「国宝」をインド映画として観る

 2025年の日本映画界最大の話題といえば、吉田修一原作、李相日監督の「国宝」(2025年)が予想を覆す大ヒットとなり、興行収入200億円を突破して、実写邦画興収歴代1位に躍り出たことだった。普段はほとんどインド映画しか観ていない筆者であるが、さすがに「国宝」は無視できず、公開から1ヶ月後くらいに映画館で鑑賞した。

国宝
「国宝」

 歌舞伎の「女形」を題材に、「血」と「芸」のせめぎ合いを描いた、素晴らしい映画だった。上映時間は約3時間あり、邦画の標準と比べると長めであったが、構成がうまく、展開にメリハリがあり、3時間全く飽きる瞬間がなかった。主演の吉沢亮と横浜流星も歌舞伎役者ではないが、相当鍛練を積んだのであろう、迫真の演技であった。

 その感動とは別に、鑑賞中、心の奥底で、「インド映画としては何かが足りない」と感じていた。その感覚に気付いたとき、あまりに毎日インド映画を観すぎたせいでそういうトンチンカンな印象を抱いてしまったのだろうと、自分で自分にあきれてしまった。いくらインド映画好きでも、インド映画以外の映画にもインド映画を求めてあれこれ論評するのは無理がある。ほとんど病気だ。「国宝」をインド映画と比較してあれこれ語ってやろうという邪な野望は自主検閲で却下し、感覚そのものを忘却の彼方に葬り去ろうとした。

 それから月日が経って、「国宝」がインド映画の影響を受けていると取れる記事に出会った。そして、鑑賞中に抱いたあの正直な感想がよみがえってきた。その記事とは以下のものであった。「国宝」公開時に世に出た記事ではあるが、だいぶ後になって巡り会った。

 この記事の中で、「国宝」を制作したミリアゴンスタジオの村田千恵子氏は、「国宝」におけるインド映画の影響について以下のようにはっきりと述べている。

そしてもうひとつ影響を受けたのがインド映画です。今までの職歴から、いろいろな国と地域の映画を見る機会に恵まれたのですが、そのなかでもインドの映画は、商業的に成功しているうえにクオリティが非常に高い作品が多いと思っていました。

日本でも近年では、『きっと、うまくいく』(2013年日本公開)や『RRR』(2022年)など、インドの映画が見られるようになってきましたが、歌と踊りでストーリーを描いていくど真ん中のエンタテインメント映画でありながら、脚本、演出、芝居、カメラワークなどのクオリティが非常に高い作品が多くあります。

そのようなインド映画は、インド国内で興行的に成功しているだけではなく、アメリカの映画興行収入ランキングのトップ10に入る作品も増えていて、商業性とクオリティの高さが両立するということを証明しているいいお手本だと思っていました。メロドラマが世界で受けるということも、インド映画から教わりました。

 ただ、このときの村田氏の発言は多少一人歩きし、「『国宝』はインド映画に多大な影響を受けて作られた映画」という言説が広まってしまったようだ。2026年1月17日付けの日本経済新聞が「『国宝』の手本はインド映画 3つの越境が生んだヒット」という記事を掲載しており、インド映画ファンを狂喜乱舞させた。

 それを受けてなのか、キネマ旬報3月号増刊2026では村田氏はどちらかというと火消しに走っている。インタビュー記事「『国宝』が成し遂げた快挙 村田千恵子プロデューサーに聞く」で、インタビュアーの石村加奈氏と村田氏の間で以下のようなやり取りが交わされている。

ところで本作のプロデュースにあたり、村田はインド映画をお手本にしていたのだとか。なるほど、単身で歌舞伎の世界へ飛び込み、女形の歌舞伎役者として人間国宝になるまでの主人公の50年の人生を、流れるように駆け抜けていく「国宝」の世界観は、仏教の無常観にも通じていたのですね!と言うと、笑顔で否定された。

「具体的な編集については編集の今井(剛)さんがやっていることなので、インド映画とは関係ありません(笑)。今回、私自身がインド映画を思い描いていた大きな理由は、商業的な成功と非常に高いクオリティが両立しているインド映画を数多く観てきたからです。三大映画祭出品と興行での成功の両方を成しえた日本の実写映画は、最近あまりなかったので」

 インタビュアーが何を思って「インド映画をお手本」を「仏教の無常観」に変換したのかよく分からないのだが、村田氏の返答は明確で、インド映画の影響を「商業性とクオリティの高さの両立」に限定している。つまり、映画の内容についてはインド映画の影響を極力排除しようとしている。

 それでも、「国宝」を観たとき、確かにインド映画らしさを感じた。気のせいかと思ったが、プロデューサーがインド映画について言及してくれたことは励みになる。「国宝」の成功の裏にインド映画があったとしたら、インド映画研究家としてこれほど面白いことはない。機会があれば、インド映画の観点から「国宝」を再評価してみたいと考えていた。

 そんな中、劇場一般公開から1年後となる2026年6月6日から、Amazon Prime Videoにて「国宝」の独占配信が始まった。映画館での鑑賞時にはいまいち聞き取れなかったセリフなどもあったのだが、OTTのいいところは、邦画であったとしても日本語字幕付きで鑑賞できることだ。インド映画を念頭に、字幕と共に「国宝」をじっくりと観て、初見時のあの正直な感想がどれだけ正しかったのかを吟味することができた。


 もし「国宝」にインド映画的な要素を探せと課題を与えられたならば、おそらくほとんどの人が共通して挙げるであろう点が、劇中に差し挟まれる歌舞劇の類である。「国宝」では、ストーリーの合間に、「積恋雪関扉」、「連獅子」、「京鹿子娘道成寺」、「鷺娘」、「藤娘」、「曽根崎心中」といった歌舞伎演目が差し挟まれるが、この構成はインド映画の最大の特徴である歌と踊りと容易に比較できる。歌舞伎を題材にした映画なので、歌舞伎の演目を映画で使わない選択肢は最初からなかったと思われるが、それでも3時間の長尺になることを全く恐れず、各演目の佳境をしっかりと描出し、映画に荘厳さとリズムをもたらしていた。もちろん、それらは単に行き当たりばったりに演目を並べただけではない。各演目の題材、内容、歌詞は主人公の人生や心情と深く共鳴し、物語により深みを与えている。これもインド映画と全く同じである。

 「国宝」初見時にインド映画としてのもの足りなさを感じた第一の要因は、ストーリーと歌舞伎演目を交互に繰り返しながら物語を前に進めていくスタイルがインド映画と共通しており、無意識の内に「国宝」をインド映画として鑑賞してしまっていたから、というのは大いにありうる話である。

 また、「国宝」は長大な原作を3時間に収めるために、内容がかなり割愛され、必要に応じて改変もされていることで知られている。原作の知識なく純粋に映画を観ていても、主人公喜久雄の長崎時代の仇討ちエピソードや、後ろ盾だった二代目花井半二郎(四代目花井白虎)死後に落ちぶれて地方巡業で食いつないだエピソードなど、かなりヘビーな内容がサラリと片づけられていたことは感じられた。こういう「ダイジェスト版」的な映画の作り方は、インド映画界ではカンナダ語映画「K.G.F」シリーズ(Chapter 1:2018年/Chapter 2:2022年)などで大々的に用いられたものだ。ただ、この点はインド映画全体に共通する特徴ではなく、「国宝」に内在するインド映画的要素とすることはできない。村田氏も編集面でのインド映画の影響ははっきりと否定している。

 「国宝」は、外部から梨園に飛び込んだ喜久雄の視点から、この独特の業界の原動力となっている血統について執拗といえるほど描き出す。歌舞伎スターの息子として生まれた者が襲名し、次世代の歌舞伎スターになっていく有様は、インドのカースト制度や、インド映画界のスターシステムにも通じるものだ。インド映画でも血筋や血統はよく映画の題材として取り上げられる。確かにインド映画と同じ感覚で梨園で起こる出来事を観察することはできるが、このような血統主義はインドに限ったものでもなく、やはりこの点でもインド映画だけと結びつけて考えるのは適切ではないだろう。

 そもそも「国宝」の前に歌舞伎自体がインドの娯楽映画のスタイルと似ているという観点も成り立つ。


 では、逆に『国宝」をインド映画として観たときに感じるもの足りなさとは何であるかを考えていきたい。村田氏は「国宝」を「メロドラマ」と呼んでおり、インド映画から学んだことのひとつに挙げている。Amazon Prime Videoで改めて「国宝」を見直してみて、もの足りなさを感じたのは、その「メロドラマ」部分だとはっきり確認できた。「国宝」の「メロドラマ」部分に、インド映画的な「メロドラマ」のレベルに達していない部分があったのだ。

 インド映画にメロドラマ性を加えているもっとも大きな要素は家族である。もちろん、男女間の恋愛や友人間の友情、それに敵役との確執なども物語の重要な軸になるが、それらに必ず絡んでくるのが家族の存在である。主人公の周囲に家族の影がないと、その映画からはインド映画性が途端に希薄になる。

 まず喜久雄について論じるならば、彼の直接の家族は、任侠の立花家になる。喜久雄は目の前で父親の権五郎をライバルに殺されている。これがインド映画ならば、喜久雄の人生の目的は父親の仇討ちになるはずだ。彼は実際にそれを実行するが失敗する。よって、仇はまだ生きていることになる。もちろん、喜久雄は大阪に出て歌舞伎役者二代目花井半次郞の弟子になり、芸を極めることが人生の目的になるのだが、仇討ちが完結しないまま物語の幕が閉じてしまうのは、インド映画としては気持ちが悪い。何らかの形で仇との再会があり、何らかの形で復讐が果たされるのがインド映画的なメロドラマとしてはきれいなまとめ方だ。父親以外の喜久雄の家族メンバーも物語から早々に退場してしまう。

 花井家に住み込みながら歌舞伎役者になるための修行を始めた喜久雄にとって、家族は実質的に花井家になる。二代目半次郞は父同然の存在であり、俊介とは兄弟同然の仲になった。よって、「家族」といった場合、喜久雄と花井家メンバーとの関係も重要になる。だが、喜久雄は決して花井家の真の一員にはなれなかった。二代目半次郞は芸に重きを置く者として、血よりも芸を優先し、出奔した実子俊介を差し置いて喜久雄に「花井半次郞」を襲名させ三代目とした。だが、妻は終始よそ者の喜久雄を重宝することに反対しており、俊介が家出した原因も喜久雄にあると考えていた。四代目花井白虎(二代目半次郞)の死後、喜久雄は一転して梨園から追われる存在に没落してしまう。確かに「花井」の名前は手にしたかもしれないが、「血」は受け継げなかったのである。実力はありながら正統な「血」がないばかりに喜久雄が被った苦労は、インド映画のメロドラマにも通じるものがあったかもしれない。

 だが、喜久雄と俊介が少年時代から育んできた複雑な関係性を極限までしゃぶり尽くせていなかったのは不満だった。喜久雄と俊介は、親友であり、「兄弟」であり、そしてライバルでもあった。いうまでもなく喜久雄は「芸」の象徴であり、俊介は「血」の象徴だ。この映画のテーマそのものでもある。「曽根崎心中」前に喜久雄の発する「俊ぼんの血ぃ、コップに入れてガブガブ飲みたいわ」という言葉は、映画史に残る名ゼリフだ。おまけにヒロインの一人である福田春江を通じても二人は複雑な関係を構築している。インド映画のメロドラマならば、喜久雄と俊介の関係性に全てのリソースを集中し、これでもかというくらい彼らの愛憎入り交じった感情を描き出すはずである。だが、「国宝」では力点が異なり、インド映画的に見たら肩透かしに感じることが何度かあった。

 もっとも残念に感じたのは、喜久雄と俊介が再び「半・半コンビ」を組むあたりのシーンだ。再会と和解はインド映画が必ずじっくりと描き出す定番の場面だ。ソングシーンでその感動をより増幅させるのも常套手段である。だが、「国宝」では、喜久雄と俊介がどのように再び舞台で共演するに至ったかの経緯が割愛の対象になってすっ飛ばされてしまっており、唐突にも「道成寺」の共演でそれが象徴的に語られる形になっている。肉体的・精神的に離れ離れになった者同士の合流を蔑ろにすると、インド映画からグッと離れてしまうことが「国宝」から分かった。再会と同じくらい重要なのは別離のシーンだが、「国宝」ではそれも淡泊だった。

 だからといって「国宝」の価値が減じることは毛頭ない。あくまで「国宝」をインド映画に無理やり当てはめてみたときに感じるもの足りなさの分析であり、「国宝」が傑作であることには変わりない。


 改めて「国宝」を見直してみて、以上のようなインド映画との相違点が今一度確認できたのだが、それよりもむしろ新たに強く感じられるようになったのは、この映画が上り詰めようとしている最高到達点や、この映画が目指している最深部のようなもの、それがインド映画と通底しているということだ。

 「国宝」の中では、喜久雄をはじめとした歌舞伎役者たちが、何やら「美しいもの」を目指している様子が曖昧な表現と共に何度も語られている。この「美しいもの」を「見る」ためなら、どんなものを犠牲にしても正当化されるようであった。喜久雄もまさにそういう人生を送ってきたのであり、最後には人間国宝になれたのである。それは、一般人にはよく理解できないもののようだが、感じ取ることはできるようだ。喜久雄の非嫡出子である綾乃は、内縁とはいえ彼女の家庭を全く顧みなかった喜久雄を憎んでいたが、そういう負の感情を持つ観客すらも圧倒してしまうほどの芸にまで、熟年の喜久雄は達していたようだった。

 よく、演者にとって観客の拍手は麻薬だという。だが、喜久雄は拍手を得るために芸を極めていたわけではない。喜久雄と俊介は「半・半コンビ」再結成後、劇場の天井に「何か」を感じる。人間国宝に選定され、「鷺娘」を演じる彼の目には光が見え、「きれいやわ・・・」という感嘆が漏れる。どちらのシーンでも劇場の観客席は空っぽだ。それは、彼らにとって観客の存在はどうでもいいことを暗示している。彼らは、観客を楽しませるためでなく、ただひたすら芸のために芸をしていた。もし歌舞伎の神様がいるとしたら、彼らのパフォーマンスはただただ歌舞伎の神様に捧げられていた。

 いや、もはや歌舞伎すらもどうでもよかった。歌舞伎は抽象化され、美のための通り道になる。人間国宝にまで上り詰めた最高峰の芸達者のみが見られるその景色を、「国宝」は何とか表現しようとしていたと思われる。

 「国宝」の最後は、ヒンディー語映画「Rockstar」(2011年)の最後を想起させた。スーフィズム(イスラーム教神秘主義)の強い影響を受けて作られたこの映画は、ペルシア語詩人ルーミーの以下の有名な詩句(英訳からの重訳)をベースにストーリーが構築されている。これは、まさに「国宝」が目指そうとしているものではなかろうか。

यहाँ से बहुत दूर, ग़लत और सही के पार,
एक मैदान है… मैं वहाँ मिलूँगा तुझे।

ここから遙か遠く、善悪の向こうに
ひとつの広場がある・・・そこで僕は君と会う

 インド映画を読み解く上で非常に重要な鍵になるのが「Ishq-e-Majaziイシュケ・マジャーズィー」と「Ishq-e-Haqiqiイシュケ・ハキーキー」だ(参照)。どちらもスーフィズムの概念であり、前者は「形而下の愛」で、後者は「形而上の愛」である。もっと平易な言葉にすれば、「世俗的な愛」と「神的な愛」になるだろうか。一見するとインドのロマンス映画や恋愛歌の歌詞は男女の俗っぽい恋愛を扱っているように見えるが、それは表層に過ぎず、ひとたび壁を破って秘められた深層に入り込むことができれば、そこには神と人との関係がある。人間は世俗的な恋愛の実践と理解を通して、より高次の、神への愛という究極的な愛を知る。ヒンディー語映画には、前掲のイムティヤーズ・アリー監督「Rockstar」、アーナンド・L・ラーイ監督「Raanjhanaa」(2013年)、モーヒト・スーリー監督「Saiyaara」(2025年)など、スーフィズムを通して読み解かなければ真意にたどり着けないロマンス映画が数多く存在する。

 「国宝」もまさに「Ishq-e-Haqiqi」の物語であった。喜久雄は単なる歌舞伎好きではない。彼は歌舞伎役者として芸を極めることで、その先にある美と交信しようとしていた。そのために彼は肉親をも顧みなかったが、芸を極めるためにはそれも正当化される。スーフィズムに影響を受けた文学や映画は、全てを犠牲にして愛を達成しようとする狂人だらけだ。喜久雄が見ようとしていたものは、スーフィズムでいう「神」と読み替えることもできるだろう。インド人観客からしたら、喜久雄が劇場で見ていた光は神そのものである。

 「国宝」は「血」と「芸」の二項対立で語られることが多いが、晩年の喜久雄が達した境地の前では、それもどうでもいいことだ。先述のルーミーの詩に当てはめるならば、「血」と「芸」を超えた向こう側にひとつの広場があり、人間国宝となった喜久雄はそこにいたのである。二代目半次郞がよそ者の喜久雄を後継者にできたのも、その広場を垣間見ていた者だったからであろう。

 驚くべきことに、「国宝」がたどり着いた先にはインド映画と共通する哲学があった。いくらインド映画の影響を受けたからといって、「国宝」はさすがにそこまで意図して練り上げられた作品ではないだろう。そもそもインド映画をそのレベルで理解している人は稀である。だが、あらゆる文芸の最高到達点に何らかの共通点があることは不思議ではない。そのレベルまで行けば、どの媒体の芸術でも自然と似てくるものなのだろう。インドの偉大な思想家ヴィヴェーカーナンダは1893年9月11日のシカゴ世界宗教会議で「全ての宗教はひとつ」と宣言したが、「国宝」を見て、「全ての芸術はひとつ」という言葉が浮かんだ。やはり、「国宝」は傑作である。