Tigers

3.5
Tigers
「Tigers」

 2017年3月4日から日本で劇場一般公開された「汚れたミルク あるセールスマンの告発」は、国際的な食品メーカーであるネスレ社が販売する粉ミルクによる健康被害を告発した映画である。原題は「Tigers」であり、プレミア上映は2014年9月8日にトロント国際映画祭で行われた。監督は「ノー・マンズ・ランド」(2001年)、「美しき運命の傷痕」(2005年)、「鉄くず拾いの物語」(2013年)などで有名なユーゴスラビア人映画監督ダニス・タノヴィッチであり、また、映画の主な舞台はパーキスターンであるが、キャストの大半はインド人俳優であり、映画の国籍もインドになる。また、プロデューサー陣の中にはアヌラーグ・カシヤプやグニート・モーンガーなど、ヒンディー語映画界の重鎮の名前も見える。インドでは劇場一般公開されておらず、2018年にZee5で配信されただけである。

 主演はイムラーン・ハーシュミー。他に、ギーターンジャリ・ターパー、アーディル・フサイン、サティヤディープ・ミシュラー、スプリヤー・パータク、ヴィノード・ナーグパール、マリアム・ダボなどが出演している。

 下記のあらすじの中で「ラスタ社」として出て来るのはネスレ社のことである。基本的にこの映画は実話に基づいているが、会社名は伏せられている形だ。ただし、完全に伏せられているわけではなく、ネスレ社の実名も出て来る。全体的には、ネスレ社を告発する映画を製作する過程を映した映画という体裁を取っていて、その中でスタッフの間で会社の実名を出すかどうか議論が行われ、そこでネスレ社の名前が言及されるのである。ただ、結局実名は出さないという決定が下され、回想シーンでは全て「ラスタ社」になっている。

 時は1994年、場所はパーキスターンの田舎町。ザイナブ(ギーターンジャリ・ターパー)と結婚したばかりだったアヤーン(イムラーン・ハーシュミー)は、薬品セールスマンで培った経験を武器にして多国籍企業ラスタ社に就職し、粉ミルクを販売することになる。アヤーンは小児科医の間に人脈を広げ、ラスタ社の粉ミルクの販売網を拡大する。上司ビラール(アーディル・フサイン)もアヤーンの目覚ましい業績に喜び、彼を重宝する。

 アヤーンは親しくなった小児科医ファイズ(サティヤディープ・ミシュラー)から、ラスタ社の粉ミルクがパーキスターンの乳児に栄養失調を起こしていると警告する。パーキスターンの貧困層は汚染された水を使って粉ミルクを作り、乳児に飲ませており、それが病気を引き起こしていた。それを知ったアヤーンはラスタ社の職を辞し、粉ミルクの販売を止めさせる活動を始める。

 アヤーンはビラールから脅迫を受けるようになる。ファイズと相談してアヤーンはNGOのマギー(マリアム・ダボ)と接触する。マギーはアヤーンが集めた証拠を使ってネスレ社を告発することにするが、アヤーンとその家族の命が危険にさらされる可能性があった。家族は故郷に戻し、アヤーンは単身ドイツに飛んだ。そこでプロデューサーと共にドキュメンタリー映画の製作を始める。しかし、アヤーンがネスレ社と交渉をしているテープが出回り、当てにしていたドイツのTV局はプロジェクトから降りてしまう。

 アヤーンはカナダのトロントに移り、映画の公開を待ち続けた。だが、なかなか公開されなかった。2007年になってようやく彼は家族をトロントに呼び寄せることができた。

 乳幼児を母乳で育てるべきか粉ミルクで育てるべきかという議論は日本でも昔からあるが、清潔な水が手に入らない地域では、粉ミルクが多くの乳幼児の命を奪っているという現状を、この映画を観て初めて知った。ネスレ社をはじめとした粉ミルク製造会社は、発展途上国において粉ミルクを販売する際にそのような問題が起こり得ることを知っていながら、利潤の追求を優先してきた。その問題を、ドキュメンタリー映画で取り上げることもできただろうが、ダニス・タノヴィッチ監督は敢えてそうせず、ドキュメンタリー映画のエッセンスを盛りこんだフィクション映画にまとめ上げた。ただ、パーキスターンなどでの粉ミルクの販売は依然として続いており、パーキスターン人元社員の告発も不発で終わってしまっているという、何とも消化不良なエンディングだった。この映画が何か変化をもたらすことがあったのだろうか。

 このようにドキュメンタリー映画とフィクション映画を足して2で割ったような作りになったのは、おそらく告発した人間の証言にも不明瞭な点があったからだと思われる。例えばネスレ社に入社するには大卒以上の資格が必要だったが、主人公は大学中退だった。告発映画の監督は、彼が学歴詐称をしたのではないかと疑う。また、告発者がネスレ社を脅迫し金銭を脅し取ろうとしていた可能性も指摘されている。このような疑問点も全てさらけ出してストーリーにしていた。非常にスマートなやり方だと感じた。

 ヒンディー語映画の俳優で、主演作には共演女優とのキスシーンが必ずあることから「連続キス魔」の異名を持つイムラーン・ハーシュミーにとって、国際的な映画への出演はこれが初だ。英語の台詞も多かったが、流暢にこなしていたし、落ち着いた演技もできていた。浮いたイメージのある俳優だったが、この映画でもっと幅広い役を演じることができる俳優であることを証明したといっていいだろう。

 主人公アヤーンの妻ザイナブを演じたギーターンジャリ・ターパーは「Liar’s Dice」(2014年)で一躍注目を集めた女優である。多国籍企業を相手取って戦おうとする夫を健気に支える妻役を力強く演じていた。アヤーンを脅迫する怖い上司ビラールを演じたアーディル・フサインも非常に良かった。監督はユーゴスラビア人だが、インド人俳優の才能をよく引き出せていたと感じた。

 また、マギー役を演じたマリアム・ダボは英国人女優であり、「007 リビング・デイライツ」(1987年)でボンドガールを演じたことで有名だ。タノヴィッチ監督の過去作「美しき運命の傷痕」にも出演しており、その縁で今回も起用されたのだろう。

 さすがにダンスシーンはなかったが、ヒンディー語の歌詞が載ったBGMがいくつか使われていた。音楽監督はヒンディー語映画界で活躍するプリータムである。哀しげなメロディーが映画を盛り上げていた。

 「Tigers」は、ユーゴスラビア人監督がインド人俳優を多数起用して撮った映画であり、ネスレ社の告発を目的としている。ドキュメンタリー映画とフィクション映画のエッセンスを巧みに混ぜ合わせて、もっとも効果的にメッセージを観客に届けようと努力していた。観て損はない作品である。