1993年7月2日公開の「Maya Memsaab」は、19世紀のフランス人小説家ギュスターヴ・フローベール作「ボヴァリー夫人」(1856年)を原作にした映画である。「ボヴァリー夫人」は19世紀フランス文学の名作に数えられるが、内容が官能的だったために裁判沙汰になった曰く付きの小説である。
監督は「Bhavni Bhavai」(1980年)のケータン・メヘター。キャストは、ディーパー・サーヒー、ファールーク・シェーク、ラージ・バッバル、シャールク・カーン、パレーシュ・ラーワル、シュリーヴァッラブ・ヴャース、デーヴェーン・ボージャーニー、ラグビール・ヤーダヴ、オーム・プリーなどである。
父親と二人で邸宅に暮らしていたマーヤー(ディーパー・サーヒー)は、父親の怪我をきっかけに、医師のチャールー・ダース(ファールーク・シェーク)と出会う。父親は、賢く美しい娘の結婚相手に困っていた。マーヤーがチャールーと仲良くなったのを見て、彼は二人を結婚させる。
チャールーとマーヤーの間にはチャーヤーという娘が生まれたが、チャールーは仕事に忙しく、マーヤーはチャールーとの結婚生活に退屈を覚え始める。マーヤーはルドラ(ラージ・バッバル)という王族の男性と出会い、不倫をするようになる。さらにそれだけでは飽き足らず、マーヤーはラリト(シャールク・カーン)という若者とも不倫関係になる。
チャールーの母親が死去し、マーヤーは多額の遺産を管理する立場になる。マーヤーは散財するようになり、やがて商人のラーラー(パレーシュ・ラーワル)に多額の借金を負うようになる。ラーラーは返済の見込みがないと見て、マーヤーの邸宅や持ち物を差し押さえ、オークションに掛けようとする。マーヤーはルドラやラリトに借金の肩代わりをお願いするが、聞き入れられなかった。
自殺を考えたマーヤーは、薬局にあった薬を飲み干す。その薬には不思議な力があり、マーヤーは姿を消してしまった。
ケータン・メヘターは1970年代から80年代にかけて盛り上がったパラレル映画運動に乗って世に出た監督の一人である。「Maya Memsaab」もメインストリームの娯楽映画とは一線を画した文学的な作品だ。奔放かつミステリアスな女性マーヤーが突然いなくなった事件の真相に迫る中で、マーヤーの過去が掘り起こされていく構成になっている。時間軸が激しく前後するため、筋を追うのに根気が要る。不倫をサラリと描写していることもあって、当時としてはかなり際どい部類に入るであろうシーンもいくつかあり、冒険的な映画だったことがうかがわれる。
とはいってもマーヤーは典型的な「悪女」だ。裕福で学があり美しいが精神的に不安定で、愛に飢えている。出会う男性たちを片っ端から籠絡させ、見境なく浪費し、挙げ句の果てに不倫相手にも助けてもらえずに自殺をしてしまう。マーヤーに感情移入できる人はいないのではなかろうか。決して女性の自立を後押しするような映画ではない。
「Maya Memsaab」が特別な作品になっているのは、映画デビュー間もないシャールク・カーンが端役で出演しているからだ。まだまだ駆け出しの俳優だった頃のシャールクを見ることができるが、既に彼のトレードマークになっている話し方やジェスチャーなどが観察できて面白い。いかにケータン・メヘター監督の作品だとはいえ、シャールクの起用がなければ、もっと歴史の闇に埋もれた作品になっていたことだろう。
当時の格付けからいえば、主演のディーパー・サーヒーや、チャールー役のファールーク・シェーク、ルドラ役のラージ・バッバルなどの方が大物だった。他に、パレーシュ・ラーワルやオーム・プリーなどの姿も見ることができるが、何と言っても狂人役を演じたラグビール・ヤーダヴの郷愁ある歌声が叙情を何倍にも増幅させていた。ラグビールは個性派俳優であるが歌手としても一流である。
映画はヒマーチャル・プラデーシュ州の州都シムラーなどで撮影されていた。山岳地帯の美しい光景が、浮世離れしたマーヤーを引き立たせていた。
「Maya Memsaab」は、名監督ケータン・メヘターの作品であり、それ以上に若かりし頃のシャールク・カーンが端役で出演している映画として記録されている。フランス文学を原作にしているため、ストーリーにインドらしさは希薄であるが、1990年代の映画としてはかなり冒険をした作品だといえるだろう。