ヒンディー語映画界の2007年はコメディー映画豊作の年だったが、今年はまだスーパーヒットと言えるコメディー映画が出ていない。本日(2008年4月11日)より公開の「Krazzy 4」は、狂人4人が主人公ということもあり、期待のコメディー映画の一本であった。しかも、「Koi.. Mil Gaya」(2003年)や「Krrish」(2006年)を送り出したローシャン一族のホームプロダクションであり、さらに期待は高まる。
監督:ジャイディープ・セーン
制作:ラーケーシュ・ローシャン
音楽:ラージェーシュ・ローシャン
作詞:ジャーヴェード・アクタル
出演:アルシャド・ワールスィー、イルファーン・カーン、ラージパール・ヤーダヴ、スレーシュ・メーナン、ジューヒー・チャーウラー、ディーヤー・ミルザー、ラジャト・カプール、ザーキル・フサイン、シャールク・カーン(特別出演)、リティク・ローシャン(特別出演)、ラーキー・サーワント(特別出演)
備考:PVRプリヤーで鑑賞。
精神病院「ウィー・ケア」で治療を受ける四人組がいた。ラージャー(アルシャド・ワールスィー)は怒りを制御できずすぐに暴力を振るう癖があり、自ら精神病院に入院していた。ムカルジー(イルファーン・カーン)は極度の潔癖症だった。ガンガーダル(ラージパール・ヤーダヴ)はまだインドが独立していないと思い込んでおり、独立運動に身を投げ出していた。ダッブー(スレーシュ・メーナン)は挙動不審でしゃべることができなかった。
ある日、四人の治療を行っていたドクター・ソーナーリー(ジューヒー・チャーウラー)は、彼らをクリケットの試合観戦に連れて行くことにする。久し振りに精神病院を出た四人は大いに興奮していた。その途中でソーナーリーは自動車を止め、クリニックに書類を取りに行く。だが、そのままソーナーリーは帰って来なかった。立ち小便をしに車から降りていたダッブーは、偶然ソーナーリーが男たちに連れ去られるのを目撃するが、言葉がしゃべれないので仲間に伝えることができなかった。一方、様子を見に外に出たラージャーは、TVで昔の恋人シカー(ディーヤー・ミルザー)が出ているのを目にする。そのまま彼はシカーに会いに行き、彼女の家も訪れるが、父親の前で暴力を振るってしまい、逃げるように出て行く。実は彼は4年前にもカッとなって父親を殴ってしまい、シカーから狂人扱いされたため、そのまま精神病院へ入院したのだった。
いつまで経ってもソーナーリーは戻って来なかった。そこで四人はソーナーリーの夫のRKサーンニャール(ラジャト・カプール)に会いに行く。RKサーンニャールは今度上院議員に選出される見込みの有力政治家であった。だが、実はソーナーリーを誘拐させた張本人はこのサーンニャールであった。
話はこうであった。ラーナーというマフィアのドンが殺人の容疑で逮捕されてしまい、何とかして彼を釈放しようと、悪徳警官シュリーワースタヴ(ザーキル・フサイン)と共に考えた結果、ラーナーに精神障害があると裁判所で証明することになった。裁判所には4人の精神医が呼ばれることになっており、シュリーワースタヴはその内の三人を買収したが、ソーナーリーだけは買収できなかった。そこで彼はソーナーリーを誘拐し、ラーナーを精神患者だと宣言するように強要したのだった。
だが、サーンニャールが黒幕であることを四人組は知ってしまう。シュリーワースタヴは四人を捕まえて殺そうとするが、運良く彼らは脱走に成功する。彼らはソーナーリーを救出しようとするが、彼女の居場所も分からなければ、1ルピーの手持ちもなかった。ラージャーはTV局に勤めるシカーを頼り、相談する。五人はある作戦を立てる。
五人は、パーティーに出席していたサーンニャールを誘拐し、彼に、「ソーナーリーを見つけた者には5,000万ルピーの報酬を支払う」と発言させ、それを録画する。そしてそれをTVで放送した。誘拐したソーナーリーを見張っていた男たちはそれを知ってシュリーワースタヴを裏切り、ソーナーリーをTV局まで連れて行こうとする。だが、その途中でソーナーリーは逃げ出し、ヴィクトリア病院へ向かう。ヴィクトリア病院ではこのとき、ラーナーの精神鑑定が行われることになっていた。四人組も病院に行くが、実はこの病院ではムカルジーの妻が働いていた。妻の協力によって彼らは精神医になりすまし、ソーナーリーと共にラーナーの「精神鑑定」を始める。それはラーナーの精神を崩壊させるような鑑定であった。
その間にシカーはサーンニャールとシュリーワースタヴの悪行をメディアの前で公にする。こうして、4人の「狂人」の活躍により、サーンニャール、シュリーワースタヴ、ラーナーの三人は逮捕されたのであった。
一言で表現すれば、笑いと涙、コメディーと感動の両方が盛り込まれた映画であった。だが、コメディー色を前面に押し出した表向きとは裏腹に、映画の重要なラサ(情感)は「悲哀」であり、「喜笑」のラサを凌駕していた。おそらく爆笑コメディーを期待して映画館に足を運ぶ観客が多いはずであり、彼らにとってもしかしたらこの映画は期待通りとは行かないかもしれない。「正常」な人々が社会でどんな悪事を働き、他人の悪事に目をつむっているか、「異常」と呼ばれる人々がどれだけ純粋な心を持っているか、というある種の社会的なメッセージもあった。ベースがコメディーなのでそのメッセージに説得力はあまりないのだが、着眼点はいいと思った。つまり、この映画を単純にコメディー映画と称するのは間違いだということだ。決してクレージーな映画ではない。だが、必ずしもそれが成功していたわけではなく、むしろお馬鹿なコメディーに集中した方が興行的成功は収められただろう。気の利いたコメディーシーンがいくつかあったし、もっと真面目にコメディー映画として取り組めば、爆笑コメディー映画としてまとまる潜在力は脚本から十分感じられた。それを敢えてしなかったのは、今やヒットメーカーの一員となったローシャン一族のプライドからであろうか?
今まで何度も書いていることだが、インドでは身体障害者や精神障害者に対する差別がまだあからさまに残っており、それが映画からも感じられることがある。「Black」(2005年)は、ヘレン・ケラーの生涯を題材にしたシリアスな映画であったが、その成功を受けて、身体障害者を主人公にしたり、登場させたりして笑いを取るコメディー映画がいくつも制作された。「Pyaare Mohan」(2006年)や「Tom Dick and Harry」(2006年)がその代表例である。「Krazzy 4」もその一例に挙げられるが、エンディングで精神病患者たちの方を持ち上げる形で社会批判を行っており、そのおかげで「精神障害者たちを馬鹿にしている」という批判は受けにくそうだ。
「Munna Bhai」シリーズでムンナーバーイーの相棒サーキットを演じ、一躍時の人となったアルシャド・ワールスィーだが、あれからサーキットからの脱却と俳優としての自立にある程度成功しており、コメディーとシリアスの間を行ったり来たりする高度な演技のできる俳優になって来ている。イルファーン・カーンは逆にシリアスな演技に定評があったが、コミカルな演技もできる俳優として認知されて来ている。「Krazzy 4」では二人の演技とアクションがもっとも光っていた。コメディアン俳優ラージパール・ヤーダヴも、いつも通り滑稽かつダイナミックな笑いに貢献していた。今回、スレーシュ・メーナンという俳優が主役の四人の中に入って来ていた。彼はどちらかというと脇役俳優で、いくつかのヒンディー語映画に脇役として出演している。今回狂人四人組の一人に入ったのは多分特別で、これがきっかけでこれから主役を演じ出すことはないだろう。
案外良かったのはディーヤー・ミルザー。出番は少なかったが、感情的なシーンをうまくコントロールして演技できる女優になったと感じた。ジューヒー・チャーウラーは相変わらず大根役者である。彼女は一時期時代を作ったほどの女優なのだが、ヒロイン女優から演技派女優への脱皮に失敗しており、扱いづらい人材になってしまっている。
音楽はラージェーシュ・ローシャン。映画には3つのアイテムナンバーがあり、それぞれ人気俳優が特別出演している。「Dekhta Hai Tu Kya」ではラーキー・サーワントが、「Break Free」ではシャールク・カーンが、エンディング曲の「Krazzy 4」ではリティク・ローシャンがダンスを踊っており、映画の見所となっている。特にリティクのダンスは素晴らしい。ただし、「Break Free」と「Krazzy 4」では、ソニー・エリクソンのTVCMに使用されたメロディーが流用されており、それを作曲したラーム・サンパトが訴えを起こしていた。その影響で映画公開が延期されるところだったが、直前にプロデューサーのラーケーシュ・ローシャンがラーム・サンパトに2,000万ルピーを支払い、事なきを得た。聞いてみると、確かにリティク・ローシャン出演のソニー・エリクソンW200iのTVCM「Thump!」のメロディーそのままである。これはいけない。
「Krazzy 4」は、ただのコメディー映画と思いきや、感動の涙を流すこともできる映画である。むしろ、意外なことに涙の方に重点が置かれている。能天気なコメディーを求めて観ると少し失望するかもしれない。また、3曲のアイテムナンバーはなかなか豪華であることを追記しておく。