーナンド、ヴィジャエーンドラ・ガトゲー、ローヒニー・ハッタンガリー、プラジャクター・クルカルニー、スラバー・アーリヤ、ヴィージュー・コーテー、KKライナー、アンジャーン・シュリーヴァースタヴ、ヴィーレーンドラ・サクセーナー、アシュウィン・カウシャルなどが出演している。また、アーミル・カーンが本人役で特別出演している他、ラヴィーナー・タンダンの写真が使われている。

 インドを代表する実業家ケーダールナート・グプター(クルブーシャン・カルバンダー)の長男シェーカル(リシ・カプール)は、チャリティーショーで踊りを踊るダーミニー(ミーナークシー・シェーシャードリ)を一目見て恋に落ち、彼女にプロポーズする。ケーダールナートは、ビジネスパートナーのトールー・バジャージ(パレーシュ・ラーワル)から、彼の娘ルーシーとの縁談を持ちかけられていたが、息子の気持ちを優先し、ダーミニーとの結婚を認める。

 ボンベイにあるグプター家では、ケーダールナート、彼の妻スミトラー(ローヒニー・ハッタンガリー)、シェーカル、彼の弟ラーケーシュ(アシュウィン・カウシャル)、彼の妻子、そしてシェーカルとラーケーシュの叔父(ティーヌー・アーナンド)が一緒に住んでいた。また、多くの使用人も働いており、中でもダーミニーが仲良くなったのが若いメイドのウルミー(プラジャクター・クルカルニー)であった。

 ホーリー祭の日、ダーミニーはウルミーがラーケーシュと彼の友人たちに強姦されているのを目撃する。ダーミニーはシェーカルを呼ぶが、ラーケーシュたちはウルミーを連れて自動車に乗って逃亡し、ウルミーを路上に捨てた。ウルミーは警察に発見され、病院に運ばれる。グプター家は、急いでラーケーシュをデリーに逃し、ダーミニーを口止めする。ダーミニーは捜査に訪れた警察官キショール・カダム警部補(ヴィジャエーンドラ・ガトゲー)に、何も見ていないと嘘を付く。

 ケーダールナートはシェーカルとダーミニーをデリーに送る。だが、ウルミーが病院で瀕死の状態にあることを知ったダーミニーはシェーカルとケンカをし、一人で勝手にボンベイに戻って、彼女に会いに行く。その後、ダーミニーはカダム警部補のところへ行ってウルミーの強姦を証言する。ケーダールナートは警察を買収して事件をもみ消そうとするが、縁談を断られてケーダールナートのライバルになっていたバジャージも警察を買収してこの事件を煽ろうとする。とうとうラーケーシュと3人の仲間は逮捕される。ケーダールナートは、敏腕弁護士インダルジート・チャッダー(アムリーシュ・プリー)を雇い、公判に備える。

 裁判でチャッダーは、ダーミニーを精神異常者だと糾弾し、証人を取り揃えてそれを証明する。ダーミニーは精神病院に送られ、電気ショックを与えられて本当に狂人にさせられそうになる。だが、正気を取り戻したダーミニーは精神病院から脱走する。ラーケーシュたちが彼女を殺そうと追い掛けるが、そこで彼女が偶然出会ったのがゴーヴィンド・シュリーワースタヴ(サニー・デーオール)であった。ゴーヴィンドはラーケーシュたちを蹴散らす。

 ゴーヴィンドは今では飲んだくれていたが、元々は弁護士だった。だが、妻を交通事故で失い、裁判所でチャッダーに打ち負かされて、弁護士をやめて酒浸りの毎日を送っていた。ダーミニーから説得され、ウルミーに正義をもたらすために再び法服を着る決意をする。ただ、このときまでにウルミーは病院で死んでしまった。警察は自殺だと決め付けたが、ダーミニーは彼女が殺されたと直感する。

 裁判が再開された。チャッダーはダーミニーをずる賢い女だと呼ぶが、ゴーヴィンドは、前回の公判で彼女を「精神異常者」と呼んでいたこととの矛盾を指摘し、裁判を有利に進める。証人台に立ったシェーカルが改心し、真実を明らかにしようとした瞬間、チャッダーは仮病を使って裁判を無理やり中断させる。その後、シェーカルは暴漢に襲われて拉致され、ゴーヴィンドも夜中に襲撃を受け、かくまわれていたダーミニーも次の公判の日に裁判所に向かう途中で、グプターと和解したバジャージに殺されそうになる。

 ダーミニーは命からがら裁判所にたどり着くが、シェーカルは現れなかった。シェーカルの死の可能性を知ったダーミニーは訴えを取り下げようとするが、そこへシェーカルが現れる。一度は誘拐されたものの、叔父によって助け出されたのだった。シェーカルはウルミーがラーケーシュたちに強姦されたことを証言すると同時に、ウルミーを殺したのはチャッダー、バジャージ、そしてケーダールナートだと暴露する。裁判所はラーケーシュたちを有罪とし、チャッダー、バジャージ、ケーダールナートの罰も宣告した。

 「Damini」は一般的に「法廷劇」と呼ばれるが、公判が始まるのは終盤であり、最初から最後までずっと裁判をしているわけではない。サニー・デーオール演じる肉体派弁護士ゴーヴィンドが登場するのも映画が3分の2に差し掛かったくらいでとても遅い。さらに、裁判シーンの正確性は怪しい。法律家からの監修なしに、監督や脚本家の空想だけで作り上げてしまったような荒唐無稽な裁判であり、はっきりいって無茶苦茶である。ウルミー強姦事件の裁判が行われていたのに、最後には、容疑者が全く別のウルミー殺人事件の判決まで下されてしまう。だが、それでも裁判シーンで終わっている映画であるし、そのインパクトがあまりにも強いため、「法廷劇」としかいいようがない。

 「Damini」を不朽の名作に押し上げているのは、その名セリフの数々である。中でももっとも有名なセリフは、ゴーヴィンドが裁判所で大声を張り上げて訴える独白だ。インドの裁判所はなかなか判決が出ないことで知られている。裁判が開かれても、次の裁判の日付だけがアナウンスされ、一向に正義が遂行されない。そんな司法制度の闇を、ゴーヴィンドは「Tarikh Par Tarikh, Tarikh Par Tarikh Milti Rahi, Lekin Insaf Nahin Mila(日付に次ぐ日付、日付に次ぐ日付が与えられるが、正義は与えられない)」という強烈なセリフと共に表現した。終盤に登場したサニー・デーオールが映画の全てを持って行ってしまったといっても過言ではない。

 サニー・デーオールはよく「2.5kgの腕」という形容詞と共に紹介されるが、この肩書きを生んだのも「Damini」だ。一発で相手をノックアウトする力が込められた極太の腕のことをいい、ヒンディー語映画界切っての筋肉派であるサニーの代名詞になっている。

 ただ、そんなサニー・デーオールに並び立つ存在感を放っていたのがミーナークシー・シェーシャードリだ。1980年代後半からトップ女優の地位に君臨し、ラージクマール・サントーシー監督のデビュー作「Ghayal」でもヒロインを務めた。「Damini」は、サニー・デーオールの迫力が圧倒的な映画であるものの、全体を通して映画を盛り上げていたのはミーナークシーの熱演であった。彼女の映画と表現してもいいだろう。時々オーバーアクティング気味ではあるものの、冒頭での精神的に追い込まれる女性の鬼気迫る演技、「Sholay」(1975年)のバサンティー的なおしゃべり女性のチャーミングな演技、得意の古典舞踊を披露したダンスシーンなど、見せ場が多く、彼女の魅力が詰まっている。「Damini」は彼女のキャリアベストの演技が見られる作品として知られている。

 ミーナークシー・シェーシャードリ演じるダーミニーを通して映画が観客に問い掛けていたのは、愛または家族と正義のどちらを選ぶべきかという難しい命題であった。インド社会は家族を大事にする傾向が強く、それはいいことなのだが、たとえば家族に犯罪者が出た場合、家族メンバーを守るため、もしくは家族の名誉を守るために、それを隠蔽しようとする力が働く。ダーミニーが直面したのもまさにそんな問題だった。彼女はメイドのウルミーが夫の弟ラーケーシュに強姦されるところを目撃してしまう。一度は夫シェーカルや婚家であるグプター家からの圧力に負けて警察に嘘を付くが、良心の呵責により、最終的には警察に真実を証言して、婚家に背くことになる。グプター家はありとあらゆる手段を使ってダーミニーを排除しようとする。雇った敏腕弁護士チャッダーは彼女を精神異常者だとレッテル貼りして公判から弾き出すという力技を使う。だが、ダーミニーはゴーヴィンドと出会ったことで正義を貫き通す力を得て、最終的には犯罪に関わった者たちに司法の場で引導を渡すのである。「Damini」は観客に、どんなときでも正義を貫き通すようにメッセージを送る。背景では「インド独立の父」マハートマー・ガーンディーの肖像が彼女の言動をじっと見守っていたのが象徴的だった。

 ダーミニーの夫役であるシェーカルを演じたのはリシ・カプールだ。彼も主演の一人ではあるのだが、「Damini」の中では副次的となるロマンス要素の担当を主としていて、見せ場は序盤に集中している。いったんはダーミニーを抑制しようとする側に回るものの、ダーミニーに対する愛情は本物であり、最終的には彼女を支える側に戻る。意外に演じるのが難しい役だったと思うのだが、天性のお人好し的なオーラが功を奏して、自然な形でこの立ち回りを演じることができていた。

 そして「Damini」に欠かせないのが悪役だ。シェーカルの父親ケーダールナートは、シェーカルとダーミニーの結婚を即断するなど、理解力ある父親であったが、ウルミーを巡る裁判が長引くにつれて悪役の方に引っ張られた印象だった。バジャージは、ケーダールナートへの憎悪を原動力にしている間はダーミニーに味方するものの、ケーダールナートと手を結んだ途端に悪役に転向する。ケーダールナートとバジャージを演じたクルブーシャン・カルバンダーとパレーシュ・ラーワルはどちらもうまい俳優であり、好演していたといえる。

 だが、やはり悪役で強烈なインパクトを残すのはアムリーシュ・プリーだ。この時代のアムリーシュは悪役として引く手あまたであり、神がかった迫力を持っている。姑息な手段も辞さずに裁判で勝利を重ねる敏腕弁護士チャッダーをものすごい気迫で演じていた。法廷劇の悪役の金字塔といってもいいだろう。

 セリフや俳優の演技など、各部品が素晴らしかったが、それらをまとめる構成力もずば抜けていた。分かりにくいところはひとつもなく、それでいて観る者をストーリーにグイグイと引き込む引力があった。これはラージクマール・サントーシー監督の手腕であろう。

 「Damini」は、ヒンディー語映画史に残る傑作法廷劇映画だ。決して正確な裁判の描写がなされているわけではないが、正義を貫こうとする女性主人公の戦いが真摯に描かれており、どんな場でも、どんな相手に対しても、正義を貫き通すことの重要性が雄弁に語られている。サニー・デーオールのパワフルな演技や伝説的な名セリフも語り草になっているが、やはり映画を成立させていたのは主演女優ミーナークシー・シェーシャードリの熱演である。彼女のキャリアベストの演技を楽しむことができる作品だ。1990年代を代表する名作の一本である。