Always Pyaar with DJ Mohabbat

4.0
Always Pyaar with DJ Mohabbat
「Always Pyaar with DJ Mohabbat」

 2023年2月3日公開の「Always Pyaar with DJ Mohabbat」は、鬼才アヌラーグ・カシヤプ監督の最新作である。彼の出世作「Dev. D」(2009年)は相当アバンギャルドな作品だったが、この「Always Pyaar with DJ Mohabbat」はそれに匹敵するくらいの作品かもしれない。ヒンディー語映画の新たな地平を切り拓いてきた監督だが、未だに斬新な映画を作り続けられるエネルギーを持っていることに驚かされる。

 主演は、新人のカラン・メヘターと注目の若手女優アラーヤーF。この二人がそれぞれ二役を演じている。また、脇役としてヴィッキー・カウシャルが出演している。音楽はアミト・トリヴェーディーである。

 ロンドン在住のインド人ハルミート(カラン・メヘター)は駆け出しのDJだった。ロンドンを拠点とする有名DJ、DJモハッバト(ヴィッキー・カウシャル)の大ファンで、ディスコで音楽を鳴らしていた。ある日ハルミートは、音楽仲間のサプナーからアーイシャー(アラーヤーF)という女性を紹介される。アーイシャーはハルミートの追っかけだった。だが、ハルミートはあまり女性に興味がなく、音楽に没頭していた。アーイシャーは何とか彼の気を引こうとし、ある晩、テキーラをがぶ飲みして酔っ払う。ハルミートは彼女を介抱しながら自分の家に連れて行く。そうしたらアーイシャーは彼の家に住み着いてしまった。実はアーイシャーの父親はロンドン在住パーキスターン人有力者で、警察を動かし、ハルミートをレイプの容疑で逮捕させる。しかもアーイシャーは未成年だった。ハルミートは問答無用で刑務所に入れられ、そこで3年過ごす。アーイシャーは成人し、レイプの被害届を撤回する。釈放されたハルミートをアーイシャーは待っていたが、彼は彼女を拒絶する。ショックを受けたアーイシャーは自暴自棄になって自動車を運転し、事故に遭って死亡する。そのニュースを知ったハルミートは、DJモハッバトがDJをするディスコへ行く。

 ヒマーチャル・プラデーシュ州ダウハウジーに住むイスラーム教徒青年ヤクーブ(カラン・メヘター)は、海賊版DVDを売って父親の手伝いをしていた。近所にはヒンドゥー教徒の名士スーリー一家が住んでおり、そこの娘アムリター(アラーヤーF)にヤクーブは一方的に恋をしていた。アムリターはDJモハッバトの大ファンだった。DJモハッバトがホーリー祭のときにヒマーチャル・プラデーシュ州でシークレットライブをすると知り、アムリターは何としてでもライブに参加しようとする。アムリターの父親や兄たちは彼女を部屋に閉じ込めるが、ヤクーブは未明の内に難なく彼女を連れ出す。スーリー一家はアムリターが消えたことで警察を動員して捜索し出す。二人はチャンバーまで逃げ、留守宅に忍び込んで潜伏する。だが、大事になったことでアムリターは反省し、ヤクーブと別れて出頭する。アムリターの兄たちはヤクーブを許さず、バスでチャンディーガルに逃げようとしていたヤクーブを撃ち殺す。

 所変わってロンドン。DJモハッバトのライブでハルミートとアムリターは顔を合わす。

 2000年代以降に生まれたデジタル・ネイティブ世代のことを「Z世代」と呼ぶが、「Always Pyaar with DJ Mohabbat」でカラン・メヘターとアラーヤーFが演じたハルミート、ヤクーブ、アーイシャー、アムリターの4人の言動からはZ世代臭がプンプンした。おそらくアヌラーグ・カシヤプ監督はこの映画でZ世代を全面的に受け入れ、彼らの生態を解き明かそうとしている。今までのインド映画にありがちだった定型的な展開や反応がない上に、Z世代が使いこなすTikTok(映画の中ではTingTong)やポッドキャストが前面に押し出されている。ストーリー構成も独創的で、カシヤプ監督らしい、一筋縄ではいかない作品に仕上がっている。

 ロンドンのエピソードでは、ハルミートは音楽一筋の駆け出しのDJだ。彼のファンを自称するアーイシャーが必死にアプローチしても、彼の眼中にあるのは音楽だけで、彼女には見向きもしない。関心のある事柄に没頭する態度や、女性に対するそっけない反応は、インド映画的ではないが、非常にリアルに感じた。しかもアーイシャーは力尽くで彼の家に上がり込み、彼のガールフレンドを自称するようになる。こういうガッツのある恋愛をする女性キャラが今までいなかったわけでもないが、その描写の仕方に新しさを感じる。

 また、ダルハウジーのエピソードでは、アムリターはDJモハッバトのシークレットライブに行きたいがために、後先考えずにヤクーブとこっそり家出する。二人は何日も共に過ごすが、そこに身体的な情欲は全く見られない。ヤクーブが純朴すぎたのかもしれないが、まるで男女ではないかのようである。

 しかしながら、周囲はそんなZ世代の新しい価値観など意に介さない。彼らは古い価値観で判断を下そうとする。ロンドンのエピソードでは、アーイシャーが強引にハルミートの家に住み着いてしまったのだが、彼女の父親はそれを未成年に対するレイプだとしてハルミートを逮捕させる。ダウハウジーのエピソードでは、DJモハッバトのライブに行きたいアムリターをヤクーブが軽い気持ちで連れ出すが、彼女の家族は一家の名誉を汚されたと憤り、ヤクーブを射殺する。

 2010年代の映画では、例えば「Bajrangi Bhaijaan」(2015年/邦題:バジュランギおじさんと、小さな迷子)や「Secret Superstar」(2017年/邦題:シークレット・スーパースター)など、YouTubeを思わせる動画投稿サイトが重要な小道具として使われていた。だが、時代は流れ、Z世代はYouTubeよりもTikTokの方に親しんでいる。その変化を敏感に反映し、「Always Pyaar with DJ Mohabbat」ではヤクーブとアムリターがTikTokに似た動画投稿アプリを使ってジョーク動画を投稿しており、やはりストーリー進行に深く関わる小道具になっていた。

 ただ、少なくとも映画の中では、Z世代は自然にZ世代になったわけではないように感じる。Z世代の覚醒を促しているのはDJモハッバトだ。DJモハッバトは、ストーリーの合間に現れては、愛に関して哲学的かつ謎かけ的な小話をリスナーに聞かせる。愛は自分の外ではなく自分の中に探せ、愛は「私」ではなく「君」にある、など、次々に格言を繰り出す。もちろん、彼の言葉はストーリーの理解に役立つものになっている。また、彼の存在は、ロンドンのエピソードとダウハウジーのエピソードをつなぐ橋にもなっていた。ハルミートとアムリターはDJモハッバトの大ファンで、彼らがそれぞれアーイシャーとヤクーブを失った後、DJモハッバトのライブで顔を合わせることになる。そのまま後半が始まりそうであったが、映画はそこで終幕となる。

 DJモハッバト以外に2つのエピソードをつなぐ鍵となりそうなのが、チャンバーでヤクーブとアムリターが勝手に住み始めた家の本当の主である老夫婦の存在だ。彼らの息子はドイツに行ったきり帰って来なくなってしまい、老夫婦はそれを嘆いていた。ヤクーブの外見は彼らの息子ハルミンダルにそっくりとのことだった。もしかしたら老夫婦の孫がハルミートなのかもしれない。だが、そのつながりははっきりとは明らかにされていなかった。

 映画開始当初は、カラン・メヘターとアラーヤーFが一人二役し、全く別々のストーリーが同時並行的に進むため、これらをどういう風に結びつけていいのか戸惑う。途中から、これらは同時代・同時期のエピソードであることが分かるのだが、その最初の時間帯はアヌラーグ・カシヤプ監督が観客の注意を引きつけるためにわざと仕組んだのだろう。

 本作でデビューしたカラン・メヘターについてはあまり情報がないが、ドイツ生まれで、父親は映画監督のようだ。最初は弱々しい演技が多かったのでパッとしなかったが、刑務所に入ってたくましくなったハルミートのところで一気にオーラが出た。カシヤプ監督が認めたのなら、将来性のある俳優であろう。ヒロインのアラーヤーFはまだ数本しか出演作がないが既に次世代を担う女優の一人として注目を浴びており、今回も優れた演技を見せていた。DJモハッバトを演じたヴィッキー・カウシャルはおいしいところを持っていった感じだ。

 アヌラーグ・カシヤプ監督は「Dev. D」で一気に知名度を上げたが、その音楽を担当したアミト・トリヴェーディーも株を上げた。「Dev. D」は映画も斬新だったが音楽も斬新で、ヒンディー語映画史に残る出来だった。「Always Pyaar with DJ Mohabbat」の音楽もアミト・トリヴェーディーが担当しているが、「Dev. D」の再来のような自由な音楽になっており、とてもいい。今、彼に勝る音楽監督はヒンディー語映画界にはいないかもしれない。

 「Always Pyaar with DJ Mohabbat」は、アヌラーグ・カシヤプ監督らしい、玄人向けの凝った作品だ。一応ロマンス映画に分類されることになるだろうが、Z世代の新しい価値観にもとづいて進む新たな恋愛の姿を捉えている上に、構成も斬新で、哲学的ですらある。カシヤプ映画のファンなら絶対に外せない作品である。