Hurdang

3.5
Hurdang

 2022年4月8日公開の「Hurdang(騒動)」は、留保制度を巡って揺れる1990年代のイラーハーバードを舞台にしたハードボイルドなロマンス映画である。登場人物の何人かは学生政治家であり、「Hazaaron Khwaishein Aisi」(2005年)と似た雰囲気の映画だ。

 この映画を理解するには、まずマンダル委員会や留保制度のことを知っておかなければならない。独立インドでは、歴史的に抑圧されてきたカーストの人々の社会的な地位を向上させるため、留保制度が採用された。公的な教育機関への入学や公務員の就職の際に、カーストを基準として留保枠が設けられるようになった。元々は、指定カースト(SC)、つまり従来「不可触民」と呼ばれてきた人々や、指定部族(ST)に対して合計22.5%の留保枠が設定されていた。その時点ではあまり大きな問題にならなかったのだが、1990年代に入って、インド社会の調査を行ったマンダル委員会による、OBC(その他の後進階級)にも新たに27%の留保枠が設けるべきという提案を実行に移そうとする動きが起こり、これが大いに紛糾した。上位カーストの若者たちは、今まで留保制度から外れた77.5%の枠を巡って競っていたのだが、それが5割の枠に減ってしまい、自分たちよりも成績の低い者がより多く希望の大学に入学したり仕事を得たりするのである。若者たちは、留保制度によって不利になる上位カーストと、留保制度の恩恵を享受できる下位カーストに二分され、カーストで社会を切り取り票田化することに長けた政治家たちが躍進することになった。「Hurdang」は、留保制度導入前にインド各地の大学で若者たちによる激しい抗議運動が頻発した1990年を時代背景にしている。

 また、当時も今も、インドの若者の多くは、IAS(インド行政職)と呼ばれる官僚になることを夢見ている。そのためにはUPSCと呼ばれる全国共通の国家公務員試験を受験し、高得点を取らなければならない。このUPSCにも留保制度が拡大して適用されようとしている点も押さえておく必要がある。映画の主人公タークルや、ヒロインのジューランは、IASになろうと勉強していた。

 さらに、主人公の名前から、彼らのカーストを読み取る必要もある。グッドゥーはタークル姓であるが、舞台となっているウッタル・プラデーシュ州でタークルといえばラージプート(地主階級)であり、留保制度で不利益を被る上位カーストである。また、グッドゥーの兄貴分であるローハーはスィン姓である。スィン姓だけでは細かいカーストが読み取れないのだが、上位カーストと考えられる。一方、ジューランはヤーダヴ姓であり、彼女はOBCになる。1990年代、OBCは留保制度の拡大によってもっとも恩恵を被った人々だ。

 「Hurdang」の監督は「Brij Mohan Amar Rahe!」(2018年)のニキル・ナーゲーシュ・バット。主演は、ヴィッキー・カウシャルの弟で、「Shiddat」(2021年)で主演をしていたサニー・カウシャル。ヒロインはヌスラト・バルチャー。他に、ヴィジャイ・ヴァルマー、シュバーシーシュ・ジャー、バグワーン・ティワーリーなどが出演している。

 1990年、イラーハーバード。IASを目指す大学生グッドゥー・タークル(サニー・カウシャル)は、学生政治家ローハー・スィン(ヴィジャイ・ヴァルマー)の片腕として学生政治に関与し、学生たちの直接のまとめ役になっていた。グッドゥーには、10年来付き合っているジューラン・ヤーダヴ(ヌスラト・バルチャー)という恋人がいた。ジューランもIASを目指して勉強する大学生だった。

 世間は、留保制度がOBCに拡大するというニュースで持ちきりだった。ローハーは、師事する政治家トリパーティーから、留保制度反対の運動を扇動することで名を売り、政界に道筋を付けることを勧められる。そこでローハーはグッドゥーをけしかけて、学生たちに反留保制度の思想を広めさせる。留保制度が拡大した暁には、自分がIASになれるチャンスはないと考えたグッドゥーは、いつしかIASよりも政治家になることを夢見るようになった。だが、政治の世界に足を突っ込み始めたジューランは、彼の行く末を案じていた。また、彼女は父親(バグワーン・ティワーリー)からは早く結婚するように急かされていた。

 グッドゥーは、ジューランそっちのけで留保制度への抗議活動に従事し、州首相の官邸の囲い込みなどを先導した。一方、ジューランの父親は彼女の結婚相手を決めるが、彼女がグッドゥーと付き合っていることに気付き、結婚式が行われるまで家族ともどもバナーラスに移住してしまう。グッドゥーはそのことを知らず、ジューランが突然いなくなってしまって困惑する。

 1990年9月20日、北インド全土で学生たちによる留保制度への一斉抗議デモが行われ、グッドゥーは警察に逮捕される。だが、同じ日にジューランの結婚式が行われることを知り、牢屋を抜け出して式場に向かう。だが、辿り着いたときには既に結婚式は終わっていた。それでもジューランは夫を睡眠薬で眠らせて抜け出していた。グッドゥーは彼女を連れて逃げ出す。

 ローハーは、学生運動が盛り上がったところでグッドゥーを始末することを考えていた。グッドゥーとジューランがアーグラーに逃れるのを助けると見せ掛けておいて、二人を殺そうとする。だが、ジューランは生き延び、グッドゥーの代わりに親友のランジャン(シュバーシーシュ・ジャー)が焼死することになった。ローハーの裏切りを知って激怒したグッドゥーはローハーの家を襲い、彼を焼き殺す。

 留保制度が各地で激しい学生運動を引き起こした時代を背景にした映画だが、監督の立場は明確であった。彼の意見は、グッドゥーの親友で知性派の大学生ランジャンが代弁していた。ランジャンはグッドゥーに、社会的地位の低い者を優遇する留保制度には賛成だが、所属するカーストを基準にした留保制度には反対だと述べるが、それこそが監督の主張である。そして、もし教育の無償化が実現するなら、留保制度は必要なくなるという台詞もあった。

 映画の最後には、インドでは2010年に教育を受ける権利法が施行され、6歳から14歳までの子供に無償の義務教育が施されることが決定した旨が示される。確かにこれは事実だが、1990年代のマンダル問題と、2010年の教育無償化を直接リンクさせて考えるのは無理がある。そもそも「Hurdang」で中心的な議題になっていたのは、UPSCなど、高給が期待できる職業につながる試験への留保制度であり、初等教育ではない。全ての子供が平等に初等教育を受けられても、官僚、医師、技術者などになろうと思った場合には、それぞれ世界最難関の試験があり、それに勝ち抜かなければならない。その際に、経済的な実情ではなく、単に所属するカーストを基準にしたハンディキャップがあることが問題なのである。

 登場人物の多くは、留保制度の恩恵を享受できない上位カーストであったが、唯一ヒロインのジューランだけは下位カーストであった。よって、彼女の言動には下位カースト側の見方が反映されることになる。ジューランはどちらかといえばノンポリ派であり、むしろ恋人のグッドゥーが政治への関与を深めて行くことを不安視していた。留保制度について彼女は、留保制度があろうとなかろうと、真面目に勉強することで合格すると言っていた。これは、政治的な色に染まっていない多くの下位カースト者の意見なのかもしれない。

 「Hurdang」をグッドゥーとジューランのロマンス映画と見た場合、最後に二人は無事に結ばれることが予感されるため、ハッピーエンドといえる。だが、グッドゥーがあまりに自分勝手でジューランを顧みていないのにいざとなると意外に一途であり、ジューランもジューランでグッドゥーに何度も三行半を突き付けていながら結局グッドゥーから離れられないという性分だ。結局二人は結ばれるべくして結ばれたということであり、そこにロマンス映画に必要なドラマ性は低かった。ちなみに、1990年を時代背景にしている割には二人の恋愛は非常に現代的であり、肉体関係にあることも十分ほのめかされていた。

 兄のヴィッキー・カウシャルがカトリーナ・カイフと結婚し、人生の絶頂期にある中、弟のサニー・カウシャルも兄に続けとばかりに台頭し始めている。グッドゥーの演技も良かった。個人的に注目しているヌルラト・バルチャーも好演しており、強い印象を残せていたが、脚本上、彼女が演じたジューランは演技のしがいのある役ではなかった。ローハーを演じたヴィジャイ・ヴァルマーもいい俳優である。

 映画の中では、1990年9月20日に学生たちが留保制度反対のために呼び掛けたストライキの中で、グッドゥーの代わりにランジャンが焼き殺されるが、これはおそらく、1990年9月19日にデリー大学デーシュバンドゥ・カレッジで起こった、留保制度への抗議運動中の学生焼身自殺未遂を意識していると思われる。このとき抗議のために自身に火を付けたラージーヴ・ゴースワーミーは一命を取り留めているが、火傷の後遺症は残り、長生きできなかった。

 「Hurdang」は、インド社会をカーストで分断するきっかけになった1990年のマンダル問題を時代背景に取り上げながら、学生政治に足を突っ込む主人公とその恋人の間のロマンスを描いた作品である。ロマンス映画と見ると弱いが、1990年当時の学生運動の様子や留保制度の問題点を知るためのヒントが散りばめられており、勉強になる映画だ。