ベンガル人作家シャラトチャンドラ・チャットーパーディヤーイの恋愛小説「Devdas」(1917年)はこの100年間、インド人にもっとも愛されてきた恋愛物語であり、ヒンディー語映画のみに限っても、今まで何度も映画化されてきた。サンジャイ・リーラー・バンサーリー監督、シャールク・カーン、アイシュワリヤー・ラーイ、マードゥリー・ディークシト主演の「Devdas」(2002年)がもっとも有名であるが、KLサイガル、ジャムナー・バルワー、TRラージクマーリー主演の「Devdas」(1936年)や、ディリープ・クマール、スチトラー・セーン、ヴァイジャヤンティマーラー主演の「Devdas」(1955年)もヒンディー語映画史に名作として刻み込まれている。アヌラーグ・カシヤプ監督の「Dev. D」(2009年)も現代的な翻案として評価が高い。
ヒンディー語映画界において「Devdas」映画化の潮流はまだまだ終わらないようだ。2018年4月27日に公開されたスディール・ミシュラー監督の「Daas Dev」は、「Devdas」をベースにした最新のヒンディー語映画になる。題名は「Devdas」をひっくり返したものになっている。ちなみに「Dev」は「神」、「Das/Daas」は「奴隷」という意味である。ただし、この映画がユニークなのは、「Devdas」の主要人物3人を政治劇の中に当てはめていることだ。必ずしも「Devdas」通りの展開ではないが、この新鮮な挑戦は歓迎したい。
デーヴダースにあたるデーヴ役は「Ugly」(2014年)などのラーフル・バット、パーロー役は「Gangs of Wasseypur Part 1」(2012年)などのリチャー・チャッダー、チャンドラムキーにあたるチャーンドニー役は「Padmaavat」(2018年/邦題:パドマーワト 女神誕生)などのアディティ・ラーオ・ハイダリーである。他に、サウラブ・シュクラー、ヴィピン・シャルマー、アヌラーグ・カシヤプ、ダリープ・ターヒル、ヴィニート・クマール・スィン、ディープラージ・ラーナーなどが出演している。
1997年、ウッタル・プラデーシュ州ジャハーナー。人民福祉党の有力政治家ヴィシャンバル・プラタープ・チャウハーン(アヌラーグ・カシヤプ)がヘリコプター事故で死亡した。ヴィシャンバルの弟アワデーシュ(サウラブ・シュクラー)は兄の後を継いで州首相になった。また、ヴィシャンバルの息子デーヴ(ラーフル・バット)を我が子のように育てた。ヴィシャンバルの腹心ナヴァル・スィンはアワデーシュと反りが合わず、党も抜けたが、農民たちのために活動を続けていた。ナヴァルはヴィシャンバルのすぐ隣に住んでいた。デーヴとナヴァルの娘パーロー(リチャー・チャッダー)は幼馴染みだった。 それから20年後。デーヴとパーローはデリーで付き合っていたが、デーヴが酒と麻薬に溺れ、借金漬けになっていたこともあり、パーローはデーヴを見限ってジャハーナーに帰り、父親と共に農民たちを支援して回っていた。デーヴは借金取りに拉致されるが、アワデーシュと親しい実業家シュリーカーント・サハーイ(ダリープ・ターヒル)が彼を助ける。シュリーカーントの部下で、色気を使って政治家や商売相手を籠絡させる役割を担うチャーンドニー・メヘラー(アディティ・ラーオ・ハイダリー)は、デーヴが麻薬中毒から抜けられるように手助けする。チャーンドニーはデーヴに片思いをしていた。 アワデーシュは心臓発作を起こして入院していた。チャーンドニーからそれを聞いたデーヴはジャハーナーに戻る。彼は政治の世界に入り、迫力のある演説で農民たちの心を勝ち取って、若き政治家の卵として人気になる。それを見ていたパーローも彼を見直し、再び二人は関係を持つようになる。 全てがうまく行っているように思われたが、ナヴァルのライバルで、人民福祉党の政治家プラブナート・スィン(ディープラージ・ラーナー)が農民たちを惨殺する事件を起こす。アワデーシュは党の危機だと感じて心臓発作の再発を演じ、病院に雲隠れする。プラブナートも地下に潜る。代わりにナヴァルが逮捕され、遺体で見つかる。この突然の出来事にショックを受けたパーローはデーヴと縁を切り、人民福祉党のライバル政党である全民福祉党の政治家ラーマーシュライ・シュクラー(ヴィピン・シャルマー)と結婚する。 デーヴはプラブナートの家まで行って彼を殺そうとするが、プラブナートは、ヴィシャンバルが死んだ事故は単なる事故ではなくアワデーシュが仕組んだものだと明かす。動揺したデーヴはアワデーシュに詰め寄るが彼は否定する。ラーマーシュライとパーローは記者会見を開き、ヴィシャンバルはアワデーシュに殺されたと発表する。それがきっかけで、実はヴィシャンバルの妻スシーラー・デーヴィーとアワデーシュが出来ていたということも発覚する。スシーラーは自殺未遂をする。 ラーマーシュライは甥のミラン(ヴィニート・クマール・シュクラー)を使ってパーローを殺そうとするが、逆にミランが殺されてしまう。パーローは重傷を負うものの自分で病院まで辿り着く。アワデーシュはミランをダムに呼びつけ、真実を明かす。ダムの建設こそがヴィシャンバルとアワデーシュを仲違いさせた原因だったが、実はダム推進派はヴィシャンバルの方だった。ラーマーシュライと結託して農民を騙し、ダムを建設してマージンを手に入れようとしていたのである。それを知ったアワデーシュはラーマーシュライやシュリーカーントと結託してヴィシャンバルを暗殺したのだった。憤ったデーヴはラーマーシュライやアワデーシュを射殺する。また、チャーンドニーもシュリーカーントを毒殺する。 ジャハーナーを支配したチャウハーン家にはデーヴしか残らなかった。だが、1年後、デーヴは政治から足を洗っていた。
原作「Devdas」のストーリーを一言で表すと、デーヴとパーローは相思相愛ながら結ばれないということになる。「Devdas」の現代サイケデリック版といえる「Dev. D」ですら、デーヴとパーローを結ばせることはなかった。ところがこの「Daas Dev」では、デーヴとパーローが結ばれることを仄めかす最後になっていた。それだけでなく、ウッタル・プラデーシュ州の地方都市で繰り広げられる仁義なき政治闘争の中に「Devdas」の3人を配置し、原作の制約から逃れて自由なストーリーを展開していた。ただ、人間関係が非常に複雑であり、一度観ただけではパッと理解できないだろう。
デーヴとパーローが隣同士の幼馴染みであること、そしてデーヴの家の方がパーローの家よりも上の立場にあったことは原作と同じ設定であるが、それ以外はほとんど原作から外れていた。デーヴは故郷ジャハーナーを出てデリーに住んでいたが、パーローもデリーにおり、二人は離れ離れになっていなかった。デーヴはパーローに振られる前から酒や麻薬に溺れた自堕落な生活を送っており、借金漬けにもなっていた。原作ではタワーイフだったチャンドラムキーは、「Daas Dev」においてチャーンドニーという名前になっており、実業家シュリーカーントお抱えの高級エスコートガールのような仕事をしていた。また、この映画のナレーションを務めるのもチャーンドニーであった。
おそらく監督がこの映画でもっとも実現したかったのは、デーヴ、パーロー、チャーンドニーの3人を最後に解放したことである。原作ではデーヴは死に、パーローは婚家に閉じ込められ、チャンドラムキーはデーヴを見送らなければならなかった。だが、「Daas Dev」では、デーヴは死なず、政治から足を洗ってアイデンティティーを消しただけだった。そしてパーローは行方不明になったデーヴと1年後に再会する。チャーンドニーについては、ナレーターであるにも関わらず自分のその後を詳しく語っていなかったが、シュリーカーントから解放されたことで、自由に生きているのだと思われる。
ロマンス映画というよりは重厚な政治ドラマであったが、不満に感じたのは人が死にすぎることだ。デーヴは助かったものの、それ以外の登場人物はほとんど死に絶えてしまう。血で血を洗う政治闘争を描いた映画であることは理解しているが、人があまりに死にすぎる脚本は最上ではないと感じる。
主要キャラを演じたラーフル・バット、リチャー・チャッダー、アディティ・ラーオ・ハイダリーは素晴らしかったし、脇から三人を支えたサウラブ・シュクラー、ヴィピン・シャルマー、ダリープ・ターヒルなどの演技も良かった。本業は映画監督のアヌラーグ・カシヤプはカメオ出演扱いであったが、迫力ある演説シーンを披露していたりしてインパクトがあった。
「Daas Dev」は、インド人に愛されて止まない恋愛小説「Devdas」を翻案した最新の映画である。ただ、ストレートな映画化ではなく、政治ドラマに「Devdas」の主要キャラ3人を埋め込み、原作を想起させながらより自由度の高い物語が展開されている。人間関係が複雑すぎて筋を追うのが難しいのだが、面白い挑戦をしている作品であった。