インド映画はプロデューサーの力が強く、監督や俳優が本当に自分の作りたい映画を作れるようになるのは、プロデューサーを兼業できるほど経済力が付いたときになる。元ミス・ワールドで、1990年代から2000年代のヒンディー語映画界を代表する女優だったアイシュワリヤー・ラーイも、その美貌ゆえにヒーローを引き立てるヒロイン役で起用されることが多く、本当に自分の演技力を試せるような作品への出演は少なかった。アビシェーク・バッチャンとの結婚および出産を機に一時的に銀幕から遠ざかっていた彼女は、2015年10月9日公開の「Jazbaa(感情)」でカムバックしたが、この映画では彼女が初めて共同プロデューサーを務めている。
監督はサンジャイ・グプター。サンジャイ・ダット主演の硬派な映画をよく作ることで知られている。グプター監督がアイシュワリヤーの出演作を撮ったことは過去になかったはずである。主演はアイシュワリヤー・ラーイ。他に、イルファーン・カーン、シャバーナー・アーズミー、ジャッキー・シュロフ、サラー・アルジュン(子役)、チャンダン・ロイ・サーンニャール、アトゥル・クルカルニー、スィッダーント・カプール、プリヤー・バナルジー、アビマンニュ・スィン、アンクル・ヴィカルなどが出演している。非常に豪華な顔ぶれである。
グプター監督の映画は海外のヒット映画の翻案であることが多いが、この「Jazbaa」もご多分に漏れず、韓国映画「セブンアイズ」(2007年)を原作にしている。
舞台はムンバイー。敏腕弁護士のアヌラーダー・ヴァルマー(アイシュワリヤー・ラーイ)はシングルマザーで、高校に通う娘サナーヤー(サラー・アルジュン)と二人で暮らしていた。アヌラーダーは、ほぼ有罪が確定している犯罪者の弁護を引き受けることで有名で、最近も犯罪者アッバース・ユースフ(アビマンニュ・スィン)の無罪を勝ち取ったところだった。 高校の運動会の日、サナーヤーが何者かに誘拐される。誘拐犯の指示に従い、アヌラーダーは警察の助けを借りずに独力で立ち向かう。誘拐犯は、スィヤー・チャウダリー(プリヤー・バナルジー)という女性を強姦殺人した容疑で逮捕され、ほぼ死刑が確定している常習的な性犯罪者ニヤーズ・シェーク(チャンダン・ロイ・サーンニャール)の弁護をアヌラーダーに命じた。サナーヤーの解放はニヤーズの釈放が条件だった。アヌラーダーはニヤーズの弁護を引き受ける。 アヌラーダーの友人ヨーハン警部補(イルファーン・カーン)は、ムンバイー中の犯罪者から恐れられる警察官だったが、贈収賄の容疑を掛けられ停職中だった。ニヤーズを逮捕したのも彼だった。アヌラーダーはヨーハン警部補の助けを借りてニヤーズの事件を調査し始める。アヌラーダーとヨーハン警部補は、スィヤーの母親ガリーマー(シャバーナー・アーズミー)に会いに行き、生前のスィヤーの様子を聞く。ガリーマーは二人に協力をするが、ニヤーズの新しい弁護士がアヌラーダーであることが分かると態度を硬化させる。また、アヌラーダーはサナーヤーが誘拐されたことをヨーハン警部補に黙っていたが、やがて知られることとなる。ヨーハン警部補はサナーヤー誘拐の犯人を探し出す。 スィヤー殺人の真犯人として浮上したのが、マヘーシュ・マクラーイー州内務大臣(ジャッキー・シュロフ)の息子サム(スィッダーント・カプール)であった。サムは精神病院に入院していたが、アヌラーダーが事情聴取に訪れた直後、彼は引き取られ、行方不明になる。マクラーイー内相はアッバースを雇ってアヌラーダーを殺そうとするが、アヌラーダーは生き残る。 ニヤーズの裁判はほとんどアヌラーダーの負けが確定したようなもので、検察のローニト(アトゥル・クルカルニー)はそつなくニヤーズの有罪を立証してきた。しかし、サムの身柄を保護していたアッバースが、アヌラーダーへの恩義から、彼を法廷に引き連れてくる。サムはスィヤー殺人の現場にいたことを認め、父親と共に逮捕される。同時に、ニヤーズの保釈が決まる。 保釈されたニヤーズは、サナーヤーの誘拐犯ヴィジャイ(アンクル・ヴィカル)によって捕まる。サナーヤーは解放され、無事に保護される。アヌラーダーとヨーハン警部補は、ヴィジャイを操っていたのはガリーマーだったことを突き止める。ガリーマーはニヤーズを自らの手で殺すため、ヴィジャイにサナーヤーを誘拐させ、アヌラーダーを弁護士に立てて保釈を勝ち取らせたのだった。ガリーマーは逮捕されるが、アヌラーダーは彼女の弁護士をすることを決める。
原作の脚本が優れているからだと思うが、あっと驚く結末も用意された、よく構成された映画だった。主演を務めたアイシュワリヤー・ラーイをはじめ、イルファーン・カーン、シャバーナー・アーズミーなどの俳優たちの演技も粒ぞろいであった。また、2012年のデリー集団強姦事件以降、インドにおいて喫緊の課題になっている女性の安全問題を主題として取り上げており、タイムリーな作品でもある。強姦殺人犯を被害者の母親が焼き殺すという最後は、なかなか根絶しない強姦に対するインド人の怒りが込められている。
この映画の面白さの核になっているのは、強姦殺人容疑者ニヤーズの弁護を女性弁護士アヌラーダーが務めることだ。しかもアヌラーダーの娘サナーヤーは何者かに誘拐されており、ニヤーズの弁護を強要されていた。アヌラーダーは、被害者スィヤーの母親から糾弾されつつも弁護を続けなければならない。焦りと葛藤の中でアヌラーダーは時に感情的になるが、頼れる友人ヨーハン警部補の実際的および精神的な助けもあって、サナーヤーを無事に救い出す。アヌラーダーを演じるアイシュワリヤーが、苦悶や嗚咽など、今まで見せたことがないような姿を見せていた。女児を生んで母親となったアイシュワリヤーの女性としての成長も、アヌラーダーの中に投影しようとしていたのだと思われる。アイシュワリヤーは今回、間違いなくキャリアベストの演技をしている。
アイシュワリヤーのこの決意に満ちた演技を支えたのがイルファーン・カーンやシャバーナー・アーズミーといったベテラン俳優たちだった。まず、イルファーンの軽妙な演技が、シリアスなアイシュワリヤーの演技をうまく中和し、映画を必要以上に重くしない効果をもたらしていた。彼が得意とする、ぼやくような台詞回しは、思わずクスッと笑ってしまうものが多く、本当に上手な俳優だと感心させられる。
被害者スィヤーの母親ガリーマーに、往年の名女優シャバーナー・アーズミーを起用したことは、ある意味でそれ自体がネタバレだった。彼女がチョイ役で出演するはずがなく、何らかの重要な役割を担わされていることは、登場シーンから匂わされていた。「Jazbaa」は母親が主題の映画であり、主演アイシュワリヤーが演じるアヌラーダーが第一の母親だが、それに勝るとも劣らない重要な母親役が、シャバーナー演じるガリーマーであった。沈着冷静な表情の裏にマグマのように渦巻く強い感情を隠した彼女の演技は、この映画の成功に大きく貢献している。
他にも、ジャッキー・シュロフ、アトゥル・クルカルニー、チャンダン・ロイ・サーンニャール、アビマンニュ・スィン、アンクル・ヴィカルなど、いい俳優たちが勢揃いしている。アヌラーダーの娘サナーヤーを演じたのは、多くの映画で子役として出演しているサラー・アルジュンであり、子役のキャスティングにもぬかりがない。
アヌラーダーとヨーハン警部補の人間関係については少し混乱した。序盤ではてっきり、ヨーハン警部補はアヌラーダーの元夫かと思っていた。だが、中盤においてアヌラーダーがなぜシングルマザーになったのかを語り出すシーンがあり、そこで初めて、アヌラーダーの元夫は別人であることが分かる。当時米国在住だったアヌラーダーは結婚してサナーヤーを妊娠したが、元夫は男児でなかったために堕胎を強要してきた。アヌラーダーはそれから逃げるために米国を去ってインドに来て、サナーヤーを生んで母子家庭を築いた。ただ、アヌラーダーとヨーハン警部補の間に友情以上の関係性が存在するのも確かで、エンディングでは今後この二人が結ばれる可能性も示唆されていた。
「Jazbaa」は、2010年代に特徴的な、女性中心映画の代表格だ。強姦殺人容疑者を弁護する女性弁護士、自分の娘を強姦殺人した犯人を自ら焼き殺す母親など、強烈な女性キャラが登場し、ぶつかり合う。初めてプロデューサーを務め、主演も担うアイシュワリヤー・ラーイが、母親になって銀幕に復帰した第一段の映画である点も重要だ。韓国映画の公式リメイクではあるものの、現在のインドが抱える問題とも強くリンクしており、観る価値のある映画である。