Adipurush

2.5
Adipurush
「Adipurush」

 コロナ禍においてインドの映画界に起こった大きな変化のひとつといえば、南インド映画の「汎インド映画」化であった。「Pushpa: The Rise」(2021年/邦題:プシュパ 覚醒)、「RRR」(2022年/邦題:RRR)、「K.G.F: Chapter 2」(2022年/邦題:K.G.F: Chapter 2)などの南インド映画がインド全土で大ヒットし、これまで「インド映画の代表」を自負してきたヒンディー語映画の覇権を脅かした。だが、ヒンディー語映画は転んでもただでは起きない強かさも持ち合わせており、南インド映画の人気を貪欲に取り込んで商機につなげようという動きも目立つようになった。例えば、サルマーン・カーン主演のヒンディー語映画「Kisi Ka Bhai Kisi Ki Jaan」(2023年)では「RRR」の主演ラーム・チャランにカメオ出演してもらっていた。

 現在の南インド映画の快進撃を先導したのが「Baahubali: The Beginning」(2015年/邦題:バーフバリ 伝説誕生)と「Baahubali 2: The Conclusion」(2017年/邦題:バーフバリ 王の凱旋)の二部作であった。その主演プラバースにもヒンディー語映画界から声が掛かり、彼の主演作が作られることになった。プラバースは以前、ヒンディー語映画「Action Jackson」(2014年)にカメオ出演したことがあったが、このときはほとんど話題にならなかった。つまり、彼は一度、ヒンディー語映画進出に失敗している。だが、「Baahubali」シリーズの全国ヒットを経た後の今は状況は全く異なる。カメオ出演ではなく、彼が主演のヒンディー語映画なのだ。しかもこのプロジェクトはインドの二大叙事詩「ラーマーヤナ」の映画化であり、プラバースが演じるのは主人公ラーマ王子である。ヒンドゥー教至上主義を掲げるインド人民党(BJP)が中央で長期政権を担う中、ヒンドゥー教徒たちの最大の聖典のひとつともいえる「ラーマーヤナ」の映画化は、とても勇気の要るプロジェクトだ。50億ルピー以上の製作費を掛けて作られた、2023年の大きな話題作であった。

 映画の題名は「Adipurush」。「最初の人間」という意味であり、ラーマ王子のことを指している。ただし、ラーマ王子の愛称としては一般的ではない。一般的なのは「マリヤーダー・プルショーッタマ(規範を守る最高の人間)」などだ。映画は2023年6月16日に公開された。ヒンディー語版とテルグ語版が同時製作・同時公開され、タミル語版、カンナダ語版、マラヤーラム語の吹替版も作られた。鑑賞したのはヒンディー語版である。

 監督はオーム・ラウト。前作「Tanhaji」(2020年)を当てたため、白羽の矢が立ったと思われる。しかしながら、「Tanhaji」はコロナ禍の初年、コロナ禍が本格化する前に公開されて一定の興行成績を上げ、その後新作映画の公開が途絶えてしまったために、その年の最大のヒット作ということになってしまった訳ありの作品だ。ラウト監督にはまだあまりキャリアもなく、嫌な予感もあった。

 さらに、「Adipurush」のティーザーが公開されると、使用されているCGのチープさに悲鳴が上がった。監督からは、本編ではより洗練されたCGになるとの説明もあったが、蓋を開けてみれば大して改善はなかった。確かに全編にわたってCGが使われ、その費用だけでも膨大なものになったと思われるが、肝心なところでケチってしまったと思われる。CGのクオリティーに関して松竹梅のプランがある中で梅プランを選んでしまったようだ。

 主演プラバースの相手役を務めるのは、現在のヒンディー語映画界でもっとも安定した実力と人気を誇るクリティ・サノン。彼女はスィーター役を演じる。悪役ラーヴァナを演じるのはサイフ・アリー・カーン。ラウト監督の前作「Tanhaji」でも悪役を務めた。他に、サニー・スィン、デーヴダッタ・ナーゲー、ヴァトサル・セート、ソーナール・チャウハーン、スィッダーント・カールニク、テージャスウィニー・パンディトなどが出演している。はっきりいって、プラバース、クリティ、サイフ以外はギャラが安そうな俳優たちばかりだ。

 ちなみに、ラウト監督は日印合作のアニメ映画「ラーマーヤナ ラーマ王子伝説」(1993年)を観て「ラーマーヤナ」の映画化を着想したといわれている。この映画のプロデューサーである酒向雄豪氏にはインドや日本で何度かお会いしたことがあり、このアニメ映画製作に当たっての苦労話を聞かせていただいた。酒向氏の情熱がこうした形でまだインド本国に影響を与え続けていることは、日本人としては誇らしいことである。

 3時間の映画であるが、「ラーマーヤナ」の全てを凝縮することには敢えて挑戦しておらず、ラーヴァナがスィーターを誘拐するあたりから物語が始まり、ラーマ王子がスィーターを救出したところで物語が終わる。「ラーマーヤナ」は一般的に7巻構成とされているが、「Adipurush」は第3巻「アランニャカンダ(森林編)」から始まり、第6巻「ユッダカンダ(戦争編)」で終わっているといえる。

 また、理由は不明であるものの、主要な登場人物の呼称が一般的なものではない。例えば主人公のラーマ(プラバース)は「ラーガヴ」と呼ばれ、弟のラクシュマナ(サニー・スィン)は「シェーシュ」と呼ばれる。スィーター(クリティ・サノン)は一度も「スィーター」と呼ばれず、一貫して「ジャーナキー」と呼ばれている。ハヌマーン(デーヴダッタ・ナーゲー)は「バジュラング」である。「ラーマーヤナ」初心者は注意が必要だ。

 ただし、ほぼそのままの呼称の登場人物も少なくない。ラーヴァナ(サイフ・アリー・カーン)は「ラーヴァン」、ヴィビーシャナ(スィッダーント・カールニク)は「ヴィビーシャン」、シュールパナカー(テージャスウィニー・パンディト)は「シュールパンカー」など、悪役側は単にヒンディー語読みしただけになっている。

 「Adipurush」は、「ラーマーヤナ」を実写にCGを織り交ぜて描出したらどうなるかというアイデアのみの作品だ。多少の脚色はあったものの、大局に影響を及ぼすレベルのものではなく、インド人が知っている「ラーマーヤナ」のストーリーをほぼ忠実になぞっていく。「ラーマーヤナ」について全く前知識のない観客への配慮は皆無であり、既に「ラーマーヤナ」を知っている人向けの映画だ。「Baahubali」シリーズでバーフバリ役を演じたプラバースがラーマ王子をどのように演じるかを楽しみ、ハヌマーンのいつも通りの大活躍に胸を躍らせるためにある。

 前述の通り、CGはお粗末だ。一世代前のTVゲームを思わせるCGで、そのデザインも「ラーマーヤナ」というよりは何かのファンタジーゲームから抜き出してきたかのようである。特にランカー島の住人であるラークシャサ(羅刹)たちや、ランカー島の建物のデザインは、「ラーマーヤナ」について個人的に抱いている世界観とは相容れないものだった。3D映画なので、もしかしたらIMAXシアターで鑑賞したら印象は変わるかもしれない。だが、それでも多大な期待はできないような出来である。

 もっとも批判を浴びているのは、ラーヴァナの10の顔のデザインだ。ラーヴァナは10の顔を持っているとされ、一般的には10の顔が横一列に並ぶ。だが、「Adipurush」では10の顔を5つずつ2段に並べるという斬新な表現方法を提示した。しかも、顔同士が相談するようなシーンも用意されていた。これはこれで面白い表現だと思ったが、横並びの顔に慣れているインド人観客には違和感が強かったようである。

 どうしてもCGに批判が集まってしまうが、演技についても疑問符が付く。まず、映画全体を通して台詞が少ない。主に映像でストーリーが進んでいく。これ自体は悪いことではなく、むしろ映画としては高等なテクニックだ。ただ、プラバースのヒンディー語での演技が棒読みすぎて、それを目立たなくするためにこれだけ台詞を最小限に抑えたのではないかと疑いたくなる。もちろん、テルグ語版ではまた印象が変わる可能性もある。

 サイフ・アリー・カーン、クリティ・サノン、デーヴダッタ・ナーゲーなどの演技は良かったが、サニー・スィン、ヴァトサル・セート、スィッダーント・カールニクなどはインパクト不足だった。こういう脇役までスター俳優を揃えることができればもっと豪華な映画になったと思うのだが、プラバース、サイフ、クリティのギャラとCGで製作費が底を尽きてしまったのであろうか。

 音楽監督はアジャイ・アトゥルなど。音楽もこの映画の弱点だ。「ラーマーヤナ」らしい曲の数々ではあったが、新しさが感じられなかった。

 もし「ラーマーヤナ」のストーリーに脚色が許されるならば、ラーヴァナの弟ヴィビーシャナをいじることができたのではないかと思う。ヴィビーシャナはラーヴァナ側にいながら兄の行為に疑問を感じ、ラーマ王子側に寝返る。「Adipurush」でも当然のことながらそのシーンは用意されており、ランカー島に精通した彼のおかげでランカー島攻略が容易になった。だが、ヴィビーシャナが実はラーヴァナが送り込んだスパイだった、という展開にもつなげることができた。実際、それを匂わせる場面があるのだが、羅刹がヴィビーシャナに変装していただけだった。やはり「ラーマーヤナ」を勝手に脚色する勇気はなかったのだろう。

 「Adipurush」は、「Baahubali」シリーズで全インド的に知られることになったプラバースが汎インド映画スターとしての地位を完全に固めるため、「ラーマーヤナ」の主人公ラーマ王子役を演じ、ヒンディー語とテルグ語で同時製作された野心作に出演したことが最大の見所の映画だ。しかし、プラバースのヒンディー語での演技にはパワーがなく、しかもチープなCGが全編にわたって映画を盛り下げ、2023年を代表する大失敗作になってしまった。南インド映画のスターが自身のテリトリーを飛び出てヒンディー語映画界で成功するのはこれまでとても困難だったが、プラバースにとってもそのジンクスを破るのは難しそうだ。「ラーマーヤナ」を知っている人向けの映画である点も注意しなければならない。