Kaun

3.5
Kaun
「Kaun」

 1999年2月26日公開の「Kaun(誰)」は、「インドのクエンティン・タランティーノ」と呼ばれたラーム・ゴーパール・ヴァルマー監督が時代を先取って送り出したサイコスリラー映画である。歌と踊りは一切なく、スリルを生み出すことに全力集中した実験的な映画だ。後に「ヒンディー語映画界の風雲児」と呼ばれるようになるアヌラーグ・カシヤプが脚本を書いている。この映画は日本でも2002年に「ストーミー・ナイト」という邦題と共に劇場一般公開された。2023年4月24日に観賞してこのレビューを書いている。

 主演はウルミラー・マートーンドカル。当時のウルミラーは、ヴァルマー監督の「Rangeela」(1995年)や「Daud」(1997年)などを経て人気絶頂期にあった。相手役を務めるのはマノージ・バージペーイー。ネットリと薄気味悪い演技をしており、曲者俳優の名をほしいままにしている。それに加えてスシャーント・スィンが出演しているが、主な登場人物はこの3人のみである。この点も非常に実験的だ。また、登場人物の名前が明かされないのもユニークである。

 ある嵐の夜、一人で留守番する女性(ウルミラー・マートーンドカル)の家に、一人の男性(マノージ・バージペーイー)が訪ねて来る。その男性はドア越しに「マロートラーさんはいますか」と問いかけてくるが、そこはグプターさんの家だった。しかも、その男性は追い払ってもしつこく玄関前に居座り、何度も呼び鈴を鳴らす。折しも連続殺人事件が世間を賑わせており、女性は余計に心配する。

 だが、広い家に一人で留守番していて元から心細かった彼女は、家の中に誰かがいるという錯覚に襲われ、つい怖がって外にいる男性を家に招き入れてしまう。その男性は家に入った途端、我が物顔で居座ってしまう。彼女はますますその男性が連続殺人犯だとの疑いを強める。

 そのとき停電があり、その後、女性は可愛がっていた猫が殺されているのを見つける。男性の仕業だと考え、彼女は家から逃げ出すが、玄関先には別の男性が立っていた。その男性は警察だと名乗り、銃を元から居座っていた男性に向ける。だが、彼も警官ではなく、泥棒だった。二人の男性の間で喧嘩が起き、警官を名乗った男性が刺されて倒れる。女性は悲鳴を上げて逃げ出すが、元からいた男性が彼女を追って上階に行くと、そこで別の男性の遺体を発見する。それは「マロートラーさん」だった。

 つまり、TVで報道されていた連続殺人犯は実はその女性だった。その家も彼女のものではなかった。二人の男性は次々に女性に殺され、また別の餌食が家を訪れるのだった。

 ほぼ密室の住宅の中で撮影されており、登場人物も3人のみ、ほとんど予算が掛かっていない作品である。だが、ウルミラー演じる女性の前に、連続殺人犯と疑わしき2人の男性が立ちはだかり、どちらがどうなのかが分からない中、非常にスリルのある展開が続く。残念なのは、終盤のどんでん返しに伏線や論理的整合性がなかったことである。ラーム・ゴーパール・ヴァルマーやアヌラーグ・カシヤプの癖を知っているので、映画開始当初から薄々、ウルミラーが連続殺人犯なんだろうなと予想していたが、その通りになった。そこまでの持って行き方が巧みであれば何も文句がなかったのだが、唐突に彼女を真犯人にして突き放している感があり、脚本に緻密さが足りなかったと感じた。それでも、1999年という時代にこのような映画が作られたことは賞賛に値する。21世紀のヒンディー語映画を予告するような作品である。

 最小限のキャストで構成された映画では、一人一人の俳優に比重が掛かる。まずはやはりウルミラー・マートーンドカルの映画であった。初期の恐怖に身を震わせる悲劇のヒロインから、結末でサイコキラーに転じるまで、従来のヒロイン女優の枠を遥かに超えた鬼気迫る演技を見せていた。ただ者ではない女優である。それに対するのが曲者俳優マノージ・バージペーイーである。しつこく呼び鈴を鳴らし女性に迷惑を掛ける気持ち悪い男性を演じていたが、最終的には哀れな被害者に転落する。かっこいい場面が全くないような役をマノージは嬉々として演じていた。この二人をスシャーント・スィンの渋い存在感が支えていた。

 ウルミラーが実は真犯人だったという結末に持って行くためには、前半にもう少し丁寧に伏線を張り巡らせる必要があっただろう。家中に亡霊が立っているような幻覚を見たり、誰かの気配に怯えたりと、前半は完全に被害者面をしていたし、マノージが訪れたときも単に怖がっていただけだった。もし彼女がサイコキラーならば、マノージが来た瞬間に、ビクビク怯えるのではなく、速攻で餌食にしなければならないだろう。観客に手の内を見せないようにタネを隠し続けたが故に、論理的に破綻した映画に映ってしまっていた。

 また、中盤で猫が殺されるのだが、猫を誰が殺したのかは不明のままだった。ウルミラー自身が殺したという可能性もあるし、猫嫌いのマノージが殺したとも解釈できるし、ちょうどその直後に現れたスシャーントの仕業だとすることもできる。すっきりしない部分である。

 「Kaun」は、21世紀に隆盛したマルチプレックス映画の先駆けのような実験的サイコスリラー映画である。ヒンディー語映画界にホラー映画のトレンドを作り出した「Raaz」(2002年)よりも古い。新しすぎて興行的には成功しなかったようだが、映画ファンの間ではカルト的な人気があるという。観て損はない作品である。