Good Luck Jerry

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Good Luck Jerry
「Good Luck Jerry」

 2022年7月29日からDisney+ Hotstarで配信開始された「Good Luck Jerry」は、麻薬密輸に手を染めることになった一般女性を主人公にしたブラックコメディーである。

 プロデューサーは「Raanjhanaa」(2013年)などのアーナンド・L・ラーイなど。監督は新人のスィッダールト・セーン。主演はジャーンヴィー・カプール。他に、ディーパク・ドーブリヤール、ミーター・ヴァシシュト、サムター・スディクシャー、ニーラジ・スード、スシャーント・スィン、サーヒル・メヘター、サウラブ・サチデーヴァ、ジャスワント・スィン、モーハン・カンボージ、タシ・カルデンなどが出演している。

 パンジャーブ州の田舎町に住むビハール州出身のジェリー(ジャーンヴィー・カプール)は、母親のサルバティー(ミーター・ヴァシシュト)、妹のチェリー(サムター・スディクシャー)と共に住んでいた。サルバティーは野菜モモを作って生計を立てており、ジェリーはマッサージパーラーで働いていた。チェリーはまだ学生だった。近所のリンクー(ディーパク・ドーブリヤール)はジェリーに言い寄っていたが、ジェリーは彼に興味がなかった。

 ある日、サルバティーが肺ガンに罹っていることが分かる。その治療のためには大金が必要だった。ジェリーが金策に悩んでいると、たまたま警察から逃亡していた犯罪者の逮捕に協力することになる。警察からは感謝されるが、その男は麻薬の運び屋であり、ジェリーは麻薬密輸マフィアのタミー(ジャスワント・スィン)に目を付けられる。タミーとその部下のジガル(サーヒル・メヘター)に脅されたジェリーは、その男が隠したコカインの袋を取りに行く。

 怖い思いをしたジェリーだったが、これは母親の治療費を捻出するまたとない好機だと考え直し、翌日タミーに会いに行く、ジェリーに好意を抱いていたタミーはジェリーを運び屋として雇う。何の変哲もない女性だったジェリーは警察から全く疑われず、簡単に麻薬を分配人の元締めマリク(サウラブ・サチデーヴァ)に届けることができた。ジェリーは短期間で大金を稼ぐことができ、母親を治療することができた。

 しかし、タミーの一味の中には、ポッと出のジェリーが出世することを面白く思わない裏切り者もいた。警察に通報されたことでジェリーは捕まりそうになるが、たまたま彼女の荷物チェックをした警官が、タミーのボスのダレール(スシャーント・スィン)と内通していたため、ジェリーはお咎めなしで済んだ。タミーはジェリーに言われるがままに裏切り者のあぶり出しをし、2人を殺す。

 ジェリーは運び屋から足を洗おうとするが、タミーから暴行されそうになり、彼を突き飛ばす。倒れたタミーは打ち所が悪く、寝たきりになってしまう。ダレールはジェリーの家族を人質に取り、彼女に100kgのコカインをマリクに運ぶ仕事を与える。ジェリーは、サルバティー、チェリー、そして隣人のアニル(ニーラジ・スード)と共にそのコカインを運ぶ作戦を立てる。運搬中にリンクーが乱入してきたことで混乱するが、何とか警察の検問を切り抜け、マリクのところまで辿り着く。だが、ジェリーが彼に届けたのはたった10kgだった。

 残りの90kgのコカインは、ジェリーがどこかに隠していた。ジェリーたちは捕まるが、麻薬撲滅に尽力するラール警部補に助けられる。ラール警部補は麻薬密輸ギャング逮捕のためにジェリーたちに協力を要請する。最後はダレール、マリク、警察の間で激しい銃撃戦が起こるが、その中でタミー以外のマフィアたちは死に絶える。また、90kgのコカインはラール警部補の家に届けられていた。

 前半は非常に興味深い展開だった。一般人女性が、母親の肺ガンを治すために麻薬密輸マフィアの運び屋になる。彼女は、女性であるために警察からは疑われなかった上に、弁当箱の中にブツを隠すという工夫も編み出した。瞬く間に業界トップの運び屋に成長する。

 女性の社会進出が進む中で、女性が、本来女性がするようなことではない仕事をする様子を映し出す映画が増えてきている。例えば、「Khandaani Shafakhana」(2019年)の主人公は女性ながらセックスクリニックを引き継ぐことになるし、「Janhit Mein Jaari」(2022年)は、コンドームの営業をする女性が主人公の映画だった。そのような映画では、男性中心の職場に「女性ならでは」の観点や手法を持ち込むことで成功を収めるというのが定番の展開だ。「Good Luck Jerry」でも、主人公ジェリーは女性であることを最大限に活用して麻薬密輸を大いに発展させる。

 しかし、組織から裏切り者認定されたジェリーが罰として100kgのコカインを一度に運ばなければならなくなる後半から物語は乱れる。まず、100kgのコカインといったら末端価格はとんでもない額になるはずで、その密輸を業界から足を洗おうとしているジェリーに任せるという判断は、あまりにリスクが高く現実的とは思えない。また、笑いと恐怖のバランスが悪く、笑えばいいのかドキドキすればいいのか、路頭に迷う時間帯もあった。それに、編集が急に粗くなるため、筋を追いにくくなる。

 映画の最後でジェリーによって語られていたのは、この世界で生き残るためには勇気を出さなければならないというものだったが、そういう結論につながるストーリーにはなっていなかった。

 パンジャーブ州が舞台に選ばれたのは、おそらくインドでもっとも麻薬中毒者が多い州だからであろう。ただ、「Good Luck Jerry」は、麻薬の蔓延を抑制したり、麻薬の危険性を啓蒙するような映画ではなかった。ジェリーは、麻薬を密輸することで多くの人々がますます麻薬中毒になるという現実を全く考慮しておらず、無邪気に麻薬密輸を続ける。いかにコメディータッチの映画とはいえ、法律的にも道徳的にもアウトの映画である。

 もっとも、ジェリーは私利私欲のために麻薬を密輸していたわけではなかった。肺ガンに罹った母親の治療のためという大義名分があった。それでも、正しい目的のためなら、どんな手段でも使っていいのか、という大きな命題に触れられることはない。ジェリーが麻薬の運び屋をして自分の治療費を稼いだと知った母親も、彼女を叱責はするが、止めようとはしない。結局、マフィアに脅される形で彼女も密輸に加担することになる。そこに不思議なほど良心の呵責は表現されていない。貧しい人々は生活のために善悪関係なくあらゆることをしなければならなくなるという価値観を強く感じた。広い意味でのコン(詐欺師)映画に分類することも可能である。

 後半に進むにつれてストーリーがこんがらがる映画だったが、細かい部分の設定には興味を引かれた。例えばジェリーの母親サルバティーは野菜モモ(チベット風蒸し餃子)を作って生計を立てていた。そのモモは、チベット難民が経営すると思われるモモ屋に卸されていた。チベット難民がヒンディー語映画に登場するのは珍しいし、モモが登場したのもほとんど初見だ。また、ジェリーはマッサージパーラーで働いていたが、この職業も目新しい。

 また、所々にコント劇みたいなコミックシーンが差し挟まれており、ついつい笑ってしまう。コメディー映画としては一定の評価ができる映画である。

 ヒンディー語映画界における若手ホープのジャーンヴィー・カプールは、なぜかOTTリリース作品への出演が多い。デビュー作の「Dhadak」(2018年)こそ劇場公開されたものの、その後の「Ghost Stories」(2020年)、「Gunjan Saxena」(2020年)、「Roohi」(2021年)、そして最新作「Good Luck Jerry」と、ことごとくOTTリリースだ。「Good Luck Jerry」で彼女が演じたジェリーは、キャラクター設定にブレがあり、キャラ作りに失敗していた。おそらく一般人女性が一連の事件を通して勇敢な女性に成長していく様子を描きたかったのだろうが、序盤で割と強気な女性としても紹介されており、定まった軸がなかった。ジャーンヴィー・カプールはどちらかといえば監督の指示通りに演技をしていたような感じで、彼女自身の演技で軸を作り出すというところまでは行けていなかった。

 ただ、ジェリーはビハール人という設定であり、彼女が話すヒンディー語にはコテコテのビハール訛りがあった。相当練習したと思われる。そういう意味ではジャーンヴィーの成長が見られる映画でもあった。

 脇役陣の中でもっとも名が売れているのはリンクーを演じたディーパク・ドーブリヤールだ。彼の過去の出演作と同様に、彼に期待されているのはコミックロールであり、持ち前のカメレオン的な演技でそれをうまく演じていた。

 「Good Luck Jerry」は、一般人女性が麻薬の運び屋になるという変わったシチュエーションが起点になって展開するブラックコメディー映画である。ジャーンヴィー・カプールが主演という点が目を引くが、後半に行くにつれてストーリーがこんがらがり、まとまりきらないまま終わってしまう。社会的なメッセージや道徳的な教訓も皆無で、底の浅い映画だった。