インドのディストリビューターの間では、「イードの週にはアクション映画、ディーワーリーの週にはコメディー映画」というのがヒットの方程式になっているらしい。ディーワーリー週の2009年10月16日公開作の一本でコメディー映画の「All the Best: Fun Begins…」が、大予算映画「Blue」に勝るとも劣らない前評判を得ている理由のひとつはそれかもしれない。監督はローヒト・シェッティー。「Golmaal」(2006年)や「Golmaal Returns」(2008年)で有名になった映画監督である。これら2作のコメディー映画は、インド人観客には大いに受け、大ヒットとなったのだが、作りが雑で、僕は必ずしも高く評価していなかった。よって、「All the Best: Fun Begins」にも期待はし過ぎていなかった。また、主演のアジャイ・デーヴガンがプロデューサーも兼任しているが、彼のプロデュース・監督作品も今のところパッとしない。いい意味で期待を裏切って欲しいと思い、「Blue」に続いてこの映画を鑑賞した。
監督:ローヒト・シェッティー
制作:アジャイ・デーヴガン
音楽:プリータム
歌詞:クマール
振付:ボスコ=シーザー、ラージュー・カーン
衣装:アンナ・スィン、シャヒード・アーミル、ナヴィーン・シェッティー、ヴィクラム・パドニス、ラーキー・パレーク
出演:サンジャイ・ダット、アジャイ・デーヴガン、ファルディーン・カーン、ビパーシャー・バス、ムグダー・ゴードセー、ジョニー・リーヴァル、アスラーニー、ムケーシュ・ティワーリー、サンジャイ・ミシュラーなど
備考:サティヤム・シネプレックス・ネループレイスで鑑賞。
ゴア在住のヴィール(ファルディーン・カーン)は、親友のプレーム(アジャイ・デーヴガン)ら友人たちと音楽活動をしていたが、その資金は異母兄弟で大富豪のダラム・カプール(サンジャイ・ダット)から毎月秘書チャウターラー(ムケーシュ・ティワーリー)を通して送られて来る仕送りに依存していた。ヴィールにはヴィディヤー(ムグダー・ゴードセー)という恋人がいたのだが、兄には結婚していると嘘を付いていた。ダラムは結婚した弟のために仕送りを倍増させていたが、このアイデア自体、プレームのものであった。ダラムは仕事が忙しくて滅多にゴアに来ない。2人の結婚式にも出席できず、ヴィディヤーの顔すら見たことがなかった。だからこそ、簡単に騙すことができたのだった。
一方プレームは、死んだ父親から相続したジムを経営する傍ら、最速の自動車作りに没頭していた。プレームはジャーンヴィー(ビパーシャー・バス)と結婚していた。プレームもダラムからヴィールへ送られて来る仕送りのおこぼれに預かっていた。
ある日、プレームとヴィールは一獲千金を狙って、プレームが作ったスーパーカーに乗ってカーレースに出場する。エントリー料として50万ルピーが必要だったが、唖の高利貸しトーブー(ジョニー・リーヴァル)から借りて工面した。秘密兵器スーパーブーストで楽勝かと思ったが、威力が凄すぎて自動車が分解してしまい、レースに負けてしまう。さらに悪いことに、トーブーがプレームを信用し切ってしまい、彼の勝利に50万ルピーを賭けていた。トーブーは、貸した50万ルピーと負けた50万ルピー、合計100万ルピーの返済をプレームとヴィールに求めた。二人は猶予をもらってとりあえず逃げ帰る。
プレームは、ヴィールの住む豪邸を貸家にすることを思い付く。テナントとして見つけて来たのは、宝くじに大当たりして乞食から大富豪に成り上がったラグナンダンダース・ゴーヴァルダンダース・ヴィーカーワーレー、通称RGV(サンジャイ・ミシュラー)であった。とりあえず手付け金として25万ルピーを手に入れる。RGVは早速荷物を持って家に来る予定であった。ヴィールは引っ越しの準備を始める。
そのとき突然電話が鳴る。ダラムからであった。ダラムは、アフリカのレソト王国へ行く途中、飛行機の故障により、偶然ゴアの空港に来ていた。ダラムはヴィールとヴィディヤーを空港に呼んだ。だが、運の悪いことにヴィディヤーは出掛けていた。彼女は携帯電話を家に忘れており、連絡も付かなかった。仕方なくヴィールはプレームを連れて空港へ向かう。ヴィディヤーが来ていないことを知ったダラムは、二人の結婚式に出席しなかったから怒っているのだと思い込む。また、ダラムは口先の軽いプレームを気に入っていなかった。
ヴィールとプレームは、すぐにダラムが飛び立ってしまうと思っていたが、そのときレソト行きの飛行機の出発が4時間遅れになるとアナウンスされた。時間に余裕のできたダラムはヴィールの家に行くと言い出す。ヴィールの家に着くと、そこには偶然ジャーンヴィーがいた。ダラムは彼女をヴィディヤーだと思い込む。ヴィールもそういうことにしておく。予想外の展開にプレームはショックを受けるが、何とか流れに合わせる。さらにそこへRGVやトーブーの手下など、ダラムに会わせたらやばい人物が次々と訪れて来る。何とか4時間の間ダラムを騙し通すため、ヴィール、プレーム、ジャーンヴィーは外に連れ出す。だが、外出先のTVで、レソト王国でクーデターが起き、同国への渡航が禁止されたとのニュースが放送される。ダラムのゴア滞在はさらに長引きそうであった。
一旦家に帰った四人であったが、そこへヴィディヤーが帰って来てしまう。プレームらは嘘の上塗りをし、ヴィディヤーをプレームの妻ジャーンヴィー、ジャーンヴィーをヴィールの妻ヴィディヤーと言うことにする。四人のことをよく知っているチャウターラーが現れてまたも嘘がばれそうになるが、彼らはチャウターラーの方が頭がおかしいということにし、彼を追い返す。また、高利貸しのトーブーには、RGVから巻き上げた25万ルピーを支払った他、ダラムの身に付けていた時価25万ルピーのロレックスの時計や、レソトの国王への贈答品などを小出しにして行って借金を返済して行く。
そんなドタバタ劇を繰り広げている内に、ジャーンヴィーが妊娠していることが分かる。ダラムは、ヴィールの妻ヴィディヤーが妊娠したと思い込み、大喜びする。だが、それを見てヴィールは兄に真実を打ち明けるべきだと考える。そのとき、レソト王国への空の便が再開されたとのニュースが入り、ダラムはゴアを去ることになる。ヴィールは兄に打ち明ける機会を失ってしまった。
ところが、トーブー、ヴィディヤーの父親(アスラーニー)、RGVなどが次々と家に押しかけて来たせいで、カーレースで大負けしたこと、邸宅を貸家にしたこと、ヴィディヤーはジャーンヴィーでジャーンヴィーはヴィディヤーであることなど、今まで付いていた嘘がダラムにばれてしまう。そしてその全ての嘘の根源はプレームであった。しかし、何者かがしきりに発砲して来るため、ダラムはまともにプレームを追いかけられなかった。一体発砲して来るのは誰か?まず現れたのはレソト王国の姫(ビパーシャー・バス)であった。実はダラムと姫はできており、姫はダラムの子供を身ごもっていた。ダラムがレソト王国へ向かっていたのも、仕事のためではなく、このためであった。そしてしきりに銃弾を撃ちかけて来ていたのは、姫を追いかけて来ていたレソト王国の刺客たちであった。刺客たちはダラムに、姫と結婚すれば許すと言う。ダラムはそれを受け容れる。レソト王国の刺客たちはダラムと姫を「オール・ザ・ベスト」と祝福する。
「Golmaal」シリーズそのままのハチャメチャ・コメディー。邸宅を主な舞台にして進行するそのスタイルは、第1作「Golmaal」と似ていた。だが、作りの荒さもそのままで、お世辞にも上質のコメディー映画とは言えない。笑えるシーンは多いが、見終わった後に満足感の残るような映画ではない。
脚本には穴だらけで、それらをいちいち指摘するようなことはしない。ヒンディー語のB級コメディー映画によくある、コメディーシーンをつぎはぎして行って無理矢理一本の映画にまとめたような作品であった。漫画でたとえるならば、4コマ漫画をいくつも並べて漠然としたストーリーを仕立て上げたような映画である。
それでも、アクションやダンスなど、映画を豪華に飾り立てることには成功していた。家中心の展開ながら、所々にド派手な演出のアクションシーンやダンスシーンが挿入されるため、地味にならずに済んでいた。カーレースのシーンは「Blue」よりも迫力があったし、アジャイ・デーヴガンが自動車を反転させてビパーシャー・バスに花を渡すシーンはアイデアそのものに驚いた。
アジャイ・デーヴガンはアクション映画のイメージが強く、必ずしもコメディー向けの俳優ではないと思うのだが、「Golmaal」の成功に味をしめてか、コミックロールにも好んで手を出すようになっている。ローヒト・シェッティー監督の作る強引なコメディー映画の雰囲気にはよく似合っている。自身がプロデュースする映画の監督に彼を選んだのも、おそらくそれを自分で察知してのことだろう。サンジャイ・ダットも本当はアクション映画が本職なのだが、彼は様々な役を演じることに長けている。コミックロールもお手の物である。ファルディーン・カーンは、アジャイ、サンジャイの前では印象が薄かったが、演技自体は悪くなかった。
ヒロインはビパーシャー・バスとムグダー・ゴードセーの二人。デビュー当初から演技派を目指すビパーシャーにとって「All the Best」は息抜き程度の映画であったが、ムグダーにとっては大きな意味を持っている。「Fashion」(2008年)で、プリヤンカー・チョープラー、カンガナー・ラーナーウトに次ぐ第3のヒロインとして出演しながら、映画のヒットのおかげで注目を集めることになったムグダー・ゴードセーは、今回より重要度の高いロールを与えられている。ヒロイン女優の器ではないと思うが、このまま作品に恵まれればもしかして一足飛びの出世もあるかもしれない。また、ビパーシャー・バスはレソト王国の王女もダブルロールで演じていた。彼女のことをデビュー当初からアフリカ人っぽいと思っていたのだが、それが現実のものとなってしまった。多分それがあったからビパーシャーがキャスティングされたのだろう。
音楽はプリータム。「Rock On!!」(2008年)以来ヒンディー語映画界で流行しているロック調の曲「Dil Kare」がよい。プレームやヴィールのバンドがコンサートで演奏する勇ましい曲である。タイトル曲でオープニングに流れる「All the Best」はカーニバル風の曲で、映像にも金がかかっている。
ゴアが舞台になっていただけあり、大部分はゴアでロケが行われている。ローヒト・シェッティー監督の映画は、ゴアなどの海岸地帯を舞台にしていることが多い。何だかんだ言って、ローヒト・シェッティー監督はヒンディー語映画界の中でも一定の作風が認められる映画監督だと言えるだろう。
「All the Best」は、インド人観客を楽しませるための要素を詰め込んだ娯楽作品であるが、それらの調和はあまり考えられていない。「Golmaal」シリーズの笑いが壺にはまった人や、ひとつひとつのコメディーシーンに反応できる人には勧められるが、一般の日本人には向かないだろう。ヒットの可能性は依然残っている。