The Buckingham Murders

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The Buckingham Murders
「The Buckingham Murders」

 2023年10月14日にBFIロンドン映画祭でプレミア上映され、インドでは2024年9月13日に公開された「The Buckingham Murders」は、英国のインド人コミュニティーで起こった殺人事件を題材にしたクライム映画である。

 監督は「Shahid」(2013年)や「Aligarh」(2016年)のハンサル・メヘター。硬派な映画を撮る監督である。主演はカリーナー・カプール。「Jaane Jaan」(2023年/邦題:容疑者X)に続きシリアスな演技をしている。彼女はエークター・カプールなどと共にプロデューサーにも名を連ねている。

 他に、ランヴィール・ブラール、プラブリーン・サンドゥー、サラ=ジェーン・ディアス、アシュ・タンダン、サンジーヴ・メヘラーなどが出演している。

 英国の警察官ジャスミート・バームラー、通称ジャス(カリーナー・カプール)は、息子をドラッグ中毒者に殺され、失意の内にバッキンガムシャーのハイ・ウィカムに転勤してきた。ジャスが早速担当することになったのは、スィク教徒家族の養子イシュプリートの行方不明事件であった。ジャスは、上司のハールディク・パテール(アシュ・タンダン)と共に捜査をし、イシュプリートが途中の公園でスクールバスから降りたことを突き止める。夜通し捜索が行われ、ハールディクは捜査員たちにいったん休憩を出した。ジャスが家で寝ていると、イシュプリートの遺体が見つかったと報告があった。

 監視カメラの映像などから、サーキブが容疑者として上がった。サーキブは多くを語らなかったが、事件当時一緒にいたナーヴェードが、サーキブがイシュプリートを殺したと供述したことから、サーキブは逮捕された。イシュプリートの父親ダルジート(ランヴィール・ブラール)とサーキブの父親サリームはかつて共同経営者だったが仲違いしていた。また、イシュプリートがドラッグの運び屋をしていたことも分かる。

 事件はサーキブの逮捕により一件落着したように見えたが、ジャスは違和感を感じ、独断で事件の捜査を続ける。その中で、ダルジートにインドラーニー(サラ=ジェーン・ディアス)という愛人がいること、そしてハールディクがサーキブに恨みを持っていたことなどが分かる。ドラッグディーラーをしていたサーキブから受け取ったドラッグにより、ハールディクの妹はオーバードーズして植物人間になっていたのである。ナーヴェードの供述もハールディクが言わせたものだった。ハールディクは逮捕されそうになると自殺する。

 だが、ハールディクがイシュプリートを殺したわけではなかった。彼は公園で遺体を見つけ、サーキブの運転していた自動車に置いただけだった。では、誰がイシュプリートを殺したのか。そんなとき、ダルジートが弟のプリトヴィーを撲殺する事件が起きる。プリトヴィーはダルジートの妻プリーティ(プラブリーン・サンドゥー)をレイプしようとし、ダルジートに見つかった殺されたのだった。ダルジートは逮捕される。イシュプリートに多額の保険金が掛かっていたことも分かり、保険金殺人の線でジャスはダルジートに疑いを掛ける。

 ところが、遺体に残っていたDNAは、サーキブとプリトヴィーのものだった。ちょうどその頃、プリーティは空港から高飛びしようとして警察に捕まる。彼女の供述では、彼女はイシュプリートに恨みを持っており、自分を慕っていたプリトヴィーを使ってイシュプリートを殺させたとのことだった。

 2022年に英国のレスターでクリケットの試合を巡って南アジア系移民の間で衝突が起きる事件があった。「The Buckingham Murders」は、その事件そのものを描いた作品ではないが、英国移民社会の中で高まりつつあるコミュナルな緊張を背景にしている。

 映画の中でも、スィク教徒のコミュニティーとイスラーム教徒のコミュニティーが一触即発の状態になるシーンもある。ただ、それはあくまで一過性の出来事に過ぎず、どちらかというとこの映画が強調していたのは、英国移民社会に蔓延するドラッグ問題であった。行方不明になった少年イシュプリートはドラッグの運び屋をしていたし、移民社会の中にはドラッグが理由で服役した者もいた。

 さらに、最初に容疑者として浮上するサーキブと、イマーム(宗教指導者)の息子ナーヴェードは同性愛関係にあった。彼らはイスラーム教徒であり、同性愛はコミュニティーから受け入れられにくい。サーキブとナーヴェードは真犯人ではなかったが、同性愛をネタにして脅され、ハールディクの言うがままになっていた。

 このようなスリラー映画では、真犯人はもっとも意外な人物であることが多い。「The Buckingham Murders」でもそのセオリーが踏襲されており、最終的にイシュプリート殺人の黒幕として特定されたのが、彼の養母であるプリーティであった。夫のダルジートは、母親の願いもあって、インドから孤児のイシュプリートを連れてきて養子にしたが、それはプリーティの同意にもとづくものではなかった。ダルジートの母親が死ぬと、プリーティはイシュプリートに対する恨みを募らせる。夫にインドラーニーという愛人がいることも知っており、夫婦仲は冷めていた。プリーティは、自分を慕っていた義弟のプリトヴィーを操ってイシュプリートを殺させ、逃げおおせようとしていたのである。

 映画の軸となるのはこのイシュプリート行方不明事件および殺人事件であるが、主人公ジャスのトラウマも時々フラッシュバックされる。ジャスの息子は、ドラッグ中毒者による無差別発砲事件により命を落としていたのである。

 ジャスを演じたカリーナー・カプールは、スターとしてのオーラを完全にそぎ落とし、ほぼスッピンでトラウマを抱えた女性警察官をシリアスに演じた。2000年代を代表するヒロイン女優であるが、時々彼女はシリアスな演技をし、実力を見せつけている。

 カリーナー以外に有名な俳優はほとんどいなかった。プリーティ役を演じたプラブリーン・サンドゥーは「Shahid」などに端役で出演していた女優だ。インドラーニー役を演じたサラ=ジェーン・ディアスは2007年のミス・インディアで、「Game」(2011年)や「Angry Indian Goddesses」(2015年)などに出演歴があるが、大成はしていない。

 「The Buckingham Murders」は、カリーナー・カプール主演のクライム映画である。英国が舞台であるため、セリフは英語とヒンディー語のミックスになる。英国移民社会のコミュナルな対立やドラッグの蔓延などに触れながら、殺人事件の真犯人を突き止めようとする。インドの一般的な娯楽映画の作りではなく、欧米のスリラー映画に近い。悪い作品ではないが、インド映画らしさのないインド映画をわざわざ観ようとする人はあまりいないだろう。