2012年12月にデリーで発生した集団強姦事件(いわゆるニルバヤー事件)は世界中に報道され、インドは女性にとって危険だという認識が広まってしまった。だが、この事件をきっかけにインドでは女性に対する性暴力への対策が推進されたことも確かである。それまでは強姦の被害者は泣き寝入りをすることが多く、もし被害届を出したとしても、女性側に非が求められることがあり、不利になることが多かった。だが、ニルバヤー事件以降、性暴力の「被害者」は「生存者」とよりポジティブに言い替えられ、積極的に被害届が出されるようになり、法律的にも女性の権限が強化された。具体的には、最高刑を死刑とし、未成年による性犯罪も厳罰化し、裁判も迅速に行われるようになった。だが、その一方で、今度は女性が強化された法律を逆手に取って、男性に対する復讐に利用するようになり、こちらも社会問題化するようになった。
2016年9月16日に公開されたヒンディー語映画「Pink」は、強姦を扱った、と言うよりは、より根本的な問題を扱った作品である。すなわち、まだインドの社会に根強く残っている、独立した女性に対する偏見である。もっと詳しく言えば、仕事をし、親元を離れて住み、西洋的な格好をし、ロックショーに参加し、飲酒をするような女性は、売春婦として扱われる、インドの封建主義的な価値観を突いている。
監督はアニルッダ・ロイ・チャウダリー。元々ベンガル語映画監督で、「Pink」がヒンディー語デビュー作となる。クリエイティブプロデューサーとして名を連ねているのがシュジト・サルカール。「Vicky Donor」(2012年)や「Piku」(2015年)の監督で、彼の名前が入ってるだけで観る価値のある映画だと直感できる。
キャストは、アミターブ・バッチャン、タープスィー・パンヌー、キールティ・クラーリー、アンドレア・タリアン、アンガド・ベーディー、ピーユーシュ・ミシュラー、ドリティマン・チャタルジーなどである。
サスペンス性を出すためであろう、映画は「事件」後から意図的に開始される。まず観客に提示されるのは、3人の若い男性と3人の若い女性が、別々の自動車に乗って家に向かっている様子である。男性三人組の中の一人が額から出血している一方、女性三人組は明らかに焦っている。各人物設定すらほとんど説明されずに映画が始まる。そしてこの六人の身に何が起こったのか。それが裁判で次第に明らかになってくる。
冒頭で事実として認められるのは、女性の内の一人、ミナール(タープスィー・パンヌー)が、男性の内の一人、ラージヴィール(アンガド・ベーディー)の額を瓶で殴り、怪我をさせたことのみである。どういう経緯でそうなったのか、はっきりとしたことは終盤まで明らかにされないが、どうもこの六人は一緒に飲んでいて、その後、何らかのトラブルがあり、そうなったようである。
この仕掛けにより、観客も、まるで彼らの住む世界の「世間の目」のような存在となり、一体真相はどうだったのか、あれこれ推測するようになる。ここで重要になって来るのが、「先入観」である。
3人の女性――ミナール、ファラク(キールティ・クラーリー)、リア(アンドレア・タリアン)――は、露出度の高い服を着ており、親元を離れ、三人でひとつのフラット(住居)をシェアしている。三人とも仕事をしている独身女性で、酒を飲み、ロックショーへ行き、つまりはモダンなライフスタイルをしている。さらに、リアについてはメーガーラヤ州出身である。
インドにおいて上記の要素が何を示唆しているかといえば、それは三人が性的にオープン、つまりは淫乱であり、もっと言えば売春婦、金と引き換えに体を売る商売をしている疑いがあるということである。特にインド北東部、いわゆるノースイーストと呼ばれる地域から来た女性は、そのような色眼鏡で見られることが非常に多い。
「Pink」で争点となった「事件」についても、まずは女性側がそのような性格および職業であることが前提として裁判が進められる。特に、検察官プラシャーント(ピーユーシュ・ミシュラー)はそういう論点で女性たちを追い詰める。また、被害に遭ったラージヴィールの叔父が有力政治家である点も、女性側に不利に働いた。
一方、女性側の弁護を買って出たのが、近所に住んでいた退職済みの老弁護士ディーパク・セヘガル(アミターブ・バッチャン)である。ディーパクは、インド社会に根強く残っている、モダンな女性たちへの偏見を明らかにすることで、彼女たちを救おうとする。
「Pink」は、「#Me Too」運動が起こった2017年の前年に公開されているが、その気運を先取りしたような内容の映画である。インドでは確かに女性の権限が強化されており、法律上は男性よりも立場が上になっているとも言える。それを悪用し、個人的な怨恨のある男性に強姦の罪をなすりつけたりする事件も起こっている。しかしながら、インドの社会において、女性に対する差別的な先入観は依然として残っており、それがある限り、インド人女性たちは真の意味で解放されない。「Pink」は、そういう問題に丁寧に向き合った作品だと言える。