チャール

 ヒンディー語映画産業の中心地であるムンバイーには「チャール」と呼ばれる独特な集合住宅建築がある。英語では「Chawl」、ヒンディー語では「चाल」、マラーティー語では「चाळ」と表記される。欧州特有の集合住宅であるアパートメントと、インド特有の集合住宅である長屋が融合して生まれ、低所得労働者向けの集合住宅としてムンバイーの繊維産業を下支えした、歴史的に重要な意義を持った建築だ。

 まずは語源から入ると分かりやすい。「チャール」の語源はサンスクリット語の「शालाシャーラー」である。これは、ヒンディー語圏では独立して使われることは少ない単語だが、巡礼者向けの宿泊施設である「धर्मशालाダルムシャーラー」や学校を意味する「पाठशालाパートシャーラー」などに使われている。同じものが連続して並んでいるような連なりを想起させる単語で、確かに同じ規格の部屋が並んでいるような建築物の名称に使われている。

 チャールも、キッチン付きワンルームが規則正しく並んで構成された集合住宅である。典型的なチャールは、ちょっとしたオープンスペースの中庭を囲んで内側に出入り口が付いた個室が「ロ」の字型に並び、それが数層に積み重なった高層建築になっている。同じ階にある個室は中庭に面した回廊でつながっている。個室の奥はチャールの外部に面しており、鉄格子の付いた窓が設けられていて、これらを通じて外側からチャール内部に風が入り込むようになっている。ムンバイーのような高温多湿の土地において、換気は重要である。トイレは共用であり、各階の角部屋がトイレにあてがわれることが多い。チャールの出入り口として、チャールの面した道路から中庭に抜ける通路が1階部分に用意されている。よって、外部からチャールに入る場合、通路を通っていったん中庭に出てから、階段などで各個室にアクセスする構造になっている。中庭に出た人は、四方八方の部屋に住む住民たちから一斉に注目されることになり、天然の防犯システムになっている。また、暴動などが発生したとき、この通路さえ封鎖してしまえば、外部からの攻撃に対してチャール内は堅牢に守られる。

チャール
チャール ©urbz

 長屋の発展形ということもあって、チャールの住民にプライバシーはほとんどない。むしろ、プライバシーがないために、各住民が孤立せず、お互いに目配せし合い、必要とあらば助け合って暮らすことができるという利点の方が重視される。チャール住民同士の交流を促進する仕掛けになっているが、各個室をつなぐ回廊と、チャール中心部に広がっている中庭だ。

 廊下部分には各個室から生活の場がはみ出しており、プライベート空間とパブリック空間が混ざり合っている。住民たちはそこで洗濯物を干したり、椅子に座ってくつろいだりすることができ、廊下を通る人々との交流が自然に発生する。

 中庭はさらに重要なスペースだ。普段はバイク駐輪場や物置などになっていることもあるが、結婚式やガネーシャ生誕祭など、何かイベントがあると、この空間がコミュニティースペースとして最大限活用される。

 近年、再開発が進む中でチャールはどんどん取り壊されているという話も聞くが、ムンバイーの原風景を構成する重要な建築物であることには変わりがなく、ムンバイーの特に低所得者層を主人公にした映画でも登場する確率が非常に高い。チャールの様子がよく分かる映画として代表的なのはサイー・パラーンジャペー監督の「Katha」(1983年)だが、21世紀に入ってからも、以下のような作品がチャールの魅力を描き出している。