「It’s My Life」は、コロナ禍中の2020年11月29日にインドの映画専門TVチャンネル「Zee Cinema」で放映されたヒンディー語映画である。映画の製作が始まったのは2007年で、それから10年以上の歳月を経てようやく日の目を見ることになった。その経緯からTV映画の扱いを受けているが、もちろん元々は映画館で公開するために作られた映画である。
普通に考えたら、映画館で公開できないほどの駄作だったということなのだが、監督やキャストの名前を見ると、鑑賞せずに駄作と切り捨てることができない。なにしろ、ヒンディー語映画界で「コメディーの帝王」と呼ばれるアニース・バーズミーが監督をしているのだ。しかも、当時勢いのあった若手俳優ハルマン・バーウェージャーとジェネリアが主演をしている。これだけで話題性たっぷりだ。
ナーナー・パーテーカルが助演しているのも只事ではない。また、後にコメディー番組の司会として大人気になるカピル・シャルマーまで端役で出演している。彼の映画デビューは一般的には「Kis Kisko Pyaar Karoon」(2015年)とされているが、もしこの「It’s My Life」がつつがなく公開されていたが、こちらが彼のデビュー作になっていたはずだ。また、ベテラン俳優アニル・カプールがナレーションを務めている。アニル・カプールは「No Entry」(2005年)や「Welcome」(2007年)など、アニース・バーズミー監督のヒット作に出演している。その縁でナレーションを引き受けたのだと思われる。
他に、パンチー・ボーラー、シャラト・サクセーナー、アスラーニーなどが出演している。テルグ語映画「Bommarillu」(2006年)のリメイクである。
デリー在住、24歳のアビシェーク・シャルマー(ハルマン・バーウェージャー)は、全てを自分で決めてしまう子離れしない父親スィッダーント(ナーナー・パーテーカル)に悩まされていた。彼は自由を欲しており、家の外では友人たちと父親の悪態も付いていたが、父親の前に出ると何も言えなかった。アビシェーク以外にもシャルマー家の面々は同じ悩みを抱えていた。スィッダーントの妻は天才的な歌声を持っていたが、夫の意向で歌手の道を諦めた。アビシェークの妹は美容に興味があったが、父親の意向でビューティーパーラーを開けずにいた。 スィッダーントは、勝手にアビシェークの結婚相手も決めてしまう。アビシェークは反対できず、お見合いをしたその場でカージャル(パンチー・ボーラー)との婚約することになる。カージャルも父親に絶対服従の女性で、スィッダーントは彼女との結婚生活に光明を見出せなかった。 カージャルとの婚約後、スィッダーントはムスカーン・マートゥル(ジェネリア)という天真爛漫な女性と出会い、恋に落ちる。ムスカーンとデートをするようになり、遂に彼女に愛の告白をする。だが、ムスカーンとの関係がスィッダーントにばれてしまう。スィッダーントは当然のことながらアビシェークとムスカーンの仲を認めないが、アビシェークは7日間ムスカーンと一緒に過ごして決めて欲しいと願い出る。そこでスィッダーントはタイへ家族旅行に行くことにし、ムスカーンを招待する。 タイで共に過ごしている内にムスカーンはシャルマー家の人々の心を勝ち取って行く。ムスカーンの父親(シャラト・サクセーナー)を巡ってアビシェークとムスカーンの間に亀裂が走り、ムスカーンが自らシャルマー家を去って行ったが、スィッダーントは息子の幸せを息子に委ねることを決め、ムスカーンとの結婚を認める。アビシェークは自らカージャルに説明をしに行き、スィッダーントはムスカーンを説得しに行く。こうしてアビシェークとムスカーンも仲直りをし、二人の結婚が決まった。
アニース・バーズミー監督は元々下世話なコメディー映画を得意としており、確かに彼の作風が感じられる映画だった。決して面白くない映画ではない。ただ、やはりお蔵入りしていただけあって、彼の映画にしてはグリップ力が弱く、退屈な時間帯も散在する。また、この映画の面白さは、ほとんどがナーナー・パーテーカルの佇まいと演技力にある。彼が一人でこの作品を何とか観られるレベルのコメディー映画にまで高めているといっても過言ではない。
もう一人功労者を挙げるとしたらジェネリアだ。元々南インド映画界で活躍していた女優で、ヒンディー語映画界では「Jaane Tu… Ya Jaane Na」(2008年)辺りでブレイクした女優だ。しかも、「It’s My Life」の原作「Bommarillu」でヒロインを務めていたのもジェネリア自身である。彼女をヒンディー語映画界で華々しくデビューさせるために作られた映画だったのかもしれない。今まで観た映画の中で、ジェネリアの溢れ出る無尽蔵のエネルギーがもっとも感じられる作品だった。ノンストップで話し続け、誰とでも打ち解け友達になれるコミュ力お化け、そんな設定のムスカーン役を地で演じ切っていた。
それに対してハルマン・バーウェージャーはイマイチだった。彼のデビュー作は「Love Story 2050」(2008年)で、映画の撮影時には若手の成長株という扱いだっただろう。リティク・ローシャンのそっくりさんとして話題になり、しかも踊り方や雰囲気までリティクに似せてきていたのでどうなるかと思ったが、ヒット作に恵まれずに消えてしまった。久しぶりに彼の主演作を観たのだが、改めて彼の大根役者振りを目の当たりにしただけだった。お蔵入りしたのはハルマンに売れる見込みがなかったからなのかもしれない。
2010年代のヒンディー語映画からは、家父長的な父親がほぼ姿を消したのだが、2000年代後半に製作されていた「It’s My Life」には、まだ一家を恐怖で支配する厳格な父親が健在であった。それをナーナー・パーテーカルが見事に演じていたのだが、この辺りに時代の差を強く感じた。もっとも、南インド映画のリメイクなので、どちらかといえば南インド映画との価値観の差が出ているだけかもしれない。
デリーが舞台の映画であったが、実際にデリーでロケが行われており、有名な史跡も背景に登場した。ラール・キラー、インド門、クトゥブ・ミーナールなどである。また、冒頭ではタージ・マハルの映像も使われていた。
「It’s My Life」は、数々のコメディー映画をヒットさせてきたアニース・バーズミー監督の映画だ。2020年にTVで放送されたものの、実際には2000年代後半に公開されて然るべきだった作品で、10年以上お蔵入りになっていた曰く付きの作品である。笑えるシーン、ホロリとするシーンはあるのだが、全体的な完成度は低く、ハルマン・バーウェージャーの大根役者振りも目立つ。だが、ナーナー・パーテーカルとジェネリアの存在が映画を救っている。見所はある映画である。