シャバーナー・アーズミーは不朽の名作「Ankur」(1974年)などで知られるベテラン女優であり、21世紀に入ってからも活発に活動をしている。シャバーナーの父親は進歩主義文学者であり作詞家のカイフィー・アーズミーであり、彼はウッタル・プラデーシュ州アーザムガル県ミジュワーン村のザミーンダール(地主)の家系であった。シャバーナーの母親シャウカトは女優で、「Umrao Jaan」(1981年)の演技で有名だ。カイフィーは故郷ミジュワーン村の発展に尽くしたことで知られる。また、シャバーナーは脚本家・作詞家ジャーヴェード・アクタルの再婚相手で、「Bhaag Milkha Bhaag」(2013年/邦題:ミルカ)などのファルハーン・アクタルや「Zindagi Na Milegi Dobara」(2011年/邦題:人生は二度とない)の監督ゾーヤー・アクタルの継母になる。カイフィー・アーズミーからシャバーナー・アーズミーを介してファルハーン・アクタルなどに連なるこの一家は俗に「アクタル・アーズミー家」と呼ばれており、ヒンディー語映画界を代表する映画一家に数えられている。
なぜアクタル・アーズミー家の説明をしたかというと、2020年8月21日からZee5で配信開始された「Mee Raqsam(私は踊る)」と密接な関係があるからである。まず、監督のバーバー・アーズミーは、シャバーナー・アーズミーの弟にあたる。バーバーは撮影監督として「Mr. India」(1987年)や「Tezaab」(1988年)などに関わってきたが、監督をするのはこの「Mee Raqsam」が初である。この映画にシャバーナー・アーズミーやファルハーン・アクタルなどは出演していないものの、映画の大半がミジュワーン村で撮影されている。カイフィー・アーズミーにとって、ミジュワーンを舞台にした映画を撮ることは夢だったらしい。カイフィーは2002年に亡くなっているが、父親の遺志を息子のバーバーが継ぎ、この映画を完成させた。
キャストは、ナスィールッディーン・シャー、ダーニシュ・フサイン、新人アディティ・スベーディー、シュラッダー・カウル、ラーケーシュ・チャトゥルヴェーディー・オーム、ファッルカ・ジャファル、スディーパー・スィン、カウストゥブ・シュクラー、アナンニャー・プルカーヤスタ、シヴァーンギー・ガウタムなど。
舞台はウッタル・プラデーシュ州アーザムガル県ミジュワーン村。仕立屋サリーム(ダーニシュ・フサイン)と妻サキーナー(アナンニャー・プルカーヤスタ)の間に生まれたマリヤム(アディティ・スベーディー)は、ダンスに関心を持つ少女だった。マリヤムはよく家の屋上でサキーナーと踊りを踊っていた。だが、ある日サキーナーは倒れ、そのまま帰らぬ人になった。 サリームは、娘がダンスに興味を持っていることに気付く。母親の死後、ふさぎ込んでいる彼女を元気づけるため、彼はマリヤムをバラタナーティヤムの学校に入れる。ウマー先生(スディーパー・スィン)はすぐにマリヤムのダンスの才能に気付き、彼女に熱心に教えるようになる。 ところが、イスラーム教徒の女性がヒンドゥー教色の強いダンスであるバラタナーティヤムを習っているとの噂がミジュワーン中に広まる。故サキーナーの母親や姉妹は一家の恥になると主張し、ミジュワーン村のイスラーム教徒の指導的立場にあるハーシム・セート(ナスィールッディーン・シャー)からも止められる。だが、サリームは娘がダンス学校に通うことを止めさせなかった。やがてサリームは近隣のイスラーム教徒たちから村八分に遭う。 ウマー先生はマリヤムをバラタナーティヤムの大会に出場させる。主賓のジャイプラカーシュ(ラーケーシュ・チャトゥルヴェーディー・オーム)はマリヤムやサリームを排除しようとするが、ジャイプラカーシュの娘アンジャリ(シヴァーンギー・ガウタム)の助けもあり、マリヤムは見事なパフォーマンスを見せ、優勝する。
イスラーム教徒の少女がバラタナーティヤムを習い始めるという筋書きの映画だった。バラタナーティヤムはインド古典舞踊の中でもヒンドゥー教との関連性が強く、イスラーム教徒がバラタナーティヤムのダンサーになるというのは珍しいことだ。同じ古典舞踊ならばイスラーム教徒にはカッタクの方が相性がいいと思われるが、そもそもイスラーム教徒の間では「踊りを踊る女性はタワーイフ(芸妓=娼婦)」という固定観念が強く、踊りを踊ること自体が眉をひそめられる。その様子は映画中でも十分に描写されていた。
この映画の難点は、導入を見ただけで大体ストーリーの流れが予想できてしまうことだ。そして映画は予想通りに進む。むしろもっと酷い試練が主人公のマリヤムやその父親サリームを待ち受けていると覚悟していたため、意外にあっさりしていて拍子抜けという感想を持った。それでも、王道の展開はやはり強く、一定の感動は約束されている。
この映画でまず観客の心を打つのは父と娘の絆である。母親が突然死したことでサリームはまだ幼いマリヤムを育てるという重責を一人で担うことになる。だが、彼は決して娘をがんじがらめにしようとせず、むしろ娘のやりたいことを敏感に察知し、娘が言い出す前に彼女をダンス学校に入れようとまでする。そんな優しく気が利く父親に育てられた娘が曲がった人間になるはずもなく、自分の趣味関心であるダンスが父親を窮地に陥らせているのに気付いて、自らダンスから身を引こうとする。だが、父親はどんなに村八分に遭っても娘のダンスを止めさせようとしなかった。父親の決意に娘も心を新たにし、バラタナーティヤムの大会への出場を決める。
バーバー・アーズミー監督が映画とダンスを通して訴えたかったのは、「芸術に宗教はない」ということで、突き詰めればヒンドゥー教とイスラーム教の融和である。インドには「ガンガー・ジャムニー文化」という言葉がある。「ガンジス河とヤムナー河が合流するように、ヒンドゥー教とイスラーム教が融合しインドの文化が形成されている」という考え方で、映画の最後でもこの言葉が使われていた。「河」は別のメタファーでも使われていた。ハーシム・セートが娘のダンス教室通学を止めさせようとしないサリームに、「水滴は一粒ではすぐに蒸発してしまうが、集まって川になれば怖い物はない」という旨の警告をし、イスラーム教徒はイスラーム教徒コミュニティーの中でしか生きていけないということを言っていた。それと「ガンガー・ジャムニー文化」は全く対立する概念だ。もちろん、「Mee Raqsam」が立脚する立場は完全に「ガンガー・ジャムニー文化」の方だ。
昨今、インドではヒンドゥー教至上主義を掲げるインド人民党(BJP)の力が増し、イスラーム教、イスラーム教徒、そしてイスラーム的なものに対して圧力が掛けられている。その圧力は学問や芸術の分野にまで及び始めていると聞く。そのタイミングで送り出された「Mee Raqsam」は、表向きは閉鎖的なイスラーム教徒コミュニティーへの批判色が強かったが、本質的には偏屈なヒンドゥー教徒も含めたより広範な人々に向けた映画だと受け止められる。
マリヤムを演じたアディティ・スベーディーは、実際にミジュワーン村在住の十代少女である。名前から察するにヒンドゥー教徒だ。バラタナーティヤムのダンサーという設定のため、彼女のダンススキルに映画の成否が大きく依存していたが、アディティは堂々と伸びやかに踊りを踊り、見事に演じ切った。
ナスィールッディーン・シャーやダーニシュ・フサインといったベテラン俳優陣が脇を固めて新人女優を支えていたが、その以外のキャストももしかしたらミジュラーン村の住人なのかもしれない。
「Mee Raqsam」は、イスラーム教徒のバラタナーティヤム・ダンサーを通して、インド文化が誇る「ガンガー・ジャムニー文化」を今一度呼び覚まそうとする、シンプルだがメッセージ性の強い映画である。カイフィー・アーズミーが愛したミジュワーン村で撮影が行われている点も特筆すべきだ。意外性や新規性のある映画ではないものの、シンプルな故に心に響くものがある作品である。