Katha

4.0
Katha
「Katha」

 1983年9月8日公開の「Katha(物語)」は、ボンベイの集合住宅チャールに住む人々が織り成す物語である。童話「ウサギとカメ」を土台にしている。歌と踊りはあるものの、メインストリームの大衆娯楽映画ではなく、パラレル映画に分類される。

 監督はサイー・パラーンジャペー。国立演劇学校(NSD)卒、全インドラジオ(AIR)やドゥールダルシャン(DD)でキャリアを積んだ才媛であり、「Sparsh」(1980年)、「Chashme Buddoor」(1981年)などの後にこの「Katha」を撮った。音楽はラージ・カマル、作詞はインドゥ・ジャイン。また、インドにおけるアニメーションの第一人者ラーム・モーハンがアニメーションを担当している。

 キャストは、ナスィールッディーン・シャー、ファールーク・シェーク、ディープティ・ナヴァル、ニティン・セーティー、アルン・ジョーグレーカル、スハースィニー・デーシュパーンデー、ウィニー・パラーンジャペー・ジョーグレーカル、リーラー・ミシュラー、マッリカー・サーラーバーイー、ジャラール・アーガー、サーリカー、ティーヌー・アーナンドなどである。

 ボンベイのチャールに住むラージャーラーム・プルショッタム・ジョーシー(ナスィールッディーン・シャー)は、ディンドーリヤー社長(ニティン・セーティー)の経営する靴製造会社に勤めており、このたびめでたく正社員に昇進した。ラージャーラームはチャールの住人たちとその喜びを共有する。そんなとき、大学時代の友人ヴァースデーヴ・バット、通称バーシュー(ファールーク・シェーク)がラージャーラームを訪ねてくる。バーシューは大学を中退し姿をくらましており、久しぶりの再会だった。バーシューは、毎月300ルピーを払うのでしばらくラージャーラームの家に住まわせてくれと言う。お人好しのラージャーラームは彼を歓迎する。

 社交的で口のうまいバーシューはすぐにチャールの人気者になる。彼は求職中だったが、ラージャーラームからディンドーリヤー社長の趣味などを聞き、彼に取り入る。バーシューを気に入ったディンドーリヤー社長は、彼を重要な役職に採用する。ラージャーラームよりも目上の立場だった。お人好しのラージャーラームは何も言わず彼を同僚として受け入れる。

 同じチャールにはサンディヤー・サブニース(ディープティ・ナヴァル)という女性が住んでおり、ラージャーラームは彼女に片思いをしていた。サンディヤーの母親(スハースィニー・デーシュパーンデー)はサンディヤーの夫としてラージャーラームがいいのではないかと考えていたが、バーシューの羽振りの良さを見て、父親(アルン・ジョーグレーカル)はバーシューをサンディヤーの花婿として考える。サンディヤーも満更ではなかった。ラージャーラームはその縁談の仲介を頼まれる。ラージャーラームは落ち込んだものの、お人好しだたっため、バーシューとサンディヤーの結婚を取り持つ。

 一方、バーシューはサンディヤーだけでなく、いろいろな女性に言い寄っていた。ディンドーリヤー社長の妻アヌラーダー(マッリカー・サーラーバーイー)、ディンドーリヤー社長の前妻の娘ジャイジャイワンティー、通称ジョージョー(ウィニー・パラーンジャペー・ジョーグレーカル)、そしてオフィスの女性たちである。結婚が決まったことで、サンディヤーもバーシューに身体を許してしまった。

 ジョージョーは継母を嫌っており、バーシューとアヌラーダーの密会を盗撮して、その写真をディンドーリヤー社長に送る。ディンドーリヤー社長は激怒し、バーシューをクビにする。サンディヤーとの結婚式にもバーシューは現れず、ドバイに高飛びする。ラージャーラームはサンディヤーと結婚することに同意し、チャールの住民に祝福されながら婚姻の儀式を行う。

 「ウサギとカメ」の童話に当てはめると、ファールーク・シェーク演じるバーシューがウサギであり、ナスィールッディーン・シャー演じるラージャーラームがカメということになる。

 バーシューは、ひとつのことが長続きしない代わりに処世術やお世辞がうまく、どんな場でも機転と口八丁で乗り切って自己の利益にしてしまう生得の要領の良さを備え持っていた。いかにも金に困っていないかのような大口を叩き、相手から巧みに金を引き出すが、実際にはほとんど所持金がなかったと思われる。ラージャーラームにも、毎月300ルピーを家賃として払うと言いながら払っておらず、逆にラージャーラームの棚から300ルピーを盗み、それがばれても平然としていた。そのときのやり取りが秀逸である。ラージャーラームから「盗んだだろ」と責められたバーシューは、「ついにばれてしまったか。確かに盗んだのは僕だが、僕は悪くない。社会が悪いんだ」とうそぶく。そして、「棚に施錠をしていないから盗まれるんだ」「お前はお人好しすぎる。僕みたいな友人にまでだまされるなんて」とラージャーラームを責め出す。バーシューと話している内にラージャーラームの怒りも収まり、今月の支払いをどうしようと悩む。バーシューは悪びれもせずに「親に助けてもらえばいい」と助言する。バーシューは終始こんな調子でどんな状況も乗り切ってしまうのである。こんな生き方ができたらどんなに人生楽しいかと思ってしまうほどだ。

 ラージャーラームはバーシューと正反対の性格だ。コツコツ真面目に物事を進めていくタイプであり、自己を犠牲にしてまで他人を助けようとする博愛の心に満ちている。チャールの住民たちからとても頼りにされており、職場でも上司や同僚たちから信任厚い。だが、他の乗客を押しのけてバスに乗ることができないほど控え目である。純粋すぎて臆病なところがあり、意中のサンディヤーに告白することもできていない。それでも、バーシューが現れるまでは順調に人生を送っていた。要領の良いバーシューが現れたことで、ラージャーラームのお人好しが搾取の対象となり始める。職場では、学位のないバーシューがなぜか上司に採用され、プライベートではサンディヤーを奪われてしまう。それでも彼は文句を言わなかった。

 誰でも知っている「ウサギとカメ」を現代劇に置き換えた物語なので、大体の展開は予想がつく。だが、童話通りにカメを勝たせるのか、それとも「時代は変わった」ということを示すためにウサギを勝たせるのか、それは最後まで分からない。そのためにサスペンスがあった。冒頭では、チャールに住む老婆が孫に「ウサギとカメ」を聞かせる場面があったが、そこではウサギを勝たせ、「現代ではウサギのような怠け者の詐欺師が勝つんだよ」と語っていたため、ウサギであるバーシューが全てを持って行ってしまうという可能性もあったのである。

 映画の最後でラージャーラームは意中のサンディヤーと結婚する。ラージャーラームの誠実さが勝ったと解釈し、やはりカメがウサギに勝つのだと考えることもできるのだが、少しだけ後味の悪さも残っている。バーシューはサンディヤーとの関係に真剣ではなく、彼女の処女だけをいただいて、そのままトンズラしてしまった。しかもサンディヤーは妊娠している可能性もあった。お人好しのラージャーラームは、それでも彼女を妻として受け入れた。また、サンディヤーもサンディヤーで、ラージャーラームの気持ちには気付いていたのだが、彼がはっきりと気持ちを明かさなかったためにバーシューとの結婚を受け入れたのだと言っていた。そして、私のことが好きならばなぜバーシューとの結婚を認めたのかとラージャーラームを責める。いかにも女性らしい受け身の態度かつ責任転嫁であった。これらのことから、ラージャーラームとサンディヤーの今後の結婚生活に、あまり明るい兆しが感じられない。これは果たしてラージャーラームの完全勝利といえるだろうか。

 さらに気持ちが悪いのは、バーシューが何の罰も受けていないことだ。社長の妻に手を出し会社をクビになったのもバーシューにとっては痛くも痒くもなかった。サンディヤーとの結婚をすっぽかしてドバイに高飛びした彼は、少なくとも映画の中では何の痛い目にも遭っていなかった。インド映画は、悪い行いをした者は必ず悪い報いを受けるという因果応報論をかたくなに守っているが、処世術の達人であるバーシューに関しては、因果応報すら克服してしまっているように見える。インド映画としてこれでいいのだろうかと疑問に思う。

 そこまで考えると、やはり「Katha」は、ウサギのようなその場しのぎに長けた者が最後に笑う現代社会の歪みを糾弾しているのではないかと感じる。決してカメは勝っていない。カメが勝ったと思ったら、ウサギは別次元の勝利を手にしていた。童話の延長線上で捉えるのではなく、もっと深読みして、サイー・パラーンジャペー監督の真意を読み取る必要がある。

 基本的には実写映画ながら、要所でアニメーションが使われ、実験的な表現が行われていた点にも注目したい。冒頭では「ウサギとカメ」の物語がアニメーションで語られるし、妻とバーシューの浮気を知ったディンドーリヤー社長が怒りを爆発させる場面はアニメーションで爆発が表現されていた。これらは当時としては非常に斬新な映像表現だったのではないかと予想される。また、ラージャーラームの妄想が映像化されるシーンもいくつかあるのだが、それらも幻想的に演出されていて妙な味があった。シリアス一辺倒ではなく、そこはかとなくユーモアが感じられるのは、パラーンジャペー監督特有の余裕ある気持ちの表れであろうか。

 ナスィールッディーン・シャー、ファールーク・シェーク、ディープティ・ナヴァルなど、パラレル映画を牽引した実力派俳優たちがリラックスした演技を見せている。特にファールークの飄々とした演技は大きな見どころだ。

 ボンベイのチャールに住む人々がお互いに助け合って生きている様が分かるのも「Katha」も魅力である。ただ、撮影自体はプネーで行われたようだ。チャールといえば、人口が多く土地が狭いボンベイ特有の建築物かと思ったが、マハーラーシュトラ州一帯に存在するのだろうか。

 「Katha」は、日本人にもお馴染みの童話「ウサギとカメ」を土台にして、現代においてウサギとカメが競争するとどちらが勝つかを、チャールを舞台に描いた佳作である。一見するとカメが勝ったように見えるが、そのような単純な解釈を許さないような含みも感じられる。判定は観客に委ねられているといえる。


Katha {HD} - Naseeruddin Shah - Deepti Naval - Farooq Shaikh - Full Hindi Movie (With Eng Subtitles)