2023年3月30日公開の「Bholaa」は、タミル語映画「Kaithi」(2019年/邦題:囚人ディリ)のヒンディー語リメイクである。アジャイ・デーヴガンがプロデューサー、監督、主演を務めている。アジャイが監督をするのは、「U Me Aur Hum」(2008年)、「Shivaay」(2016年)、「Runway 34」(2022年)に続き4作目だ。
キャストは、タブー、アマラー・ポール、サンジャイ・ミシュラー、ディーパク・ドーブリヤール、キラン・クマール、ガジラージ・ラーオ、ヴィニート・クマール、マカランド・デーシュパーンデーイなどである。ラーイー・ラクシュミーがアイテムソング「Paan Dukaniya」でアイテムガール出演している他、サプライズとしてアビシェーク・バッチャンがカメオ出演している。
ウッタル・プラデーシュ州警察のダイアナ・ジョゼフ警視(タブー)はスィッカー・ギャング内の内通者ラウナクから得た情報をもとに、末端価格100億ルピー相当のコカインを押収し、ラールガンジ署の地下に隠した。スィッカー・ギャングのボス、ニターリー(ヴィニート・クマール)も逮捕されていた。ニターリーの弟アシュワターマー(ディーパク・ドーブリヤール)はコカインの在処を特定し、手下を連れて自ら取り返しに行く。そのとき、ダイアナ警視はジャヤント・マリク警視監(キラン・クマール)の退職パーティーに参加していた。アシュワターマーと内通していたディープ・スィンは飲み物に薬物を混ぜ、パーティーに出席した警察官を昏睡状態に陥れる。だが、ダイアナ警視は飲んでおらず、一人無事だった。ダイアナ警視は倒れた警察官を一刻も早く病院に連れて行かなければならなかった。会場にトラックはあったが、運転手がいなかった。ダイアナ警視が辺りを見回すと、パトロールカーに手錠でつながれた男がいた。彼は刑務所から10年振りに釈放されたばかりで、名前をボーラー(アジャイ・デーヴガン)といった。彼はトラックを運転することができた。ダイアナ警視はボーラーにトラックを運転させ、倒れた警察官を病院に運ぶ。だが、ディープもその中に紛れ込んでおり、ギャングに逐一情報を横流ししていた。 ダイアナ警視は、ラールガンジ署に保管したコカインが危ないと直感し、署に連絡をして、防備を固めさせる。ところが署にいた警察官たちは逃げてしまい、後に残されたのは、その日赴任したばかりの老警察官アンガド・ヤーダヴ(サンジャイ・ミシュラー)と数人の大学生だけだった。アンガドは大学生たちの協力を得て署の戸締まりをし、襲撃に備えた。一時アシュワターマーの侵入を許すものの、アンガドたちは力を合わせて彼を拘束する。チェータンという名の大学生が一人殺されてしまうが、怒ったアンガドは容赦なくアシュワターマーを殺す。 一方、ボーラーの運転するトラックもギャングの仲間たちから襲撃を受ける。実はボーラーは一騎当千の戦士で、ギャングたちを一網打尽にする。看護婦とはムクテーシュワルで待ち合わせをし、倒れた警察官を託す。このとき、ギャングの一人ブーラーがやって来てボーラーに襲い掛かる。ディープの奇襲もあってボーラーは一時倒れるが、すぐに復活し、誘拐されそうになっていたダイアナ警視を助けて、ラールガンジ署へ向かう。 地下の抜け道から署に入ったボーラーは、アンガドや大学生たちを救出する。また、ダイアナ警視は地下に保管してあったコカインに火を付けて燃やす。ボーラーは押収品の中にガトリングガンを見つけ、それを使って署を取り囲んだギャングたちを全滅させる。 その後、ボーラーは、チョームー・スィン(アビシェーク・バッチャン)に殺された亡き妻スワラー(アマラー・ポール)との間にできた娘ジョーティと初めて会う。
タミル語映画の原作をほぼ忠実にリメイクしており、南インド映画色の強いダークなアクション映画になっていた。原作でもそうだったが、米映画「マッドマックス 怒りのデスロード」(2015年)を思わせる疾走感あるトラックのチェイスシーンと、閉塞感のあるラールガンジ署での籠城戦が交互に映し出され、異なるスリルを同時に味わえるのが売りになっている。ヒンディー語リメイクが新たに加えた要素といえば、題名の「Bholaa」にもある通り、シヴァ神のモチーフを入れたことだ。「ボーラー」とは主人公の名前であると同時にシヴァ神の別名でもある。終盤に、ボーラーがシヴァ神のトリシュール(三叉の槍)を持って敵を次々になぎ倒す無双シーンがある。
映画の主軸になるのは、ダイアナ警視による100億円相当のコカイン押収である。これがウッタル・プラデーシュ州の裏社会を牛耳るスィッカー・ギャングを激怒させ、警察とギャングの抗争が始まる。刑務所から出所したばかりのボーラーはたまたま居合わせた場所が悪く、その抗争に巻き込まれてしまっただけであった。だが、かつて彼も極道に身を置いており、今でも無敵の強さを誇った。アジャイ・デーヴガンは、自分で監督をしながら、主演としての演技も見事にこなしていた。
「Kaithi」と同じく「Bholaa」も最初からシリーズ物として作られており、ボーラーの過去についても部分的にしか明らかになっていない。分かっているのは、彼にスワーラーという妻がいたこと、妻はチョームー・スィンというライバルギャングに殺されたこと、二人の間にジョーティという娘が生まれたが、ボーラーは刑務所に入れられたため、ジョーティは孤児院に入れられていたこと、出所したボーラーはジョーティに会いに行く途中だったことなどである。ボーラーは不死身といえるほど滅法強く、しかも過去に影のあるダークヒーローだが、彼にジョーティという可愛らしい娘の存在を追加することで、ボーラーの人間的な一面を表現するのに成功していた。
原作の忠実なリメイクであるため、原作にあった弱点もそのまま引き継いでいた。前述の通り、この映画の売りは、疾走感と閉塞感という異なるスリルを同時並行的に提示している点にあるが、実はトラックはずっと走行し続けているわけではなく、途中で何度か停止する。急いでいる割には停止している時間が長いのだ。もしトラックが常に走行する中でストーリーが進んでいくようなことがあれば、さらにスリルのある映画になっていたと思われる。
「Kaithi」では男優ナーラーインが演じていた正義感あふれる警察官を、「Bholaa」では女優タブーが演じていた。タブーは「Drishyam」(2015年)での女性警官役がはまっていたため、似たような役をオファーされたのだろうと思う。任務遂行に邁進する有能な警察官ではあるが、ボーラーと同じく、悲しい過去を抱えた人物でもあり、二人がお互いの傷をなめ合うシーンも用意されていた。
ヒンディー語映画界切っての曲者俳優ディーパク・ドーブリヤールは、今回エキセントリックな悪役を演じ、彼の潜在性が引き出されていた。ディーパクと、先輩曲者俳優サンジャイ・ミシュラーとの共演もこの映画の大きな見所だ。
ちなみに、「Kaithi」では主人公ディリがビリヤーニーをむさぼり食うシーンが印象的だったが、「Bholaa」の主人公ボーラーは代わりにタンドゥーリーチキンに食らいついていた。
「Bholaa」は、アジャイ・デーヴガンがタミル語映画「Kaithi」のリメイク権を買った上で、自ら金を出し、自ら監督し、自ら主演を務めて作ったダークアクション映画である。基本的には原作と同じだが、見比べてみるのも面白いだろう。興行的には成功している。観て損はない映画だ。