
1981年5月6日公開の「Rocky」は、サンジャイ・ダットのデビュー作として知られるマサーラー映画である。サンジャイの父親で往年の名優スニール・ダットが監督をしている。スニールが息子をローンチするために作った、いわゆる「ローンチ映画」だ。ただし、この映画の撮影中、スニールの妻でサンジャイの母親ナルギスに膵臓癌が見つかり闘病生活に入ったため、スニールは未完成部分の監督をラージ・コースラーに託した。よって、正確にはスニール・ダットとラージ・コースラーの共同監督作品になる。当初はラーフル・ラワイルが監督を務めていたとの情報もある。もちろん、米国の有名なボクシング映画「ロッキー」(1976年)とは全く無関係だ。
音楽はRDバルマン、作詞はアーナンド・バクシー。キャストは、サンジャイ・ダット、リーナー・ロイ、ティナ・ムニーム、ランジート、アルナー・イーラーニー、シャクティ・カプール、アムジャード・カーン、ラーキー、シャシカラー、イフテカール、サティエーン・カップー、アンワル・フサイン、グルシャン・グローヴァー、チャンキー・パーンデーイなどである。また、スニール・ダット監督自身がカメオ出演している他、シャンミー・カプールが本人役で特別出演している。
舞台はボンベイ。ラタンラール社長(アンワル・フサイン)の経営する建設会社では、シャンカル(スニール・ダット)が労働者代表として労働者の権利のためにストライキをちらつかせて経営陣に要求を突き付けていた。ラタンラール社長はシャンカルの口封じを部下のジャグディーシュ、通称JD(ランジート)に命じる。JDは事故に見せかけてシャンカルを暗殺した。また、JDは会社の乗っ取りも画策しており、JDの右腕ラーム・アヴタール(サティエーン・カップー)と共謀してラタンラールを自殺に見せかけて殺す。ラタンラールの娘はメイドのソイア(シャシカラー)によってシュリーナガルで育てられることになった。会社を乗っ取ったJDは、シャンカルの妻パールヴァティー(ラーキー)に目を付ける。ある晩、JDはパールヴァティーの家に乱入し彼女に乱暴を働こうとする。シャンカルの親友ロバート・デスーザ(アムジャード・カーン)に助けられるものの、息子のラーケーシュは頭を打って気を失ってしまう。病院に搬送されたラーケーシュは、一命は取り留めるものの記憶喪失になってしまう。また、母親がJDに乱暴されそうになった場面が脳裏に焼き付きトラウマになる。ラーケーシュは母親を見ると発作を起こすようになり、医者からも母親はラーケーシュの前に出ないように指示される。ロバートと妻キャシー(アルナー・イーラーニー)はラーケーシュを我が子として育てることにする。そしてパールヴァティーはラーケーシュの成長を陰から見守る。
それから15年後。ラーケーシュはロッキー(サンジャイ・ダット)と呼ばれる快活な若者に成長していた。ロッキーは大学でトップになり、ご褒美としてシュリーナガル旅行へ行くことになる。一方、JDの息子RD(シャクティ・カプール)もシュリーナガルへ向かっていたが、途中でトラブルに巻き込まれ、到着が遅れていた。空港で亡きラタンラールの娘レーヌカー(ティナ・ムニーム)はRDを迎えに来たが、誤ってロッキーをRDだと思い込み、歓迎してしまう。当初はロッキーに冷たく当たっていたレーヌカーも、ロッキーが彼女を襲った暴徒を撃退したことをきっかけに見直し、やがて恋に落ちる。だが、ロッキーは勘違いされていることに気付き、本物のRDが来る前に退散する。RDが来たことで、レーヌカーも今まで会っていた相手が偽物だったことに気付く。
JDはRDをレーヌカーと結婚させ、ラタンラールの遺言に従って会社の全ての権利を手中に収めようとしていた。RDはレーヌカーをボンベイに連れて来た。レーヌカーはロッキーを探し出すが、あえて彼を無視する。心を砕かれたロッキーは娼館へ行き、タワーイフのヒーラーバーイー(リーナー・ロイ)と出会う。ヒーラーバーイーの本名はラージワンティーといい、ラーム・アヴタールの娘だった。ラージワンティーはJDにレイプされ、自殺しようとしたところを娼館主に救われて、そのままタワーイフになっていたのだった。ディスコでダンス・コンペティションが開催されることになり、RDはレーヌカーと共に参加することになっていた。それに対抗するため、ロッキーはヒーラーバーイーにパートナーになってくれるように頼む。シャンミー・カプールが審査員長を務める中、RDとレーヌカー組、ロッキーとヒーラーバーイー組が踊りを踊る。勝者はロッキーとヒーラーバーイー組だったが、ヒーラーバーイーがタワーイフであることが暴露され、彼女は辱めを受ける。
負けてむしゃくしゃしていたRDは交通事故に見せかけてロッキーを殺そうとする。幸いロッキーの命に別状はなかった。逆に、頭を打ったロッキーはトラウマから解放され、母親を認識できるようになる。パールヴァティーはロッキーを抱きしめる。また、レーヌカーはRDがロッキーを汚い手段で殺そうとしたことを知り、RDを嫌悪するようになる。レーヌカーはロッキーと仲直りし、母親公認の仲になる。パールヴァティーは早く二人を結婚させようとする。
それを知ったJDは、パールヴァティーたちを誘拐し、レーヌカーを脅迫する。脅迫に負けたレーヌカーはRDとの結婚を受け入れる。だが、ロッキーが救出に入り、ロッキーがピンチに陥ると、今度はロバートが助けに来る。JDは警察に逮捕されるが、娘の身に起こったことを知ったラーム・アヴタールがJDと差し違えて死ぬ。RDは逮捕され、ロッキーとレーヌカーは結ばれる。
1980年代という時代に、若者をメインの観客に据え、当時としては最先端の若者文化を片っ端から採り入れて作り出された大衆娯楽映画という感じだ。若者たちはバイクを乗り回し、ディスコへ行って夜を踊り明かす。恋愛もオープンであり、男性はかわいい女性を追いかけ回し、女性はかっこいい男性を誘惑する。週末にはビーチで水着になって遊び、休暇には飛行機でシュリーナガルにひとっ飛びして避暑をする。若者が憧れる「いまどきの若者の青春」がそのままパッケージされた作品だ。撮影時、スニール・ダット監督は50歳前後だったはずだが、精いっぱい若者受けしそうな要素を詰め込んでこの「Rocky」を作ったと予想される。目的はもちろん、息子のサンジャイ・ダットを若者のアイコンに仕立て上げることだ。そしてその目論みは成功を収める。「Rocky」以後もサンジャイはいくつかヒット作に恵まれ、「Saajan」(1991年)にて確立したスターとして認識されるようになる。
基本的にはアクションやロマンスが主体の娯楽映画だが、筋書きは意外に複雑である。まず、労働争議から始まる。当時のボンベイでは繊維工場の労働組合を中心に労働争議が活発に行われており、スニール・ダットが演じたシャンカルのような労働者リーダーも実際に存在していた。ただ、ラタンラール社長は利益追求型の典型的な経営者ではあったが物分かりものよく、工事現場で働く労働者全員に生命保険を掛けるようにという要求も最終的には受け入れていた。よって、経営者は悪役ではなかった。真の悪役は、ラタンラール社長の部下JDであった。彼はシャンカルを殺したのみならず、ラタンラール社長をも殺してしまう。そして会社を乗っ取る。
「Rocky」の主人公ロッキーは、殺されたシャンカルの息子である。ただ、彼は父親がJDに殺されたことは知らず、むしろ母親がJDにレイプされそうになった現場を目撃してトラウマを抱えることになる。ロッキーは、そのトラウマのため、母親ではなく、父親の親友ロバートに育てられる。実の母親は、ロッキーと顔を合わせないように常に物陰から見守るという謎の存在になる。母親も、夫がJDに殺されたことは知らない。よって、「Rocky」のストーリーは、ロッキーの立場から見たら、JDに対する復讐劇にはなっていない。
最後にJDに復讐を果たすことになるのは、JDの腹心ラーム・アヴタールだ。ラーム・アヴタールの娘ラージワンティーはJDにレイプされ、彼女はそれを苦にして失踪し、自殺しようとした。命は助かったものの、彼女は娼館でタワーイフとして生きることになる。ヒーラーバーイーと呼ばれるようになった彼女はラーム・アヴタールと再会し、彼の目の前で自殺する。死ぬ間際に彼女は父親に、かつてJDにレイプされたと明かす。怒ったラーム・アヴタールは、警察に逮捕されたJDを刺し、自らも死ぬ。ちなみに、ヒーラーバーイーはロッキーと接点も持っていた。
復讐劇の主体ではないロッキーが関わることになるのがラタンラールの娘レーヌカーとの恋愛だ。ラタンラール社長の遺言により、レーヌカーと結婚した者が会社の支配権を握ることになっていた。JDは会社の実権を握ってはいたものの、名実共に支配権を欲し、息子のRDをレーヌカーと結婚させようと画策していた。だが、行き違いからレーヌカーはロッキーと出会い、恋に落ちてしまう。JDもRDもロッキーをレーヌカーから引きはがそうとし、ロッキーはそれと戦うことになる。
ロッキーの部屋には、「燃えよドラゴン」(1973年)のブルース・リーや「サタデー・ナイト・フィーバー」(1977年)のジョン・トラボルタのポスターが貼ってあった。「Rocky」のストーリーやロッキーのキャラクターは、おおむねこれらの映画やハリウッドスターたちを意識しているといっていいだろう。戦闘シーンでロッキーは敏捷に動き回りながら勇敢に戦うし、ダンスシーンではロッキーは器用に身体をくねらせて踊る。ただ、当然それだけの映画ではない。ひたすら息子の幸せを願う母の無償の愛、運命からタワーイフに身を落とした不幸な女性の人生、悪事は必ず報いを受けるという因果応報のことわりなど、インド人好みの要素が詰め込まれ、若者のみならず全年齢にアピール力のある一大娯楽作品に仕上がっている。「Rocky」は、インド映画に新しい風を吹き込む新鮮さと、それでいてインド映画が大事にしてきた伝統的な価値観の両方を高いレベルで両立することに成功しており、ヒットしたのはうなずける。
酒屋を経営していたロバートが、シャンカルと友情を結ぶ上で酒屋を辞め、代わりに自動車修理などを行うガレージに転業したエピソードからは、後に国会議員にもなるスニール・ダットらしい生真面目さを感じる。明らかに、飲酒を社会悪として描き、酒を社会から撲滅しようという意図が込められている。
挿入歌の中では、ダンス・コンペティションのナンバーである「Aa Dekhen Zara」がもっとも有名である。「Disco Dancer」(1982年)に先駆けて世に出たディスコナンバーであり、当時の若者がこの新しい音楽に熱狂している様子が目に浮かぶ。
新人サンジャイ・ダットは初々しい。ナルギスによく似た顔立ちをしており、それだけで彼には特別感が漂う。若い頃のサンジャイは相当な放蕩者だったといわれ、父親も手を焼いていたようだが、スターのオーラはあり、やはりスターとして生まれるべくして生まれて来た人材なのだと感じる。ヒロインを務めたティナ・ムニームはサンジャイより一足先にデビューしており、既に「Karz」(1980年)などを当てていた。ティナはその後、アニル・アンバーニーと結婚し、女優業から足を洗っている。
「Rocky」は、ヒンディー語映画界から誇る暴れん坊サンジャイ・ダットのデビュー作だ。父親のスニール・ダットが自ら息子をローンチした。初々しいサンジャイの躍動する姿を見ることができる。若者をターゲットにした新鮮な映画であり、しかも伝統的な価値観も守られていて、バランスがいい。時代が時代なだけにチープさがないことはないが、1980年代の若者文化に触れることのできる作品だ。
