インド映画において結婚式シーンの出現率は非常に高い。ロマンス映画が結婚式でクライマックスを迎えるのはもはやお約束であるし、そうでなくてもストーリーを盛り上げたり歌や踊りを織り込んだりするためにサブキャラの結婚式を差し挟むこともある。よって、インド映画を観ていると、インドの結婚式に詳しくなる。一方、インドにおいて葬式がどう行われるかは、割とサラッと描かれることが多く、インド映画をいくら観ていてもあまり詳しくならない。また、インドに住んでいても、友人などから結婚式に招待されることは多いが、葬式に招待されることは稀である。よって、やはりインドの葬式について知見を深めることは難しい。2021年3月26日からNetflixで配信開始された「Pagglait」は、13日間の喪の期間を題材にした映画で、インドで人が亡くなるとどういう儀式が行われるのか、垣間見ることができる作品となっている。
監督はウメーシュ・ヴィシュト。主にTVドラマ業界で活躍して来た人物である。プロデューサーはエークター・カプールやグニート・モンガーなどだ。主演は「Dangal」(2016年)で一躍注目を浴びたサーニヤー・マロートラー。現在、売れっ子となっている女優で、特に感情を抑えた演技が得意だ。他に、シュルティ・シャルマー、サヤーニー・グプター、アーシュトーシュ・ラーナー、ラグビール・ヤーダヴなどが出演している。
舞台はラクナウー。アースティクが27、8歳で若くして急死し、結婚したばかりのサンディヤー(サーニヤー・マロートラー)は未亡人となってしまった。だが、彼女はなぜか悲しくなかった。家には、親族が集まって来て、13日間の喪に服すことになった。彼女の親友ナーズィヤー(シュルティ・シャルマー)も来てくれる。 サンディヤーは、夫の遺品を整理しているときにとある女性の写真を見つける。夫の彼女のようであった。家に夫の仕事仲間が弔問に来るが、その中の1人に写真の女性がいた。彼女の名前はアーカンクシャー(サヤーニー・グプター)。問いつめると、夫とは大学時代から付き合っていたが、結婚後はほとんど話していないという。サンディヤーはアーカンクシャーを通して、夫のことを知ろうとする。だが、アーカンクシャーの家で、夫が好きだったブランドの茶葉を見つけ、結婚後も会っていたのではないかと疑う。 また、アースティクは自身に生命保険を掛けており、受取人はサンディヤーとなっていた。保険金は500万ルピーであった。その金額を見て親族は目の色を変える。義父はアースティクの収入に頼ってローンを組んで家を建てていたし、叔父の息子アーディティヤはレストランを開こうとしていて入り用であった。
映画は、アースティクの火葬が住んだ直後から始まる。アースティクは映画の中で名前のみ登場し、顔は1回も出て来ない。また、サンディヤーの性格も詳しく説明されないので、ストーリーの進行と共に理解して行くしかない。そもそも、ドラマなのか、コメディーなのか、一体どういう方向に行く映画なのかも分からないので、観客は手探り状態で映画を観始めることとなる。
サンディヤーの行動が、未亡人にしてはあまりに冷静すぎるため、題名となっている「Pagglait(狂った人)」とは、彼女のことなのだということが徐々に分かって来る。だが、13日間の喪に服すために家に集まって来た親戚一同や家族も、それぞれ自分勝手なことを考えており、狂っているのは彼女だけではないことも同時に分かって来る。家のローンで頭がいっぱいの義父母、息子のレストラン開店資金集めに腐心する叔父叔母、兄嫁に横恋慕する義弟などなど・・・。女性同士の会話は、エークター・カプールが得意とする嫁姑モノのTVドラマを思わせるものであった。また、サンディヤーの親友ナーズィヤーが駆けつけるが、彼女は名前から分かる通りイスラーム教徒であり、厳格なヒンドゥー教の家族からは腫れ物のように扱われる点も見逃してはならない。
そんな中、サンディヤーは夫の遺品の中から1枚の写真を見つける。その写真に写っていた女性アーカンクシャーは夫のかつての恋人で、しかも職場の同僚であった。だが、意外なことにサンディヤーはアーカンクシャーに嫉妬したり糾弾したりすることはせず、とにかく彼女から夫のことを聞きたがった。結婚5ヶ月の中で、サンディヤーはアースティクのことをあまり知ることができなかった。それを取り戻すかのように、喪中、アーカンクシャーと何度も会って、大学時代の夫のことなどを聞き出そうとしたのである。また、バリバリ働くキャリアウーマンのアーカンクシャーに、サンディヤーは密かな憧れも感じるようになっていた。
アースティクとアーカンクシャーが、結婚後も関係にあったのかどうかについては、映画中ではっきりとは描写されていない。アーカンクシャーは結婚後の関係を何度も否定していた。だが、彼女の家にアースティクの好みの茶葉があったのは、おそらく関係にあったことを示唆しているのだろう。サンディヤーもそれを直感し、初めて怒りを露にする。だが、彼女は夫を許した。そして、その瞬間に初めて涙が出て来た。この辺りの心の動きの描写は見事であった。
この死者を挟んだ三角関係は「Pagglait」の中心議題であったが、それと並行して取り上げられていたのは、サンディヤーが突然手にすることになった500万ルピーの保険金であった。義父と叔父たちは、その保険金の分け前を何とか手にしようと、保険会社に賄賂を渡そうとしたりするがうまく行かない。その一方で叔母たちは、サンディヤーをアーディティヤと再婚させることで、そのお金を我が物にしようと画策する。
最終的にどのような締め方をするのか興味津々で観ていたが、最後はサンディヤーが自立を夢見て旅立つシーンで終わっていた。最近のヒンディー語映画によくある傾向の終わり方で、その点は新鮮さがなかったが、そこまでの経緯は十分ユニークなもので、全体としては非常に完成度の高いドラマとなっていた。
主演のサーニヤー・マロートラーは、「Pataakha」(2018年)で見せたようなアグレッシブな演技もできるのだが、どちらかというと「Photograph」(2019年)のような感情を抑えた演技の方が似合っており、「Pagglait」も後者であった。宙に浮かぶ見えないものを見ているような表情が持ち味で、観客が彼女の感情を自由に想像できる余地が生まれるような、不思議な演技をする。今後も伸びて行きそうな女優で、楽しみである。脇役であったが、アーカンクシャーを演じたサヤーニー・グプターも印象的な演技をしていた。
映画の冒頭で、アースティクの弟アーロークが頭を丸めていたが、これは家族に死者が出た場合、喪主となる人物がすることだ。通常は息子などが喪主となるが、今回はアースティクが若くして亡くなったため、弟が喪主となったようである。喪主となると、13日間の喪中は酒、煙草、肉食などが禁止され、部屋の中に留まらなければならず、床の上で寝なければならない。なかなか面倒である。死者の魂は10日間は家の外に留まり、10日目に新たな肉体を得て、13日目にあの世へ旅立つ。家の前には壺が吊されているが、これは死者の魂が食べるための食料である。だが、この13日間の喪が、アースティク以上にサンディヤーの人生を変える様子は、「Pagglait」の最大の見所である。
「Pagglait」は、Netflix配信作品ながら、映画館公開されてもおかしくないレベルの佳作だ。インドの喪中にどのような儀式が行われるのかが少し分かる上に、まるで嫁姑ドラマを観ているかのような人間劇も巧みに描かれる。女性キャラが立っており、特に女性向けの映画だ。そして何よりサーニヤー・マロートラーの熱演が光る。ウメーシュ・ビシュト監督というよりは、プロデューサーのエークター・カプールやグニート・モンガーの作家性を感じる作品である。