
「Madly」は、2016年4月26日にトライベッカ映画祭でプレミア上映された国際オムニバス映画である。インド、オーストラリア、チリ、日本、メキシコ、英国の新進気鋭監督が撮った15分前後の短編映画6作品で構成されている。偏執的な愛情を主題にした作品が多い。プロデューサーは米国人映画監督エリック・マホニーだが、エグゼクティブ・プロデューサーはインド出身、米国在住のヌスラト・ドゥッラーニーである。
本ブログはインド映画を専門としていることから、「Madly」の中でもインド人監督の作品に注目して論評する。インドからこのプロジェクトに参加しているのは、「Dev. D」(2009年)や「Gangs of Wasseypur」シリーズ(Part 1・Part 2/2012年)で知られるアヌラーグ・カシヤプ監督である。
カシヤプ監督の撮った「Clean Shaven」は「Madly」全6話のトップバッターである。キャストは、ラーディカー・アープテー、サティヤディープ・ミシュラー、アーダルシュ・ゴウラヴなど。
主婦のアルチャナー(ラーディカー・アープテー)は夫スディール(サティヤディープ・ミシュラー)と暮らしていた。二人の結婚生活は10年前後で、二人の間には一人の娘がいた。彼女の楽しみは、同じ集合住宅に住む若者アルウィン(アーダルシュ・ゴウラヴ)と買い物に行ったり映画を観に行ったりすることだった。だが、近所ではアルチャナーとアルウィンのただならぬ関係が噂されるようになっていた。困惑したアルウィンの両親はスディールに相談し、スディールはアルチャナーに忠告する。
アルウィンは性的な相談をアルチャナーに持ちかけるようになり、次第にエスカレートしていった。アルチャナーは彼を避けようとするが、つい会ってしまう。そしてある日アルウィンに言われてアルチャナーは自分の下半身を彼に見せる。するとアルウィンは、アルチャナーの下の毛がボウボウだと笑い、剃るように言う。アルチャナーは下の毛を剃り落とす。気分が軽くなったアルチャナーは夜にスディールを誘惑するが、下の毛がないことに気付いたスディールは彼女を叱責する。そして、アルウィンの仕業だと直感し、彼に警告する。
以後、アルチャナーは一室に閉じこめられ、携帯電話も没収されてしまった。アルチャナーと会えなくなったアルウィンはグレてしまい、髪の毛を赤く染める。しばらくアルチャナーは外に出られずにいたが、あるとき扉に鍵が掛かっていないのを見つけて外に飛び出し、美容院へ行って髪の毛を赤く染める。そしてスディールが帰ってくると、家を出て行く。そして、夫に見せつけるようにアルウィンにキスをし、そのまま去って行く。
「Clean Shaven」をインド映画だと仮定し、インド映画の文脈で評価するならば、まず何より話題にしなければならないのは、ラーディカー・アープテーのヘアヌードである。彼女が演じるアルチャナーが、やたらと彼女に懐き、性的好奇心旺盛な年下の若者アルウィンに下半身を見せるシーンがある。彼女の下半身を実際にカメラに映さずに彼に下半身を見せていることが分かるようにする撮り方もあるはずなのだが、「Clean Shaven」ではあえて映像的にラーディカーの一糸まとわぬ下半身を見せている。彼女は陰毛の手入れをしておらず自然の状態である。それを見てアルウィンが笑い、剃るべきだと言ったため、ラーディカーは陰毛を剃り落とす。それが夫の逆鱗に触れ、事件が起こるという展開の物語になっている。ヘアヌードがあるインド映画は希少であり、インド人女優がヘアヌードをすることも滅多にない(参照)。ちなみに、ラーディカーは実力派として知られ、大衆娯楽映画から芸術映画まで幅広い映画で幅広い役柄に果敢に挑戦している大胆な女優だ。
年上の女性に憧れる年下の男性、もしくは年下の男性を誘惑する年上の女性という関係性は、インドでは「デーヴァル・バービー」と呼ばれる。女性側から見たら「デーヴァル」は夫の弟であり、男性側から見たら「バービー」は兄の妻である。複合家族が一般的だったインド社会では、デーヴァルとバービーが同居するケースが多く、この二者は単なる親戚関係を越えて特別な関係になることが多いとされる。特に男性にとってバービーは、家族の外からやって来たもっとも身近な大人の女性になり、それゆえに性的ファンタジーの対象になることが少なくない。「Clean Shaven」におけるアルチャナーとアルウィンの関係は、決してそのまま「デーヴァル・バービー」ではないのだが、それに似た相互吸引力を感じる。
アルウィンはアルチャナーに、自分はキスもセックスもしたことがないと打ち明ける。彼は明らかに性的なフラストレーションを抱えており、アルチャナーに際どい質問をぶつけることではけ口にしようとしていた。アルチャナーも、夫に対してそれほど不満は抱いていなかったかもしれないが、単調な毎日が性的なフラストレーションを募らせていたと考えられる。そして、アルウィンと過ごす時間に楽しさを感じるようになっていた。
それが臨界点に達したのが、アルチャナーによる陰毛の剃毛であった。アルウィンはアルチャナーに下半身を見せるようにせがみ、アルチャナーはそれを受け入れる。その時点で危険なほど親密になっていたのだが、アルチャナーはアルウィンに言われるがままに陰毛を剃り落とす。それを夫は気に入らず、誰かからの入れ知恵だと勘付き、それがアルウィンだと断定する。
「Clean Shaven」においては、陰毛の存在が性的な抑圧を象徴している。それは、妻の性欲を認めようとしない古い価値観の産物だといえる。アルチャナーは陰毛を剃り落とし、性欲の解放を願った。彼女は剃毛した後、アルウィンではなく真っ先に夫に見せようとした。それが夫の性欲も解放すると信じてのことだった。だが、彼女は夫の考え方を完全に読み違っていた。スディールは妻が剃毛したことを知って激怒したが、それは妻が性的に覚醒することを禁じる態度に他ならなかった。
結局、アルチャナーは家も娘も捨ててどこかへ立ち去ることになる。彼女がどこへ行ったのか、全く分からない。決して明るい終わり方ではなかった。まだインド社会では女性の性的欲求は抑圧されているということが示されるだけでとどめられていたといえる。
ちなみに、「Madly」に日本から参加しているのは園子温監督だ。彼は「Love of Love」という乱交クラブを取り上げたエロティックな短編映画を撮っている。また、「I Do」を撮ったのはパーキスターン系英国人音楽家ナターシャ・カーンである。彼女は「バット・フォー・ラッシーズ(Bat for Lashes)」というステージネームで知られている。
国際的なオムニバス映画である「Madly」に収められたアヌラーグ・カシヤプ監督の「Clean Shaven」は、インド映画としては稀少なヘアヌードが見られる作品だ。しかも、女性の陰毛を主題にしてインド社会でいかに女性が性的に抑圧されているかを描き出そうとした野心作である。実際にラーディカー・アープテーが陰毛を見せているため、インドではまず公開できない。だが、記念碑的な作品だといえる。
