日本にも1968年の三億円事件という未解決の事件があるが、迷宮入りした大事件が人々の想像をかき立てるようだ。2013年2月8日公開の「Special 26」は、1987年にボンベイで起こったオペラハウス強盗事件を題材にした映画である。インドの捜査機関であるインド捜査局(CBI)の捜査官に扮した一団がボンベイのオペラハウス地区にある宝飾店に家宅捜索に入り、金品を奪って逃走した。被害額は300万~350万ルピーとされているが、犯人は捕まっていない。
「Special 26」の監督は「A Wednesday!」(2008年)のニーラジ・パーンデーイ。主演はアクシャイ・クマール。他に、マノージ・バージペーイー、アヌパム・ケール、ジミー・シェールギル、カージャル・アガルワール、ラージェーシュ・シャルマー、ディヴィヤー・ダッター、キショール・カダムなどが出演している。また、アイテムナンバー「Gore Mukhde Pe Zulfen Di Chaava」でパンジャービー語映画女優ニールー・バージワーがアイテムガール出演している。
アジャイ(アクシャイ・クマール)は、PKシャルマー(アヌパム・ケール)、ジョーギンダル(ラージェーシュ・シャルマー)、イクバール(キショール・カダム)と共に、インド捜査局(CBI)や所得税局(ITD)の職員に扮して、汚職政治家や実業家を家宅捜索し、金品を巻き上げていた。最近も、デリーとカルカッタで強盗に成功していた。 アジャイたちにすっかり騙されて協力してしまい、停職処分となった警察官ランヴィール・スィン警部補(ジミー・シェールギル)は、CBIを訪れ、偽CBI一団逮捕に協力することになる。その捜査の指揮を執っていたのがワスィーム・カーン(マノージ・バージペーイー)であった。ランヴィール警部補はシャルマーを特定し、チャンディーガルの自宅に盗聴器を仕掛けて情報収集する。その結果、今度はボンベイで強盗を計画していることが分かる。 アジャイ、シャルマー、ジョーギンダル、イクバールはボンベイで合流するが、ワスィームのチームも彼らを追跡していた。彼らは新聞広告にCBIの求人広告を出し、若者たちを集める。彼らの面接をした結果、26人が選ばれた。そして、訓練と称して市内の宝飾店の家宅捜索を行うと説明する。その26人の中にはCBIの囮捜査官も含まれていた。 家宅捜索の前日、ワスィームはシャルマーの宿泊していた部屋に殴り込み、彼から情報を聞き出す。そして、そのまま犯行を行わせ、現行犯逮捕しようとする。また、宝飾店からは宝飾品を工房に移動させ、店舗には偽物を置かせた。 1987年3月19日、宝飾店には26人の研修生が送られた。一方、アジャイ、シャルマー、ジョーギンダル、イクバールは工房に家宅捜索に入り、保管されていた宝飾品を押収する。実はランヴィール警部補も彼らの仲間だった。一方、ワスィームは宝飾店で待ち伏せをしていたが、なかなか彼らは現れなかった。ようやく工房から連絡を受け、自分が罠にはめられたことを知る。 アジャイたちは既に散り散りになった後だった。アジャイは、恋人のプリヤー(カージャル・アガルワール)と共に海外に高飛びした。その後、彼の姿はドバイ首長国連邦のシャールジャで目撃された。
インド捜査局(CBI)は中央政府下にあるインドの最高捜査機関であり、州警察などでは解決が困難な事件を担当する。また、所得税局(ITD)もやはり中央政府下にあり、脱税を取り締まっている。どちらも強大な権力を持った政府機関である。これらの職員になりすまして汚職政治家や実業家から金品を強奪した実在の強盗団の手口を再現したのが「Special 26」であった。
実際に起こった事件を追うクライム映画に仕立てあげることもできただろうが、映画を面白くするために、かなりのフィクションが入っている。あくまで実話に基づいたフィクション映画という位置づけの方が安全であろう。さらに、強盗団が狙うのは汚職にまみれた富裕層という点も重要だ。2011年に社会活動家アンナー・ハザーレーにより汚職撲滅運動がインド中を席巻したが、その影響はヒンディー語映画界にも及んでおり、汚職を題材にした映画が多く作られることになった。「Special 26」も、時代こそ1980年代ではあるが、汚職を糾弾する内容になっていた。後ろめたいことがあるので、偽のCBIやITDの捜査官がやって来るとビクついてしまい、いいなりになってしまう。そして、被害に遭った後も被害届が出せない。「Special 26」で強盗団に金品を巻き上げられた人々は皆、汚職しており、被害者に同情することは難しかった。
犯行のみに集中していればハードボイルドな映画になったとは思うが、アヌパム・ケール演じるシャルマーの家での結婚式や、アクシャイ・クマール演じるアジャイと、カージャル・アガルワール演じる恋人のプリヤーとの恋愛など、本筋とはほとんど関係ない蛇足要素がいくつか入っていた。インド映画らしいバラエティーに富んだ娯楽映画にはなっていたが、場違いな印象も否めなかった。
「Special 26」では、アジャイたちは実際には店舗に強盗に入らず、店舗から安全のために工房に移された宝飾品を持って行ってしまった。だが、1987年のオペラハウス強盗事件では、犯人の一団は実際に店舗に強盗に入っている。新聞広告でCBIの求人を出したのは本当の話で、26名の候補生が選ばれた。彼らは犯人たちから「訓練」と言われて宝飾店への家宅捜査に参加し、強盗が済んだ後、見張りの仕事を言い付けられてその場に取り残されたという。
物語に大きなツイストを生じさせているのは、ジミー・シェールギル演じるランヴィール・スィン警部補と、ディヴィヤー・ダッター演じるシャーンティ巡査の立場変更だ。彼らは最初から強盗団の一味だったが、彼らに騙された警察官ということで、本物のCBI捜査官であるワスィーム・カーンに協力する。ワスィームはアジャイたちを罠にはめて現行犯逮捕しようとするが、ランヴィールとシャーンティから情報が筒抜けになっていたことで逆に罠にはめられてしまう。意外性のあるどんでん返しではあったが、彼らまで強盗団にしてしまうのは反則技のようにも感じた。
1980年代が舞台ということで、全体的にセピアがかった色調になっている。まだ携帯電話もなく、連絡手段は有線電話のみだ。そしてデリーやボンベイの道路は交通量が少ない。当時のインド都市部の雰囲気を醸し出すことには成功している。また、携帯電話の登場以降は、あまりにコミュニケーションが簡便にできてしまうために、面白いサスペンス映画を作るのが難しくなっている。携帯電話のない時代の方が、不便さが物語の可能性を広げてくれる。そんな効果も狙って、敢えて1980年代をそのまま映画の時間軸にしたのではないかと感じた。
主演アクシャイ・クマールの演技も良かったが、この映画でもっとも強いインパクトを残していたのは、マノージ・バージペーイーとアヌパム・ケールだ。アジャイに騙されたことが分かって笑うしかないワスィームの姿を演じたマノージの演技には唸らされたし、シャルマーを演じたアヌパムも、弱気な面と強気な面をうまく使い分ける非常に高度な演技をしていた。テルグ語映画やタミル語映画で活躍する女優カージャル・アガルワールにとっては「Special 26」がヒンディー語映画本格デビュー作となったが、残念ながら重要な役柄ではなかった。
「Special 26」は、1987年に実際に起こった強盗事件を題材にしたクライム映画である。ただし、単なる事件の再現ではなく、フィクションも大いに含まれているし、汚職撲滅が大きな関心事になっている現代社会の文脈も盛り込まれている。アクシャイ・クマールが主演ではあるが、マノージ・バージペーイーやアヌパム・ケールといった脇役のベテラン俳優たちの演技が特に素晴らしかった。多少蛇足なシーンもあったのだが、観て退屈はしない作品である。