Garm Hava

4.5
Garm Hava
「Garm Hava」

 「Garm Hava(熱い風)」は、1947年の印パ分離独立後、インドに残ったイスラーム教徒の苦難を描いた作品である。パーティション映画の傑作のひとつに数えられる。1974年4月26日に公開され、その後、同年のカンヌ映画祭でも上映された。

 監督はMSサティユー。演劇畑の人間で、左派の演劇団体であるインド人民演劇協会(IPTA)とつながりが強く、「Haqeeqat」(1964年)でチェータン・アーナンド監督の補佐をしたことで映画界に進出した。「Garm Hava」のキャストやスタッフには多数のIPTA関係者が参加している。

 まず、原作者は著名なウルドゥー語文学者イスマト・チュグターイーである。ただ、彼女は「Garm Hava」に関連する小説などは書いておらず、映画のネタを探していたサティユー監督に口頭で語った思い出話が源泉になっている。脚本は、これまた著名なウルドゥー語文学者カイフィー・アーズミーと、サティユー監督の妻シャマー・ザイディーである。カイフィーは作詞もしている。音楽はサロード奏者のバハードゥル・カーンである。

 キャストは、バルラージ・サーニー、シャウカト・アーズミー、ギーター・スィッダールト、アブー・スィワーニー、バダル・ベーガム、ファールーク・シェーク、ディーナーナート・ズトシー、ジャマール・ハーシュミー、ランマー・バインス、ユーヌス・パルヴェーズ、ジャラール・アーガー、AKハンガルなどである。シャウカトはカイフィーの妻で、シャバーナー・アーズミーの母である。

 時は1948年。「インド独立の父」マハートマー・ガーンディーが暗殺された直後で、世の中は騒然としていた。アーグラーで靴工場を経営していたサリーム・ミルザー(バルラージ・サーニー)は、パーキスターンへ移住するか、このままインドに残るか、悩んでいた。

 サリームの兄ハリーム(ディーナーナート・ズトシー)は政治家であり、インドに残ってイスラーム教徒の利益のために身を粉にすると宣言しておきながら、パーキスターンに移住してしまう。父親が死ぬとき、ハヴェーリー(邸宅)はハリームの名義、工場はサリームの名義になっていたが、移住前に名義変更をしてもらえなかった。おかげでハヴェーリーはインド政府に接収されることになる。サリームは引っ越し先を見つけなければならなかったが、大半の大家はイスラーム教徒に部屋を貸そうとしなかった。それでも苦労して引っ越し先を見つける。サリームの老いた母(バダル・ベーガム)はハヴェーリーを離れようとしなかったが、家族は無理に彼女を連れて行く。

 工場の方も順調ではなかった。労働者たちが次々にパーキスターンに移住してしまい、労働力不足に陥っていた。サリームは銀行や高利貸しから借金をして危機を乗り越えようとするが、インドでは誰もイスラーム教徒に金を貸そうとしなかった。サリームの長男バーカル(アブー・スィワーニー)はインドに将来性を見出せず、家族を連れてパーキスターンに移住する。

 サリームの長女アーミナー(ギーター・スィッダールト)は、ハリームの息子カーズィム(ジャマール・ハーシュミー)と恋仲にあった。カーズィムはインドで職が見つからず、アーミナーとの結婚を約束して父親を追ってパーキスターンに移住する。ある日、カーズィムはアーグラーに戻ってくる。サリームはアーミナーをカーズィムと結婚させようとするが、彼はパスポートなしにインドに入国しており、警察に逮捕されパーキスターンに強制送還されてしまう。その後、カーズィムとの音信は途絶える。サリームやハリームの姉妹アクタル・ベーガム(ランマー・バインス)は、息子のシャムシャード(ジャラール・アーガー)をアーミナーと結婚させようとしており、シャムシャードもアーミナーを一生懸命口説いていた。カーズィムとの結婚を諦めたアーミナーはシャムシャードと接近する。だが、アクタルの夫ファクルッディーン(ユーヌス・パルヴェーズ)は商売に失敗し、逃げるようにパーキスターンへ移住する。シャムシャードはアーミナーに結婚を約束して去って行く。アーミナーは彼からの迎えを待ち続けるが、ある日やって来たアクタルから、シャムシャードが別の女性と結婚することを知らされる。絶望したアーミナーは手首を切って自殺する。

 その前にはサリームは母親を失っており、今度はアーミナーも死んでしまった。残っているのはサリーム、妻のジャミーラー(シャウカト・アーズミー)、そして次男のスィカンダル(ファールーク・シェーク)のみだった。スィカンダルは学位を取得し求職中だったが、誰もイスラーム教徒を雇おうとしなかった。しかも、サリームは放火で工場を失い、スパイ容疑まで掛けられる。もはやインドに未練がなくなったサリームは、ジャミーラーとスィカンダルを連れてパーキスターンに移住することを決意する。だが、去り際に、失業率の高さに不満を抱き抗議デモをする群衆に出会い、まずスィカンダルが、次にサリームが、その中に加わる。

 印パ分離独立後、インドに残ることを決めたイスラーム教徒がどのような問題に直面し、どのような思いを抱いてその決断をしたのかを赤裸々に描きだした稀な作品である。

 パーキスターンはイスラーム教徒の国として建国されたが、インドに住んでいたイスラーム教徒が全てパーキスターンに移住したわけではない。分離独立前、インド亜大陸の人口の4分の1ほどがイスラーム教徒だったとされるが、独立インドにも総人口の14-15%ほどのイスラーム教徒が残った。必ずしも全てのイスラーム教徒がパーキスターンを求めたわけではない。むしろ、大半は住み慣れた土地にそのまま住み続けたかった。だが、独立インドではイスラーム教徒に対する風当たりが強くなり、追い出されるようにパーキスターンに向かったイスラーム教徒も少なくなかったと考えられる。「Garm Hava」には、自ら望んで移住した者もいれば、仕方なく移住した者もいる。結局、パーキスターン建国でもっとも利益を得たのは、パーキスターン建国を求めたムスリム連盟の政治家たちであり、インドのイスラーム教徒を捨てて真っ先に移住したのも彼らだった。一般のイスラーム教徒にとっては、分離独立は不幸以外の何物でもなかった。インドで作られるパーティション映画は、パーキスターン領からインド側に逃げて来たヒンドゥー教徒やスィク教徒たちの受難に焦点が当てられることが多いが、「Garm Hava」は全く逆の視点からあの出来事が語られる点に特徴がある。

 多くの人物が登場するが、主人公はサリーム・ミルザーと考えていいだろう。イスラーム教徒であり、靴工場の経営者であった。先祖代々のハヴェーリー(邸宅)に住んでおり、社会的地位は低くなかった。愛国者でもあるサリームはインドに住み続けることにこだわっていたが、ミルザー家全体が同調していたわけではなく、分離独立後、一人また一人とパーキスターンに移住していっていた。

 だが、分離独立後にインド社会は急速に変化していた。サリームが直面した問題を大別すると、ハヴェーリーと工場に集約される。ハヴェーリーは兄ハリームの名義になっていたために、ハリームが移住した後は政府に接収されることになった。ミルザー家はハヴェーリーを追われることになり、それとは比べものにならないくらい小さな家に家賃を払って住むことになる。一方、工場はサリームの名義であったが、労働者が次々に移住してしまい、深刻な労働力不足に陥っていた。しかも銀行や高利貸しはイスラーム教徒に金を貸そうとしなかった。金を貸しても返さずにパーキスターンに逃げられる恐れがあったからである。こうしてビジネス面でもサリームは困難に直面する。インドでの生活に希望を見出せなくなったことで、さらにミルザー家のメンバーが移住を決断する。

 もう一人の主人公だといえるのがサリームの娘アーミナーだ。アーミナーにとって印パ分離独立自体はそれほど大きな問題ではなかった。彼女の最大の関心事は結婚だった。アーミナーは、同居していた従兄カーズィムと恋仲にあった。イスラーム教社会では交差婚(いとこ同士の結婚)は一般的である。カーズィムはインドで仕事が見つからないことに失望し、先にパーキスターンに移住していた父親を追って自身も移住する。アーミナーはカーズィムを待ち続け、カーズィムもアーミナーと結婚するためにインドに戻ってくる。だが、彼はインドに密入国をしており、アーミナーとの結婚直前に警察に逮捕され、パーキスターンに強制送還されてしまう。カーズィムのその後は語られないが、父親の決めた結婚相手と結婚したと考えられる。

 アーミナーはしばらくカーズィムからの連絡を待ち続けるが、ある時点できっぱりと諦める。そして、別の従兄になるシャムシャードとの結婚を考え始める。シャムシャードは昔からアーミナーに言い寄っていたが、カーズィム一筋だったアーミナーは彼に冷たく当たっていた。だが、カーズィムを諦めた今、彼女はシャムシャードを拠り所とするようになった。この辺りの心変わりは多少唐突にも感じたが、女性のしたたかな選択と受け止めればいいだろうか。

 だが、アーミナーの運命に幸せな結婚は刻まれていなかった。シャムシャードもアーミナーをインドに残してパーキスターンに移住し、そのまま帰って来なくなってしまった。しかも、シャムシャードの母親がやって来て、息子が別の女性と結婚することになったと伝える。アーミナーはシャムシャードとの結婚を信じて、結婚前に身体を許していたと解釈できる。まずはカーズィムに裏切られ、次にシャムシャードにも裏切られて、しかも純潔を失ったアーミナーは、自殺するしかなくなる。

 サリームは、移住や死によって家族を失っていき、どんなに生活を再建しようと努力しても誰からも助けてもらえない現状に絶望する。しかも、何の根拠もなくスパイ容疑まで掛けられ、かろうじて残っていた尊厳まで失う。最終的にサリームはパーキスターン移住を決断する。

 ところが、最後の最後で映画は意外な展開を見せる。サリームは、妻と息子スィカンダルと共に馬車に乗り込み、住み慣れたアーグラーを去って行こうとする。そのまま悲哀と共にシンミリと映画が閉じられると思いきや、そこへ突然、デモの一団が現れ、馬車の行く手を遮る。それは、失業率の高さに抗議するデモであった。カーズィムやスィカンダルといった若者たちがパーキスターンに移住した最大の要因はインドに働き口がないことだった。確かに彼らはイスラーム教徒として就職できない困難さを経験していたかもしれないが、実はイスラーム教徒以外の若者たちも同様に職にあぶれていた。それを見たサリームとスィカンダルは、「イスラーム教徒」という閉ざされたコミュニティーから離れ、政府に抗議する「インド人」の一団の中に身を投じる。物語としては唐突だが、文芸によって社会を変えようとしたIPTA出身の演劇人たちが多数参加する「Garm Hava」らしい終わり方である。イスラーム教徒でも誰でも、もし社会に不満があるならば、何らかの政治活動に参加し、主張していけばいいというメッセージが受け止められる。

 アーグラーはタージマハルやアーグラー城など、ムガル朝時代の壮麗な遺跡で有名な観光都市であり、「Garm Hava」の中でもそれらが背景に活用されていた。アーグラー郊外にある王宮跡ファテープル・スィークリーでもロケが行われていた。ファテープル・スィークリー内にはスーフィー聖者サリーム・チシュティーの墓廟があり、アーグラー在住のイスラーム教徒からあつく信仰されている様子が見られた。

 「Garm Hava」は、パーティション映画の傑作である上に、分離独立後にインドに残ったイスラーム教徒の受難に焦点を当てたユニークな作品でもある。だが、彼らを単に運命に翻弄された犠牲者として描出するのではなく、インドのメインストリームに合流させ、政治活動の一部に取り込んでいこうとする政治的な意図も強く感じられる。必見の映画である。