留保制度はインドの政治や社会に大きな影響を与えている制度であり、映画の中でも直接的・間接的に触れられることが少なからずある。カースト制度と合わせて理解しておくと、インド映画がよりよく分かる上に、インドの政治・社会を知る一助になる。
留保制度は英語では「Reservation」もしくは「Quota」、ヒンディー語では「आरक्षण」と呼ばれている。もっとも、これ自体はインド特有の制度ではない。社会的な弱者に対する優遇措置、もしくは「肯定的差別」とされる制度は世界各国にある。どの集団に対して優遇措置が取られているのかについては国や地域によって様々である。日本では、被差別部落出身者に対する優遇措置がそれに当たる。インドでは、これが主にカーストを基準に行われている。この点がユニークである。
インド憲法公布以来、留保制度の対象になってきたのは、指定カースト(Scheduled Caste、SC)と指定部族(Scheduled Tribe、ST)であった。指定カーストとは、いわゆる「不可触民」であり、カースト制度の中で最下層に置かれ、凄惨な差別の対象になってきた人々のことである。指定部族とは、文明から隔絶された森林などで伝統生活を送る部族で、「アーディワースィー(先住民)」などとも呼ばれている。これらをまとめて「ダリト(Dalit)」と呼ぶこともある。
留保制度の目的は、社会的弱者の地位向上と、社会を適切に反映した代表の選出である。留保制度が適用されるのは、政府系の教育機関の入学時、公務員の採用時、そして議員の選出時である。例えば国立大学や国家公務員の定員の内、15%がSC、7.5%がSTに割り当てられており、彼らはSCもしくはST内で競争すればよくなる。この割当枠のことを「留保枠(Reservation/Quota)」と呼んでいる。逆に、SCとST以外の人々は、残った77.5%を巡って競うことになる。
この留保制度をOBCに拡大するように提言したのがマンダル委員会である。OBCとは「Other Backward Classes」の略で、ブラーフマン、クシャトリヤ、ヴァイシャで構成される上位カーストと、SC、STに挟まれた集団だ。シュードラと言い換えても大きな支障はない。SC、STほどの差別には遭ってこなかったが、社会的・経済的に立ち後れており、制度的な支援が必要だとされた。マンダル委員会は、OBCに相当する人口を分析し、27%の留保枠をOBCに付与するのが妥当と判断した。
マンダル委員会の提言が提出されたのは1980年だったが、この提言の導入が発表されたのが1990年で、実際に導入されたのが1992年だった。SCとSTに対する留保枠と合わせると、実に定員の49.5%が特定のカーストに留保されることになったため、インド社会を大きく揺るがす事件になった。その後も留保制度の対象は次々に拡大されることになり、そのたびに紛糾してきた歴史がある。
留保制度の拡大によって起こった問題をまとめてみると、以下のようなことが挙げられる。
- OBCに含まれるか否かで進学や就職に有利不利が生じることになったため、カーストを票田にした政治が盛り上がることになった。
- 留保制度の拡大によってますます進学や就職で不利になった上位カースト(General Category、GC)の若者を中心に、留保制度に対する抗議運動が各地で勃発した。
- 留保制度を使わずに実力(Merit)で難関大学進学や国家公務員合格を目指そうとするSC、ST、OBCの若者にも逆風が吹いた。彼らが留保制度を使わないことで、GCが圧迫されることになり、上位カーストの人々からは迷惑がられるようになった。
- SC、ST、OBCの人々は、たとえ実力で進学や就職を勝ち取っても、所属するカーストから「留保制度を使って合格した劣等者」と決め付けられ、差別の対象になった。
端的に言えば、留保制度は、インド人をカーストで2つに分断してしまった。カースト差別の解消を目指して導入された留保制度は、皮肉なことに、インドにおいてカーストをますます顕在化させてしまったのである。
カースト制度というと、とかく「不可触民」と呼ばれる最下層の人々への差別のみが取り沙汰されるが、留保制度が導入され、適用対象が大きく拡大された今、逆に今まで社会の上層部にいた人々が逆差別を受けることにもなっている。きちんと把握しておかなければならないのは、上位カーストが皆、経済的に裕福かというとそういうわけでもないということだ。インド独立以来の留保制度は、カーストだけ高くて経済的には貧しい人々を取り残してしまっていた。その状況を改善するため、2019年にはGC内に10%の留保枠が設けられ、経済的な弱者(Economically Weaker Section、EWS)に割り当てられるようになった。だが、そもそもカーストを第一の基準にして留保枠を設ける現行の留保制度に対する批判は根強い。カーストとは関係なく、純粋に経済力を基準にした留保制度ならば、ここまで社会を分断することもなかっただろう。
留保制度を扱った映画として代表的なのが「Aarakshan」(2011年)である。題名そのものが「留保制度」を意味する。日本でも有名なインド工科大学(IIT)や、インド随一の医療大学であるインド医科大学(AIIMS)にも留保制度が導入されることになった2008年の騒乱を時代背景にした社会派映画だ。また、「Hurdang」(2022年)は、VPスィン首相がマンダル委員会の提言を受けてOBCに27%の留保枠を付与することを決定した1990年の騒乱を時代背景にした映画だ。
このように、留保制度を巡る社会的な騒乱は映画の題材になりやすいが、それに限らず、ストーリーの中にさりげなく留保制度の功罪について触れられる例も少なくない。例えば「Kuldip Patwal: I Didn’t Do It!」(2018年)は、留保制度が突然導入されたことによって公務員採用試験に落ちてしまった主人公の物語である。