Superboys of Malegaon

4.0
Superboys of Malegaon
「Superboys of Malegaon」

 マハーラーシュトラ州の田舎町マーレーガーオンの名前を聞いたのは、「Supermen of Malegaon」(2008年/邦題:インド・マレガオンのスーパーマン)というドキュメンタリー映画がきっかけだった。マーレーガーオンでは、地元民のための地元民による独自の映画産業が発達しており、その「ジュガール」満載な映画製作過程を追ったドキュメンタリー映画がそれだった。製作にはNHKが関わっており、日本でTV放送されたのがプレミアとなる。その後2012年に映画館で上映もされている。その後、マーレーガーオンに興味を持った筆者は実際に当地を訪問もしているが、単なる喧噪の田舎町で、特に収穫はなかった。

 「Supermen of Malegaon」から多大な影響を受けて作られたフィクション映画が「Superboys of Malegaon」である。2024年9月13日にトロント国際映画祭でプレミア上映され、2025年2月28日にインドで劇場一般公開された。

 監督は「Talaash」(2012年)や「Gold」(2018年)などのリーマー・カーグティー。彼女はファルハーン・アクタルやゾーヤー・アクタルと共にプロデューサーも務めている。メインキャストは、「The White Tiger」(2021年/邦題:ザ・ホワイト・タイガー)などのアーダルシュ・ゴウラヴ、「Mukkabaaz」(2018年)などのヴィニート・クマール・スィン、「Brahman Naman」(2016年)などのシャシャーンク・アローラーの3人。この配役は非常に渋く、これだけで期待が湧く。

 他に、ムスカーン・ジャーファリー、リッディ・クマール、マンジリー・プパーラー、アヌジ・スィン・ドゥハン、サキーブ・アユーブ、ギャーネーンドラ・トリパーティー、アンモール・カジャーニーなどが出演している。

 日本のAmazon Prime Videoでは、2025年4月25日から「マレガオンのスーパーボーイズ ~夢は映画と共に~」という邦題と共に配信された。日本語吹替、日本語字幕付きである。

 1997年、マーレーガーオン在住のシェーク・ナースィル(アーダルシュ・ゴウラヴ)は、兄ニハール(ギャーネーンドラ・トリパーティー)の経営するビデオパーラーでチャーリー・チャップリンやブルース・リーなどの映画を切り貼りした映画を上映し一儲けするが、違法だとして警察に取り締まられてしまう。そこでナースィルはオリジナルの作品を作ることを思い立つ。ナースィルの友人たちはほとんど相手にしなかったが、売れない作家ファローグ(ヴィニート・クマール・スィン)や繊維工場で働くシャフィーク(シャシャーンク・アローラー)は彼に加わる。やがて、他の友人たちも映画作りに参加する。マーレーガーオンでオーディションを行い、他のキャストも集める。

 ヒロイン探しだけ難航したが、マーレーガーオンの結婚式でショーをしていたトルプティ(マンジリー・ブパーラー)に白羽の矢を立て、彼女を起用する。ナースィルたち素人が作り上げたのは「Malegaon Ke Sholay」であった。この映画はマーレーガーオンで大ヒットとなり、ナースィルは一躍時の人となる。だが、ファローグとはケンカ別れし、彼はムンバイーへ行ってしまう。調子に乗ったナースィルは次々にパロディー映画を送り出すが、「Malegaon Ke Sholay」ほどヒットせず、次第に製作費の回収もできなくなる。2004年にナースィルは、ムンバイーに嫁いで行ってしまった恋人マッリカー(リッディ・クマール)への想いを押し殺し、兄が決めた相手シャビーナー(ムスカーン・ジャーファリー)と結婚する。シャビーナーは法学生であった。

 2010年になった。ナースィルは既に監督業を諦めており、兄のビデオパーラーはレストランになっていた。ナースィルはそこで働いていた。その頃、シャフィークは肺がんと診断され、治療のかいなく余命を宣告される。シャフィークの夢は俳優になり飛行機で移動することだった。そこでナースィルは彼を主役とし「Malegaon Ka Superman」を作ることを決意する。ナースィルと仲違いしていたファローグもそれに乗り、彼の昔の仲間たちも加わる。また、ファローグと密かに恋仲になっていたトルプティもヒロインを務める。こうして「Malegaon Ka Superman」は完成し、シャフィークはグリーンスクリーンを使った合成でマーレーガーオンの空を飛ぶことができた。映画の完成後程なくしてシャフィークは死去する。

 ドキュメンタリー映画「Supermen of Malegaon」は、観客を驚かせ楽しませるという映画の原点を思い出させてくれる良作だった。この「Superboys of Malegaon」は、そのエッセンスを十分に活かしながら、フィクションを加え、より感動的に仕立て上げていた。ただ、人間ドラマの方に焦点が当てられているため、「Last Film Show」(2021年/邦題:エンドロールのつづき)などのように、映画そのものの素晴らしさみたいなものを歌い上げた作品ではなくなっていた。しかも、女性監督の作品ながら、人間ドラマというのは男性友人同士のホモソーシャルなドラマにほぼ集中しており、男女関係のドラマは二の次となっていたのは気になるところであった。

 まず、物語は大まかに3つの時代に分かれる。1997年、2004年、2010年である。1997年のエピソードは、主人公ナースィルが映画編集に出会い、処女作「Malegaon Ke Sholay」(2000年)を作り上げ、大きな成功を収めるあたりまでを描いている。そのまましばらく快進撃が続くサクセスストーリーになるのかと思いきや、突然時代が飛び、次に2004年のエピソードとなる。ここでは急にナースィルの監督業が頭打ちになっており、仲間たちも次々に離れて行って、暗い時代となる。また、ナースィルは結婚をするが、それも決して彼が望んだものではなかった。さらに2010年に時代が飛ぶが、既にナースィルは監督業を諦めており、シャフィークの病気に焦点が移る。シャフィークは肺がんを患い、治療もうまく行かず、余命を宣告される。そこでナースィルは仲間を再結集し、彼が死ぬ前に彼に主演作をプレゼントしようと動き出す。こうして完成した「Malegaon Ka Superman」のプレミア上映によって映画は幕を閉じる。

 この3つのエピソードによって主に描き出されるのは、ナースィルとファローグ、および、ナースィルとシャフィークの関係である。ナースィルとファローグは、親友でありながら仲違いし、その後も関係は改善されないが、余命が短くなったシャフィークのために再びナースィルと合流し、かつての黄金コンビが復活する。また、ファローグは脚本家になろうとこの14年ほどの期間をムンバイーで過ごしたが認めてもらえず、失意の内にマーレーガーオンに帰ってきたというサイドストーリーもある。地元に残り素人ながらも映画作りをするナースィルと、ムンバイーに出て苦労するが報われないファローグは対比もされていた。シャフィークは1997年と2004年のエピソードではそれほど目立つ存在ではないのだが、後から思い起こしてみると散発的に伏線が張られていたことに気付く。シャフィークと女優トルプティのただならぬ関係も少しずつ触れられていた。彼の病気と死は映画を感動的に締めくくるのに一役買っている。

 上記3人の関係がよく描かれていたのに対し、ナースィルと妻シャビーナーの関係、およびシャフィークとトルプティの関係描写は非常に弱かった。特にシャビーナーの存在は掘り下げればもっと面白かったはずなのだが、非常に理解ある女性および妻としてだけ描かれており、それが彼女を非現実的なものとしていた。

 せっかく3つの時代を点々と取り上げたので、各時代の時代性をもっと強調してもよかったのではなかろうか。たとえばこの14-5年ほどの間に通信は劇的に進化し、電話は固定電話から携帯電話になった。それは映画の中でも見られたが、映画の撮影や映写に関してはどうであろうか。やはりこの期間、デジタル化が急激に進展し、劇的な進化があったはずだが、言及はなかった。2010年にナースィルはグリーンスクリーンを使ってシャフィークが空を飛ぶ特撮映像を撮っていたが、この手法をどのようにして学んだのかも知りたかった。

 キャスティングでは、あまり派手なオーラのない渋めの俳優たちを起用したのが功を奏した。特にヴィニート・クマール・スィンとシャシャーンク・アローラーの配役は絶妙だった。アーダルシュ・ゴウラヴは主役であるが、彼の演技には抑揚がないように感じられ、他の2人に比べると一段評価は下がる。シャビーナー役を演じたムスカーン・ジャーファリーとトルプティ役を演じたマンジリー・ブパーラーも、地方によくいそうな風貌でありはまり役であった。

 「Superboys of Malegaon」は、いくつか言いたいことはあるものの、全体として地方に住むインド人たちがどのように映画と接し、楽しんでいるのかがよく分かる作品である。ドキュメンタリー映画「Supermen of Malegaon」と合わせて観ると楽しさ倍増の作品だ。日本語字幕・吹替付きで観られるのもポイントが高い。必見の映画である。