Saajan

3.5
Saajan
「Saajan」

 1991年8月30日公開の「Saajan(いい人)」は、古典的な三角関係ロマンス映画だ。1970年代から80年代に掛けてヒンディー語映画界は「アングリーヤングマン」アミターブ・バッチャンの登場によりアクション映画全盛期を迎えていたが、80年代末からトレンドの転換期に入り、ロマンス映画が精力を盛り返しつつあった。「Saajan」は同年最大のヒット作であり、1990年代のロマンス映画全盛期を演出した一本となった。

 監督は撮影監督出身のローレンス・デスーザ。音楽はナディーム=シュラヴァン、作詞はサミールとファイズ・アンワル。

 主演はサンジャイ・ダット、マードゥリー・ディークシト、そしてサルマーン・カーンの3人である。「Rockey」(1981年)でデビューしたサンジャイは80年代を通して時代を代表するスターに登り詰めていた。マードゥリーは「Tezaab」(1988年)などの大ヒットで時代の寵児となっていた。サンジャイとマードゥリーは既に「Khatron Ke Khiladi」(1988年)で共演済みだった。そして後に「3カーン」の一角を占めることになるサルマーンは、「Maine Pyar Kiya」(1989年)を当てて今まさにスーパースターへの階段を駆け上がり始めたところだった。よって、主役3人の中ではサンジャイとマードゥリーよりも格下として扱われている。

 他に、カーダル・カーン、リーマー・ラーグー、エークター・ソーヒニー、ラクシュミーカーント・ベールデー、アンジャーナー・ムムターズ、ディネーシュ・ヒングー、ユーヌス・パルヴェーズ、ラージュー・シュレーシュタ、テージ・サプルー、ヴィカース・アーナンドなどが出演している。また、著名なガザル歌手パンカジ・ウダースがカメオ出演し、映画のテーマ曲「Jeeye To Jeeye Kaise」を歌っている。さらに、ローレンス・デスーザ監督が「Dekha Hai Pehli Baar」で一瞬だけカメオ出演している。

 幼くして両親を亡くし、片足が不自由な少年アマン(サンジャイ・ダット)は孤児院で育てられていた。アマンと親しくなったのが、裕福な実業家ラージーヴ・ヴァルマー(カーダル・カーン)と妻カムラー(リーマー・ラーグー)の息子アーカーシュ(サルマーン・カーン)だった。アーカーシュはアマンを家族に迎え入れ、兄弟同然に育てられる。

 成長したアマンは、「サーガル」というペンネームで詩作をし文学雑誌に投稿していた。だが、心の悲しみを知られたくなく、周囲の人々にはそれを内緒にしていた。サーガルのファンの一人がプージャー・サクセーナー(マードゥリー・ディークシト)だった。プージャーは出版社にファンレターを送り、アマンはそれに返信した。こうして二人の間で文通が交わされるようになった。

 ラージーヴはアーカーシュとアマンを自身の会社で務めさせることにした。アマンはホテル建設プロジェクトのためにウダカマンガラム(通称ウーティー)に派遣される。プージャーは母親マーンニャター(アンジャーナー・ムムターズ)と共にウーティーの商店街で書店を経営しており、アマンは彼女と出会う。あらかじめ彼女の写真をもらっていたため、アマンはプージャーを認識するが、プージャーはアマンがサーガルだとは知らなかった。そして、アマンにサーガルの詩集を勧める。アマンは自分の正体を明かさず、プージャーに接近し出す。

 後にアーカーシュもウーティーにやって来る。そしてプージャーと偶然出会い、恋に落ちてしまう。アーカーシュがプージャーに真剣に恋していると知ったアマンは、ヴァルマー家から受けた恩を忘れることができず、プージャーを泣く泣くアーカーシュに譲ることを決める。そして、アーカーシュを「サーガル」に仕立て上げ、プージャーに紹介する。プージャーはアーカーシュをサーガルだと信じ込み、彼に恋をする。アーカーシュとプージャーはデートをするようになる。アーカーシュは罪悪感を抱き、実は自分がサーガルでないことをプージャーに手紙で伝えようとする。だが、アマンはその手紙をプージャーに届けなかった。アーカーシュとプージャーの仲は両親にも知れることになった。彼らはアーカーシュとプージャーの結婚を決め、結婚式の日取りを考え始める。

 アーカーシュはアマンの異変に気付き、彼の持ち物を漁る。すると、彼がサーガルであること、そしてプージャーに恋をしていたことが分かる。アーカーシュはプージャーをアマンに譲ろうと、旧知のメーナカー(エークター・ソーヒニー)とわざといちゃついたり、酒に溺れたりして、プージャーから離れようとする。プージャーにも、サーガルが実はアーカーシュではなくアマンだったことが分かり、アマンの気持ちも知る。アーカーシュとアマンが友情のために彼女の気持ちを無視して譲り合いをしていることに腹を立てるが、アーカーシュは彼女を説得し、アマンと結びつける。

 恋愛の物語である以上に恩情と友情と自己犠牲の物語だった。アマンはプージャーに恋するが、アーカーシュがプージャーに恋してしまったことを知ると、恋心を押し殺し、プージャーをアーカーシュに譲ろうとする。なぜならアマンはアーカーシュや彼の家族に多大な恩義を感じており、自分の恋愛を優先させることができなかったのである。だが、アーカーシュがアマンの気持ちを知ると、今度は彼が自分の恋愛を犠牲にしてプージャーをアマンに譲ろうとする。この相互の自己犠牲が「Saajan」を美しい物語にしていた。そして、恩情や友情が個人的な恋愛よりも優先されるべきであるという価値観が発信されていた。

 ただ、プージャーの視点に立って物語を見渡してみると、納得いかないところもあるだろう。なにしろ相手の勝手な恩義や友情のために彼女の心がもてあそばれたのだ。彼女は「サーガル」という詩人の大ファンであり、サーガルと文通して、まだ姿を見ぬ詩人に恋心を募らせていた。プージャーがアマンと親しくなったのも、彼がサーガルの知り合いであり、彼女にサーガルを紹介すると約束してくれたからだった。おそらく何もなければアマンはどこかのタイミングで自分がサーガルであると明かすつもりだったのだろうが、アーカーシュがやって来てプージャーに恋してしまったことで予定が狂ってしまった。アマンはアーカーシュをサーガルだと紹介し、プージャーはそれを信じ込んでしまう。プージャーはアーカーシュとデートをし始め、家族も紹介し合い、婚約までする。だが、アーカーシュがアマンの気持ちを知ると、今度は急に彼女を避け始める。プージャーとしては何が起こっているのか分からず、たまったものではない。

 もし物語をもう少し感情移入しやすくするならば、プージャーの気持ちにもっとフォーカスするべきだったのではなかろうか。プージャーの気持ちは純粋にサーガルに向いていた。アーカーシュと会う前、アマンと接していたときも、アマンは見ておらず、サーガルと会えることだけを楽しみにしていた。彼女の視線をもう少しアマンに向けておけば、もっとまとまった物語になっただろう。「アマンがサーガルだったらよかったのに」という気持ちを何らかの形で表現することができれば、アマンと結び付く結末もより納得感を持って受け止めることができた。

 歌と踊りが多めの映画だ。登場人物の感情に何らかの変化が起こるときには必ずソングシーンが挿入される作りになっている。歌詞とストーリーの親和性は高く、歌を上手にストーリーに組み込んだ映画だと評価できる。ただ、その歌詞はシンプルで分かりやすかったものの、哲学的な深みには欠けていた。詩人が主人公の映画であるため、詩にもっと深遠さがあればより感興を催す映画になっただろうが、シンプルな表現の歌詞ばかりだった。ただ、「Jeeye To Jeeye Kaise」など、同じ歌詞の曲が異なる場面で繰り返されることで異なる味わいを出そうと努められており、その点は高く評価できる。

 サンジャイ・ダットは元々女たらしのイメージが強い男優なのだが、「Saajan」では女たらしのアーカーシュをたしなめる真面目で影のあるキャラクターを演じていた。その抑え気味の演技は彼の真の実力に気付かせてくれる。マードゥリー・ディークシトも見せ場が多く、さまざまな表情を使いこなしながら演技をしていた。サルマーン・カーンは勢いとフレッシュさで映画に華を添えていた。

 ちなみに、撮影時サンジャイは既婚者だったが、「Saajan」などでの共演をきっかけにマードゥリーとただならぬ関係になっていったといわれている。

 「Saajan」は、典型的な三角関係のロマンスに家族、恩義、友情などを絡め、自己犠牲の物語に昇華している。恋愛よりも優先されるべきものがこの世にはあるという価値観に立っているため、ロマンス映画としては失格かもしれない。だが、インド人好みの結末だといえ、興行的にも大成功している。観て損はない映画だ。


Saajan - Full Movie - साजन (1991) - Sanjay Dutt - Salman Khan - Madhuri Dixit - Kader Khan