2016年、ジャンムー&カシュミール州ウリーのインド陸軍基地を、パーキスターンを拠点とするテロ組織ジャイシェ・ムハンマド(JeM)の武装集団が襲撃し、多くの兵士が殺害された。このウリー襲撃事件以来、印パ関係は悪化した。そのおよそ1週間後、このテロ攻撃の報復としてインド陸軍はパーキスターン領に侵入してJeMの拠点を破壊した。いわゆる「サージカル・ストライク」である。このときの様子が映画化されたのが「Uri: The Surgical Strike」(2019年)だ。
ウリー襲撃事件の後に印パ間で大きな事件が起こったのは2019年だった。2月14日にジャンムー&カシュミール州プルワーマーで中央予備警察隊(CRPF)の乗った車列がテロ攻撃を受け、40名の隊員が殺害された。このときもインドは即座に報復に出た。2月26日にインド空軍がパーキスターン領空に侵入し、バーラーコートにあるテロリストの拠点を爆撃したとされている。さらに、2月27日にはパーキスターン空軍がインド領空に侵入し、インド空軍の戦闘機とドッグファイトを繰り広げた。このときインド空軍の戦闘機が1機撃墜され、パイロットのアヴィナンダン・ヴァルタマーン空軍中佐が捕虜になった。しかしながら彼はインドの外交努力によって3月1日に釈放されインドに帰還した。
2019年のこのプルワーマー襲撃事件、バーラーコート空爆、そして印パ両空軍によるドッグファイトは、ヒンディー語映画「Fighter」(2024年)でまず映画化された。それに続いて2024年3月1日に公開されたテルグ語とヒンディー語の二言語製作映画「Operation Valentine」も同じくこれらの事件を題材にしている。テルグ語映画としては初の空戦映画とされている。鑑賞したのはヒンディー語版の方だ。
監督は新人のシャクティ・プラタープ・スィン・ハーダー。主演はチランジーヴィの甥で「Fidaa」(2017年)などで知られるテルグ語映画俳優ヴァルン・テージと、「Samrat Prithviraj」(2022年)や「The Great Indian Family」(2023年)などのヒンディー語映画に出演歴のある元ミス・ワールドのマーヌシー・チッラル。他に、ナヴディープ、パレーシュ・パーフジャー、ルーハーニー・シャルマー、ヴァイバヴ・タトワーワーディーなどが出演している。
アルジュン・デーヴ空軍中佐(ヴァルン・テージ)、コードネーム「ルドラ」は敏腕のパイロットだったが、過去に高度20mで飛行して敵のレーダーをかいくぐる「オペレーション・ヴァジラ」でミスをし、同僚のカビール空軍中佐(ナヴディープ)を失ったトラウマから解放されていなかった。以来、彼はパイロットとしての任務を解かれ、地上で仕事をしていた。アルジュンは管制官のアーハナー・ギル空軍中佐(マーヌシー・チッラル)、コードネーム「エヴァ」と結婚していた。
グワーリヤル空軍基地に配属になったアルジュンは、同僚のヤシュ・シャルマー空軍少佐(パレーシュ・パーフジャー)、コードネーム「アンヴィル」と共にカシュミール上空をテスト飛行していたが、そのときにプルワーマー襲撃事件が起こる。国境の向こうの上空ではバクティヤール・カーン空軍大佐(ヴァイバヴ・タトワーワーディー)、コードネーム「シャーヒーン」の乗る戦闘機が威嚇をしていた。アルジュンはシャーヒーンに攻撃しようとしたが、上官の制止により思い止まった。
プルワーマー襲撃事件の報復としてインド空軍は密かに作戦を練っていた。アルジュン、ヤシュ、そしてヤシュが片思いするターニヤー・シャルマー空軍少佐(ルーハーニー・シャルマー)、コードネーム「ハマー」はこの作戦の一員となり、パーキスターン領空に侵入してテロリストの拠点を爆撃した。シャーヒーン率いるパーキスターン空軍が追撃してきて、対空ミサイルからも狙われるが、アルジュンたちの編隊は無事にインドに帰還した。
その後、ヤシュとターニヤーがカシュミール上空をパトロールしていたところ、パーキスターン空軍の編隊がインド側に向かって飛んできていた。アルジュンを含めたインド空軍の戦闘機がスクランブル発進し、ヤシュたちを後援する。ところがパーキスターン空軍の狙いは別にあった。爆撃機を中心とした別の編隊がジャワーハル・トンネルを目指して飛行中だった。ヤシュの乗った戦闘機は撃墜されたが、アルジュンは「オペレーション・ヴァジラ」を再始動させ、高度20mで飛行して爆撃機に近づき、見事に撃墜した。
一時はアルジュンの乗った戦闘機がレーダーから消え、アーハナーは涙を流すが、すぐに通信が回復し、アルジュンが現れる。彼は無事にインドに帰還した。心配したヤシュも生存しており、パーキスターンで捕虜になったものの、すぐに返還された。
昨今、インドで急に戦闘機映画が作られるようになったが、これは明らかに大ヒットしたハリウッド映画「トップガン マーヴェリック」(2022年)の影響であろう。この「Operation Valentine」もインド空軍の協力を得て作られており、一部は本物の戦闘機の映像が使われていたように見えた。しかしながら、チープなCGでお茶を濁している場面も散見され、限界が見えた。戦闘機映画はどうしても金字塔の「トップガン マーヴェリック」と比較されてしまうが、残念ながらこの「Operation Valentine」には、「トップガン マーヴェリック」はおろか、少し前に公開された「Fighter」を超えるような迫力のある映像が見出されない。
また、運が悪いことにストーリーが「Fighter」とかなりかぶってしまっていた。どちらも実際に起きた事件をもとにしているので、似るのは仕方ない。ただ、そうなると、リティク・ローシャンやディーピカー・パードゥコーンといったヒンディー語映画界のトップスターを起用した「Fighter」の方が圧倒的に有利だ。ヴァルン・テージにとって本作がヒンディー語映画デビュー作となったが、リティクを超えるスターパワーがあるとは思えない。また、ヒロインのマーヌシー・チッラルにしても、若手の有望株ではあるが、まだ確立された女優ではなく、力不足であった。
監督の力量不足も感じた。急に静かになるシーンがあったり、時間軸の往き来が下手だったりと、いまいち物語に入り込みにくかった。アルジュンとアーハナーの関係も掘り下げが足りなかったし、一番の見せ場であるドッグファイトシーンも、何が起こっているのか分かりにくかった。空中戦を分かりやすく上手に撮るのには、監督にある程度の経験と才能が必要になることがよく分かる。
バーラーコート空爆の成果については実は疑問が呈されている。インド側は効果的にテロリストの拠点を破壊したと主張しているが、パーキスターン側はインド空軍が爆撃した場所には何もなかったと主張している。もちろん「Operation Valentine」はインド側の主張を全面的に支持する内容になっていた。また、その後にパーキスターン空軍が行った報復攻撃についても、冷静に分析すると、インド側に被害が多かった。戦闘機が1機撃墜され、パイロットが捕虜になったことは映画でも再現されていた。しかしながら、パーキスターン空軍がジャワーハル・トンネルを目標にしていたというストーリーが加えられており、それを阻止したということで、無理矢理にインド空軍が成果を上げたことにされていた。総じて、2019年に起こった一連の事件をインド側に都合のいいように塗り固める意図を感じる映画であった。
ちなみにジャワーハル・トンネルとは、ジャンムー地方とカシュミール地方を結ぶ全長2.85kmのトンネルだ。このトンネルを抜けるとカシュミール地方になるため、トンネルの入口では厳しい検問が行われている。映画で述べられていた通り、もしパーキスターンの思惑通りにこのトンネルが破壊されたとしたら、カシュミール地方はインドの他の地域からほぼ孤立してしまい、カシュミール全域の領有を狙うパーキスターン側にとって非常に有利な状況が作り出される。
昨今、ヒンディー語映画界では特に、与党インド人民党(BJP)やナレーンドラ・モーディー首相への支持を隠さないプロパガンダ映画が盛んに作られているとの指摘がなされている。テルグ語とヒンディー語のハイブリッドであるこの「Operation Valentine」もそのひとつに数えられる。バーラーコート空爆をインド側の主張で再現することは、結果的にBJPやモーディー首相を擁護することになる。また、映画の中にはモーディー首相らしき人物が登場し、プルワーマー襲撃事件に対する報復をパーキスターンに行ったことを声高らかに宣言するシーンなどがあった。
パーキスターンへの報復攻撃をする際、「インドは(非暴力で有名な)マハートマー・ガーンディーの国だけではなく、(武力蜂起を目指した)スバーシュチャンドラ・ボースの国でもあることを思い知らせてやる」というセリフがあり、印象に残った。
「Operation Valentine」は、「Fighter」に続く戦闘機映画であり、テルグ語とヒンディー語の二言語で製作された汎インド映画だ。しかしながらその映像は「トップガン マーヴェリック」はもちろんのこと、先に公開された「Fighter」にも劣り、スターパワーも不足している上に、監督が新人ということで未熟さが散見され、結果的に期待したような出来になっていない。興行的にも失敗している。無理して観る必要のある映画ではない。