AK vs AK

4.0
AK vs AK
「AK vs AK」

 新型コロナウイルス感染拡大により、世の中は劇的に変化をしているが、インド映画界も例外ではない。映画はコロナ禍で打撃を受けた業界のひとつだが、その代わりにNetflixなどの配信サービスが急成長をした。インドでは映画は娯楽の王様であり、しかも、映画は映画館で観るもの、という観念が強い。だが、もしかしたらコロナ禍明けにはインド人のそのような習慣も変わっているかもしれない。そんなことを感じさせる映画が2020年12月24日からNetflixで全世界同時配信された。「AK vs AK」である。

 題名になっている2人の「AK」とは、アニル・カプールとアヌラーグ・カシヤプである。アニル・カプールは、「Mr. India」(1987年)、「Beta」(1992年)、「Slumdog Millionaire」(2008年)、「ミッション:インポッシブル/ゴースト・プロトコル」(2011年)やTVドラマ「24」(2010年) などに出演している、ヒンディー語映画界を代表する国際的なスターである。一方のアヌラーグ・カシヤプは、「Dev. D」(2009年)や「Gangs of Wasseypur」(2012年)など、昨今のヒンディー語映画に新しい風を吹き込み続けている先進的な映画監督である。

 どうやらこの二人は過去に禍根があるようだ。まだカシヤプ監督が鳴かず飛ばずだった2003年、彼はアニル・カプールを主演にして「Allwyn Kalicharan」という映画を撮ろうとしていたのだが、諸々の事情から実現せず、ポシャってしまった。その事情のひとつが、アニル・カプールの翻意だったとされている。

 「AK vs AK」は、この二人が実名で登場し、TV番組収録の場で喧嘩をしたことで対決する、という筋書きの映画である。カシヤプ監督が登場するため、監督も彼かと思ってしまうが、「AK vs AK」の監督はヴィクラマーディティヤ・モートワーニーだ。「Udaan」(2010年)などで有名な監督で、カシヤプ監督の愛弟子の一人だ。カシヤプ監督もエグゼクティブプロデューサーとしてバックアップしている。

 「AK vs AK」では、カシヤプ監督がアニル・カプールに復讐するため、彼の娘ソーナム・カプールを誘拐するところからメインストーリーが始まる。日の出までに娘を見つけようと捜索するアニルの様子をカメラとカシヤプ監督が追う。その際、警察に連絡しない、外部の人に助けを求めない、カメラを切らないなどのルールに従わなければならない。物語の途中で、刻一刻と時間が過ぎて行く様が提示され、緊張感を煽る。

 基本的には、カシヤプ監督の助手を務める女性カメラマン、ヨーギターの持つ手持ちカメラの揺れ動く視点で物語が進む。ゲリラ撮影的な手法であり、時々ヨーギター自身が映ったり、ヨーギターの声が入ったり、またはカメラを持って走るヨーギターの息づかいが聞こえたりして生々しい。この辺りは「ブレア・ウィッチ・プロジェクト」(1999年)などで話題となった疑似ドキュメンタリー映画の流れを汲んでいると言える。だが、第三者の視点で映画が進行する場面もある。ご多分に漏れず、一筋縄では行かない展開で、どちらかというと「カメラを止めるな!」(2017年)に近い印象を受けた。

 時間が過ぎて行く中でアニル・カプールのリアルな(とは言っても演技なのだが)焦りや怒りが緊迫感を煽る映画だが、インド映画好きを思わずニンマリとさせるような小ネタにも満ちており、その方面での楽しみ方もできる映画だ。例えば、アニルは「未だにスーパーヒーローを気取っている痛いおっさん」という扱いで、彼の過去の出演作へのオマージュがある散りばめられている一方、カシヤプ監督は「変な映画ばかり作る売れない映画監督」として業界の人々から見られていることになっており、やはり彼の過去の監督作がパロディー気味に言及される。

 アニルの実の娘ソーナム・カプールの出演はもちろんのこと、兄のボニー・カプールや息子のハルシュヴァルダン・カプールも本人役で出演するし、カシヤプ監督お気に入りのナワーズッディーン・スィッディーキーも、声のみだが、登場する。他にも、台詞の中に、様々な業界の有名人の名前や作品が言及されるため、ひとつひとつ拾って行くのも楽しい作業になるだろう。

 ドキュメンタリータッチで進行して行くおかげで、インド映画の撮影現場に潜り込むようなシーン、アニル・カプールやアヌラーグ・カシヤプの自宅に上がり込むシーン、クリスマスに沸くムンバイーの住宅街の様子など、光景がとてもリアルであることも見所になっている。

 何よりも「AK vs AK」で強く感じたのは、新作インド映画をインドと同じタイミングで、しかも日本語字幕付きで楽しめる時代がやって来たことへの感慨である。インド映画を本当に日本で普及させるためには、インド本国と同時にインド映画を公開する映画館の存在が不可欠と考えて来たが、Netflixのおかげでそれが半ば実現しつつある。これは革命と言ってもいい。インドではNetflixの他にAmazon Prime IndiaやDisney+ Hotstarといった別の映画配信プラットフォームもあるが、残念ながらこれらは日本では普通には視聴できない。それでも、Netflixだけでも、ボーダーレスにインド映画を配信してくれているのは本当にありがたい。Netflix配信の新作インド映画には、集客力がなさそうなものも多いのだが、「AK vs AK」は、クリスマス配信ということもあって、スターパワーもあるし、実験的な要素もあるし、何より純粋に引き込まれる映画であったため、上記のようなことをとりわけ強く感じた。インド映画ファンには本当にクリスマス・プレゼントのような映画である。